17話 ダイダラボッチ
「ルート君大丈夫ですか!」
オーガとの戦闘を終えた、ルート達3人へと駆け寄るナーシェ。大丈夫だと、返したルートであったが、自分たちの付近が、異常に包まれつつあることに、ルートは気がついていた。いや、ルートだけではない。ハインもロッドも、ナーシェも皆が気付いていた。今までに比べて、出会うオーガが多すぎるのだ。
「おい、今日だけでもう、5体目だぞ! どうなってるんだ!」
「奴の根城が近いと言うことなんだろう」
思わず叫んだハインに、冷静に言葉を返すルート。ルートはもうすでに確信を持っていた。
「ダイダラボッチ…… ルート君達の因縁の相手……」
「ナーシェ、怖いのかい?」
少し怖じ気づいたような様子で、自信なさげに呟いたナーシェに、声をかけるロッド。ロッドの声色からは、まだ余裕に似た感情がうかがえた。
「ロッド、威勢が良いのは良いが…… 油断したらお前でも危ないぞ」
「えーー!! ハインまでそんな、らしくないよ!」
「静かに!」
緊張感のある声でそう呟いたルート。まだ他の者は気付いていないようであったが、ルートだけは気が付いていた。忘れもしない、数年前から追いかけていた者の気配。ルートに少し遅れて、ハインもその気配を感じ取ったようだ。
――近くにいる。奴が。
剣を持つルートの手が汗ばむ。持っていた剣は小刻みにぷるぷると脈を打つように震えていた。緊張ではない。恐怖でもない。ようやく追いかけてきた因縁の相手を前に、ようやく悲願を達成できると、ルートは武者震いをしていたのだ。
「行くぞ! 俺とハインが前線に行く。ロッドとナーシェは援護を頼む!」
この日のために、辛い修行にも耐えてきた。血反吐を吐きそうになったこともあった。任務で命の危機に瀕したこともあった。だけど、あのときエリナが死んだ、その元凶を倒すために、何度も死の淵から蘇ってきたのだ。全てはあいつを、ダイダラボッチを倒すために。
そして、それはハインも同じである。敵に向け一気に突っ込むルートとハイン。近くにいたオーガ達も、自らに接近しつつある人間の気配に気付いたようで、一目散にルートやハインの方へと向かってくる。
剣を抜く2人。目の前のオーガを一太刀で切り捨て、そのまま突っ込んでいく二人。奥に感じる気配。間違いなく奴だ。
横から二体、オーガが迫る。ルートが自らに近寄ってくるオーガ相手に、再び剣を抜こうとしたその時、オーガに火の玉が命中し、そのまま炎に包まれた。それをやったのは、他でもないロッドであった。
「おい! ロッド! 援護だと言っただろう! 出過ぎだ!」
援護しろというルートの指示を無視し、一緒についてきたロッドに声をかけるルート。だが、真剣な表情のルートとは対照的に、ロッドはというと戦いを愉しむような笑みを浮かべていた。
「こんな面白そうな戦い、2人だけで楽しもうだなんてずるいよ! 僕だって前線で戦える!」
確かにロッドは魔法使いとして申し分の無い実力を持っている。それはルートもハインも認めている事実である。若くして魔法使いとしての才能をめきめきと現してきたロッドは、経験こそ少なかったが、実力はベテランの戦士達と比べても引けを取らない。
次々と魔法をオーガ達に命中させていくロッド。激しい魔法にたじろぐオーガの隙間を一気に駆け抜けるルートとハイン。ロッドが思ったよりも前線に出てきてしまったという誤算こそあれど、ロッドのお陰で完全に道は開けた。もはや立ち止まるわけにはいかない。
そして、遂に2人の視線が因縁の敵を捉える。忘れもしない、あの禍々《まがまが》しい鬼の姿。オーガよりも一回りも、二回りも巨大で、天を突き刺すような巨大な角が特徴的な、ダイダラボッチの姿。あのときとは何ら変わっていない。見間違えるはずもない。
――このために、この時のために俺達は…… ここまで歩み続けてきたんだ!
