19話 託された思い
「ハイン!」
俺はすぐに、その大きな背中がハインのものであることを理解した。ダイダラボッチの重い攻撃を真っ正面から、自らの身体で受け止めたハイン。ダイダラボッチから俺を守るかのように、俺の前にハインは力強く立ちはだかっていたのだ。
「よう、間に合って…… 良かったぜ」
俺の方を笑顔で振り返るハイン。そう呟いた途端、吐血しながら、ハインは崩れ落ちていった。もうすでに限界であったはずなのに…… まさか俺を守る為に……
「ハイン!」
「ハインさん!」
ルートとナーシェの声がほぼ同時にこだまする。だが、そんな事などかまわないと言わんばかりに飛んでくるダイダラボッチの攻撃。ルートはすぐに体勢を立て直し、再び持っていた大剣でダイダラボッチの攻撃を防いだ。
「おい、イーナ手を貸せ……」
息も絶え絶えのハインが震える手を俺の方へと持ち上げた。その手に握られていたのは、ハインの二つの剣であった。それを俺へと託すと言わんばかりに渡してきたハイン。俺は何も言わずにハインの剣を受け取った。
「これをお前に託す。 魔鉱石の力があれば…… もっと上手く、マナを練られるだろ? 頼んだぜ…… 俺達の、エリナの敵を討ってくれ」
戸惑っている暇なんて無い。心配している暇なんて無い。俺が今やらなければならない事。それはハインから託された剣で、目の前のダイダラボッチを打ち破ること。剣を握った瞬間、俺の身体の中に修行の時と同じように力が流れ込んでくる。
――ありがとう、ハイン。
俺はハインの前へと出て、再び魔法を唱えるべく、マナの流れに集中した。先ほどよりもずいぶんとマナをコントロールできているような感覚が俺の中に流れる。これならば、いける。きっと、あいつも仕留められる。
何とかダイダラボッチの攻撃を受け流しているルート。もうルートも限界が近いであろう。息が上がっているのが離れた場所からでもわかる。これがラストチャンスになるのは言わなくてもわかっていた。ルートもハインももう限界だ。今度こそ、俺が…… 俺が決めなくてはならない。
「炎の精霊カグツチよ…… 我に力を与えたまえ……」
先ほどとは比べものにならないほどの力を感じる。きっとハインの剣のお陰なのだろう。そして、轟音を立てながら渦を巻いていく炎の塊。ルートにすっかり気を取られていたダイダラボッチも、こちらの魔法に気が付いたようだ。
「なっ……」
だが、もう遅い。もうすでにこちらの準備は整っている。そして、俺はありったけの力を込めながら叫んだのだ。
「炎の術式! 紅炎!」
瞬間、俺の手元から発射された炎は、ダイダラボッチへと命中し、一気にダイダラボッチの巨体を飲み込んだ。
「ぐおおおおお! なっ…… なんだこの力は!?」
炎の中で叫び声を上げたダイダラボッチ。あとは……
「ルート!」
「わかってる!」
俺の叫び声とほとんど同時に、ルートはすでに動き出していた。最後の一太刀、とどめとなる一撃は、ルート自身の手で決めなくてはいけない。ルートとハインのためにも……ロッドのためにも、そしてルート達に後を託したエリナさんのためにも。
大きな大剣を振り上げながら、高く跳ね上がったルート。悶え苦しむダイダラボッチの顔の前に到達したルートは、一気にダイダラボッチの大きな角の生えた頭部に向けて、大剣を振り下ろそうとしていた。
「ま、待て!」
「さよならだ…… ダイダラボッチ!」
そして、勢いよく振り下ろされた大剣がダイダラボッチの頭へと直撃し、ダイダラボッチの巨体が真っ二つに割れる。一刀両断されたダイダラボッチは、そのまま炎の渦に飲まれ、崩れ落ちていった。
静かに地面へと着地したルートは、そのまま炎の方を振り向き、静かに口を開いた。
「やっと…… やっとだよ、エリナ……ロッド……」
………………………………………
――終わった……んだよね?
――ああ、よくやったイーナ。
――うん、ハインのお陰だよ……
サクヤに向かってハインの名を呟いたところで、俺は身を投げ出して俺をかばってくれたハインのことを思い出した。勝利の余韻に浸っているわけにもいかない。ハインの様子を早く見なくては! そう俺が思った瞬間、同時にナーシェの声が周囲へと響き渡る。
「イーナちゃん! ルート君! ハインさんが!」
戦闘の合間をぬって、ハインの治療を施していたナーシェ。そんな二人の元へと慌てて近づいた俺とルート。ダイダラボッチとの戦闘を終えて、冷静になった俺の視界に写ってきたハインは、もうすでに死に瀕しているような状態であった。
「ハイン!」
俺も一応は医学を学んだ人間だ。人間の医者ではないが、様態が悪いかどうかそのくらいならわかる。だからこそ、俺は受け入れることが出来なかった。俺をかばったせいで、ハインの死が決定的になったのだから。
「ごめん、私のせいで……」
謝ることしか出来なかった。俺がもっと上手くマナを扱えていれば、もう少し早くたどり着けていれば、こうならない未来があったかも知れない。そう思うと、ハインに対して申し訳ないと言う気持ちが止まらなかった。
「……そんな顔をするなよイーナ、お前のお陰で俺の願いは叶ったんだ」
息も絶え絶えのハイン。だが、その顔は憑き物が落ちたような、爽やかな笑顔を浮かべていた。そして、ハインは俺達の顔をじっくりと見ながら、1人1人に順番に声をかけていった。
「ナーシェ、今までありがとうな。お前のお陰で俺達は何度も命を救われた。俺はここで脱落だが、これからもルートのことは支えてやってくれ……」
「……はい」
「ルート、お前と一緒にここまで来れて良かったよ。これでやっと俺達も開放されたな……」
「ああ……」
そして、2人に話しかけたハインは、俺の方へと視線を移した。そして、今度は俺に語りかけてきたハイン。
「イーナ、お前にその剣を託す。お前ならきっと使いこなせるはずだ。 出来れば…… いや、お前にはお前のやるべき事があるよな……」
何かを言いかけて、最後まで言葉を発することをためらったハイン。だが、ハインが何を言いたかったのか、俺は言葉がなくてもわかったような気がした。ルートとナーシェの事をよろしくな。そう言われた気がしたのだ。
そして、仰向けのまま、空を眺めるハイン。
「エリナ…… ロッド…… 皆のお陰でお前達の敵は討てたよ…… 俺もすぐにそっちに……」
そう言いかけて、ハインの口は動かなくなった。崩れ落ちるナーシェと、うつむいたまま、何も言わないルート。そのまま、誰もハインのそばから動こうとしないまま、ただひたすらに時だけが流れていったのだ。




