20話 それぞれの道
「ナーシェ……」
あれからしばらく時が経ってなお、俺達はその場を動くことができずにいた。そして、すっかり動かなくなったハインの傍らに佇んでいたルートが静かに口を開く。未だなお、呆然と座り込んでいたナーシェは、何も言わずにルートを見上げていた。
「ハイン…… ロッド…… 大切な仲間を失った。俺達はもう…… このパーティは……」
ただ目を見開いたまま、何も答えないナーシェ。ルートもナーシェも、二人とも、明確にその言葉を口にしなかったが、彼らが何を思っているのかは、部外者である俺にもすぐにわかった。
4人パーティーだった彼らだが、2人もメンバーを失った今、今後このパーティーとしての活動は出来ないという事なのだろう。横から2人の会話を聞いていた俺は、動かなくなったハインの方へと目をやった。
――ルートとナーシェの事をよろしくな
何処か笑顔を浮かべているように見えたハイン。どこからともなくハインの笑い声が聞こえてきた気がする。そんなハインの姿を見ていると、そして、すっかり悲痛に染まったルートとナーシェの様子を見ていると、俺はもう、いてもたってもいられなかったのだ。
「待って!」
ぱっと俺の方を向く2人。口を開くことなく、ただ冷たい視線を俺へと送ってくるルートと、呆然と俺を見つめるナーシェ。そんな2人に俺は勇気を持って言葉をかけた。
「本当に…… 本当にそれでいいの?」
「……そりゃ、できることなら…… 俺だって……。だが、ハインとロッドがいなくなった今、俺とナーシェだけでどうやってこの先やっていくと言うんだ? ……治癒魔法の使い手であるナーシェなら…… 他のパーティでも引く手あまただろう。俺達は…… 今日をもって解散する」
すっかり目の輝きを失ってしまったルート。俺の言葉に、淡々と言葉を返してきたルートにむかって、叫ぶようにナーシェが声を上げる。
「嫌です! 私、このパーティが好きだったから! 解散はしたくない!」
「……」
黙りこんだルート。そして、ナーシェもはっとした表情を浮かべたまま、再びうつむいて泣き出してしまった。まあ、今の状況で結論を出すというのは到底無理な話であろう。まずは、妖狐の里に帰り、休みながら頭を冷やすこと。先のことを考えるのはその後でも遅くはないだろう。
「あのさ…… とりあえず、今後のことは後で考えるとして、一旦、妖狐の里に帰ろうよ。皆きっと待ってるよ!」
「イーナ様!」
そして、そんな気まずい空気を引き裂くかのように、ルカが俺を呼ぶ声が響く。大きな木の幹の根元で俺達を呼ぶルカとテオ。2人に呼ばれて俺達が向かった先、幹の根元の小さな穴の奥に、ふわふわとした毛のようなものが見える。すっかり怯えて動けない小さな狐の姿があったのだ。
「もしかして……」
穴の奥へと手を伸ばし、そっと狐をたぐり寄せる。そのまま穴の奥から引っ張り出してきた狐はまだ子供のようであった。
「ヒューラ?」
ぷるぷると震えながら、こくりと頷いた狐。すっかり衰弱しきってはいるものの、どうやら命に別状はなさそうだ。どうやらオーガ達の巣窟に迷い込んでしまい、そのまま動けずにずっと隠れていたらしい。
今回、俺達は沢山のものを失ってしまった。ハイン、そしてロッドという2人の命。だが、それでもダイダラボッチは打ち破れたし、森で行方不明になったという妖狐の子供は無事に救出出来た。これも全てルート達人間のお陰である。
そして、里の皆もルートとナーシェ、そして変わり果てた姿となってしまったハインに深い感謝と哀悼の意を示してくれた。ヒューラが無事に帰ってきたこと、それにダイダラボッチを打ち破ったということ、そのことに喜びを感じながらも、何処か皆が素直に喜びを表せない、そんな何とも言えない少し重苦しい空気が里を包み込んでいたのだ。
「ルート殿…… ナーシェ殿…… なんと感謝の言葉を申し上げれば良いものか…… それに、ハイン殿やロッド殿…… お二人の勇敢な戦士の命が散ってしまったこと…… 我々妖狐も自分たちのことのように、お心苦しく……」