一気にダイダラボッチめがけて飛ぶルート。地面を、オーガの達の合間を、するすると駆けていくハイン。2人の剣はほとんど同時に、ダイダラボッチの巨体へと届く。
「!?」
並みのオーガならそのまま一刀両断に出来ていたはずだ。ルートもハインも決まったと思ったに違いない。だが、2人の剣は、ダイダラボッチの太い腕、そして太い脚に阻まれた。強力な剣の一撃であったが、ダイダラボッチの皮膚には、薄い切り傷がついた程度で、そのまま、はじき返されるようにルートとハインの身体は後方へと飛ばされた。
「……ダレダ?」
不気味な声が周囲に響き渡る。オーガ達とは異なり、ダイダラボッチという鬼はそれなりに知能を持っていた。聞き覚えのある忌々《いまいま》しい声に、ルート達の気合いもさらに増す。
「久しぶりだな、ダイダラボッチ。俺達を覚えているか? お前を倒す時を、この時を俺は死ぬほど待っていたよ」
体制を立て直しながらルートが呟く。同じくハインもすぐに、ルートの横へと並んでくる。
「オボエテナイナ! ニンゲンニキョウミハナイ」
そうダイダラボッチが叫び声を上げた直後、丸太のように太い腕が、2人をなぎ払うように飛んできた。太い腕の強力な攻撃をひらりと躱した2人。ダイダラボッチの腕の動きに少し遅れて、攻撃によって生み出された凄まじい風が、2人を、そして森の木々を揺らす。
「相変わらず強力な攻撃だな……」
言葉を漏らすハイン。だが、ここまでは想定内。ルートも、そしてハインも特段焦る事も無かった。
「ルート! ハイン!」
だが、ロッドは違った。初めて相対するような強力なモンスターを前に、ロッドはすっかり先ほどまでの余裕は消え去っていた。一度ダイダラボッチと相対したことのあるルートやハインとは違って、ロッドは話で聞いただけで、ダイダラボッチの真の力をその身で感じたのは初めてのことだったのだ。
「おい、ロッド下がれ!」
オーガ達をなぎ払うために前線に出すぎたロッド。ダイダラボッチの標的は、もはやルートとハインの2人ではなく、初めて見る強大な敵を前に、恐怖と呼べるような感情を持ってしまった、ロッドへと変わっていた。
「炎の術式……」
何とか対抗しようと術式を唱え始めたロッド。だが、ダイダラボッチ相手では反応が遅れたことは、文字通り命取りとなったのだ。
ロッドが魔法を発動しようとしたその瞬間、ダイダラボッチの太い腕がロッドの身体を掴む。巨体からは想像も出来ないような素早い動き、ルートもハインも一度手合わせしたときに知っていたが、ロッドは全く想定していなかった。
「くっ……!」
そのままダイダラボッチの腕に捕まれたロッド。ルートとハインが何とか援護しようとするが、ロッドを掴んだダイダラボッチの腕はぴくりともしない。
――なんだ、おかしい……? 前よりも強くなっている?
それはルートとハインにとっても想定外であった。前は届いたはずの刃が、今のダイダラボッチには届かない。
――なぜだ? 何が起こっている?
混乱に陥る2人。その間にもロッドの身体がダイダラボッチの方へと引き寄せられていく。
「ルート! ハイン!」
もうロッドの表情からは余裕なんて消え去っていた。自らに迫りつつある死への恐怖、そして、逃れらないことを悟ったような絶望。そんな表情を浮かべていたロッド。
「まて!」
ルートが叫んだちょうどその直後、ダイダラボッチの大きな口が、ロッドのまだ小さな身体を完全に飲み込んだ。その光景をルートもハインもただ呆然と眺めていることしか出来なかった。
「……美味い、こいつは美味いぞ! 力が湧き出てくる! これならばあいつにも! あの憎い九尾も! この手で!」
ロッドの身体を飲み込んだダイダラボッチはさらに魔力が増していた。それだけではない。たどたどしかった話し方も、先ほどよりもずいぶんと、流暢な話し方へと変わっていた。
「……こいつ、食いやがった…… ロッドを……」
ハインの身体が震える。またしても目の前で仲間を失ってしまったという自らへの怒りと、そして目の前のダイダラボッチへの怒り。すでにハインはその感情に支配されてしまっていた。
「待て! ハイン!」
ルートの制止も、もはやハインの耳には届いていないようだった。怒りに震えたまま、ダイダラボッチに突っ込んでいくハイン。だが、木々ごとなぎ払うように飛んできた、ダイダラボッチの太い腕が、ハインの脇腹へと直撃する。
「なっ……!」
ダイダラボッチの攻撃は先ほどよりも、速さ、そして威力共に上がっていた。先ほどまでの速さであれば、ハインも躱すことは容易であっただろう。だが、ロッドを吸収したことで、さらにダイダラボッチは強さを増していたのだ。
そのまま、吹き飛ばされ木に思いっきり叩きつけられたハイン。何とか立ち上がったハインであったが、脇腹に鋭い痛みが走る。
「ちっ…… ここまでとはな……」
追い打ちをかけるように、ハインめがけて飛んでくるダイダラボッチの攻撃。その攻撃を前に、すでにハインは自らの運命を悟っていた。ルートも何と自らの方へと駆け寄って来ようとしているのは見えたが、間に合いそうもない。
――ここで…… こんな所で、終わりか…… すまんな皆、そしてエリナ……
「ハイン!」
そして、ダイダラボッチの腕がハインの目前へと迫ったその時、森の中に、まだあどけない一人の少女の声がこだました。
「炎の術式! 紅炎!」
刹那、凄まじい轟音が周囲に鳴り響く。爆風に吹き飛ばされるルートとハインの身体。だが、吹っ飛んだ瞬間、ハインの目はその爆風を起こしたものの正体を捉えていた。大きな火の玉が、ダイダラボッチの太い腕に当たり、ダイダラボッチの強力な一撃を相殺したのだ。
何とか体制を立て直しながら声の方を向いたハイン。ハインの目の先には自らが誰よりも気にかけていた少女の姿があった。
「遅くなってごめん! ルート! ハイン!」