「……もういいんだ」
ひとまずはルカの家へと帰った俺達。家主であるルクスは、そわそわとしながら俺達の帰りを待っていてくれた。そして、里の皆を代表してルートとナーシェに感謝の意を示したルクス。そんなルクスの言葉を遮るように、ルートはそう呟くと、静かに自らの部屋の方へと向かっていった。
「ルート殿……」
すっかり意気消沈してしまったルートの後ろ姿を心配そうに眺めるルクス。いやルクスだけではない。ルカも、そして俺達と行動を共にしていたテオも、心配の表情を浮かべていた。
「ごめんなさい…… ちょっと今日は色々ありすぎたので…… 私も先に部屋に戻りますね……」
そう言って、ナーシェも静かに俺達の元から部屋の方へと向けて歩き出した。遂にいてもたってもいられなくなった俺は、気が付けばナーシェの腕を掴んでいた。驚いたような表情を浮かべたまま、俺の方を黙って見つめるナーシェ。そんなナーシェに向けて俺は言葉をぶつけた。
「ちょっと来て! ナーシェ!」
そのままナーシェの腕を引っ張りながら、ルートの入っていった部屋の方へ向かった俺。もう俺は心の中で決めていた。ダイダラボッチが彼らの因縁の相手だったとは言え、ルートやナーシェ、それにハインとロッドが自らの命をかけてまで結果として妖狐の里を救ってくれたというのに、九尾である俺が何もしないというわけにはいかなかった。
――サクヤ? 良いよね?
――今の九尾はおぬしじゃ。おぬしの思うようにするが良い!
「入るよ! ルート!」
こんこんと部屋の扉をノックして、俺はナーシェと共にルートの滞在していた部屋へと入った。窓の外を呆然と眺めていたルートは、俺達が部屋に入っても動じることなく、そのまま外をただ眺めていた。ハインとロッドもいたはずの部屋は、ルート一人となってしまった今、ずいぶんと広く感じられた。
「どうしたんですかイーナちゃん! 突然?」
ナーシェが俺へと声をかけてくる。どうしたもこうしたもない。こんな元気のない二人を黙ってみている事なんて、もう俺には出来なかった。
「ルート! ナーシェ! お願いがあって来たんだ!」
こちらを振り向いたルート。何も言わないままのルートに俺は言葉を続けた。
「さっきの話…… パーティを解散するって言う話だけど…… もし、もし……二人が受け入れてくれるなら…… 私を連れて行ってくれないかな!」
俺がやらなければならない事。それは病に冒されたサクヤの命を救うと言う事だ。だとすればこのまま妖狐の里にいても、埒があかない以上、人間の世界に行きたいという気持ちはあった。
そして、ハインの最期の言葉。出来れば……と言いかけて、最後まで言うのをためらったハインの様子が、俺の脳裏に鮮明に浮かんできて離れない。このまま二人が、ルートとナーシェがばらばらになってしまうなんて、ハインが一番悲しむだろう。そう思ったのだ。
「……」
黙ったままのルート。そんなルートに俺はさらに付け足すように、言葉を口にした。
「……もちろん、すぐにとは言わない。しばらくはこの里にいるんでしょ? また落ち着いてから決めてくれたらいい。私が伝えたかったのはそれだけ。ごめんね。変なことを言って突然……」
「待てイーナ」
そういって部屋を後にしようとした俺の背後から、俺を呼び止めるルートの声が聞こえてきた。何も言わずにルートの方を振り返った俺に向かって、ルートは問いかけてきたのだ。
「本当に…… いいのか? お前は……」
お前は九尾なんだろう? きっとルートが言いたかったのはそういうことだろう。それならば気にする必要は無い。俺がこれからやらなきゃいけないこと、それはこのまま里にいたら、なしえないことであるのだから。
「いいんだよ! 私はもっと外の世界の事を知らなきゃいけない。人間の世界の事を知らなければならない!だから…… 全然気にしなくていいんだよ! 私がそうしたいからそうするだけ……!」
俺の言葉を聞いたルートは再び窓の方へと身体を向け、そして俺に背中を向けたまま、静かに言葉を返してきた。
「……少し…… 考えさせてくれ」




