2-31話 足跡
「流石イーナ様! それが…… 新しいイーナ様の力……」
距離を取り、体勢を立て直したルカは、笑みを浮かべそう口にする。その笑顔は、今までの子供のように無邪気なルカとは全く変わっており、1人の戦士が、戦いを心から愉しんでいるようなそんな笑顔だった。
――いつまでも、ルカも子供じゃないんだね……
愉しい。その感情は私も同じだった。こうしてルカと対等に戦えると言うことに、私は何よりも喜びを覚えていた。
自分の事を憧れだと言ってくれるルカ。ずっと私を慕ってくれるルカ。そんなルカに私ができる事はただ一つ。今度は私の本気をルカに見せる。目の前にいる少女はもう、いつものルカじゃない。1人の勇敢な討魔師なのだ。
「ルカ、今度は私の番だよ! 炎の術式! 紅炎!」
いつまでもルカに主導権を握らせるわけにもいかない。もっと戦いを愉しみたいのは山々だが、そろそろ決着をつけないと行けない。これ以上、気分が高揚してしまったら…… 戦いに夢中になってしまったら、自分を抑えられなくなるかも知れない。
「……っ!? 炎の術式! 紅炎!」
私の紅炎に、対抗しようと術式を唱えたルカ。
。
再び炎の魔法がぶつかり合い爆音と白煙が競技場へと溢れる。先ほどよりもずっと激しい衝突によって上がった白煙によって、競技場の視界は完全に遮られた。
「……すごい威力…… イーナさまは……」
「ルカ、終わりだよ」
先ほどルカが仕掛けてきた白煙に紛れた攻撃。私はそれをルカにやり返したのだ。白煙に紛れ、一気に距離を詰めるという奇襲は見事に決まり、首元に当てられた私の剣に、ルカは自らの敗北を悟ったのか、手に持っていた短剣を足元へと落とした。
「……ルカの負けだね」
小さくそう言葉を漏らしたルカ。それでも、ルカの表情は曇り一つ無い、晴れ晴れとした笑顔が浮かんでいた。
確かにルカは成長した。以前のルカとは全くの別人と言えるほどに。だけど成長したのはルカだけじゃない。ルカが成長したように、私だって九尾として成長している。私だって堕魔を相手に毎日命がけの勝負をしているのだ。
次第に晴れていく視界。進行役を引き継いだミドウは、誰よりも早く、勝負の結末を見届けた。にぃっと、笑顔を浮かべたミドウ。
「勝負あり! 勝者! イーナ!」
勝負の決着を告げるミドウの言葉に、観客席が一気にわき上がる。
「すげえ! 一体何がどうなったんだ!?」
「見えなかった! やっぱり零番隊はすごい!」
そんな声がこだまする中、ルカは落とした短剣を拾い、自らの懐へと納め、そして私の方へと顔を向けた。
「……流石イーナ様。完敗だよ」
「これからルカももっと強くなれるよ! 私達と一緒に!」
「若き才能のぶつかり合い、実に見事な試合だった! イーナ! ルカ!」
ミドウも満足そうにそう声を上げる。その言葉は決して嘘ではないだろう。試合が終了してもなお、冷め止まぬ事無い観客席の興奮に私はそう確信していた。
「さて、ではそろそろ皆にも伝えねばな、新たに我々の仲間に加わる2人の勇敢な若者の名を!」
すっかり盛り上がった観客達を前に、ミドウも興奮を隠しきれなかったようだ。本来ならば試験はここで終わり、選考及び結果発表は別日の予定だったが、もはやここにいる誰もが、新たに誰が零番隊に加わるのかと言うことを、既に確信していた。そして、ミドウの提案で、試験終了のまま、新たな零番隊の顔見せセレモニーまで行う羽目になったというわけだ。ミズチやルートは思いっきり嫌がっていたが…… ミドウの決定には、誰も逆らえないのだ。
「お集まり頂いた皆よ、本日こうしてここに足を運んでくれたこと、まずは零番隊を代表し感謝申し上げる! 改めて、わしは零番隊の代表を務めさせてもらっているミドウだ!そして、これより新体制の零番隊を皆の前で紹介させて頂く!」
再びわき上がる会場。昔の…… 私が加入した頃の零番隊からは到底考えられないような光景である。まだ、あのときは…… モンスター達が人間と共生する世の中とは縁も遠く、私達零番隊も王の秘密裏の機関として、誰にも知られることなく粛々と任務をこなしていたのだ。それが、言葉は悪いが堕魔のお陰で、こうして人々に広く『零番隊』という存在が認知されるようになったのだ。
「弐の座 新たに我々の仲間に加わることになった、アルトリウス・ルシファーレン! 皆もルシファーレンの名は聞いた事があるだろう。才能に溢れ、人望も厚い彼が、いずれはこの零番隊を率いていってくれると、儂は確信しておる!」
観客達に向かって深く頭を下げたアルトリウス。一段と大きな歓声が客席から上がる。
「参の座、ミズチ! 水と剣術のスペシャリストであり、零番隊最強と呼ばれる男だ。彼の剣を前にしては、いかなる強大な堕魔とて無力! 我々零番隊の核となる1人だ!」
ミズチの紹介で、観客席から黄色い声援が巻き起こる。流石はミズチ。クールでイケメンな振る舞いで、世の若い女性を次々と虜にしていると言うだけのことはある。全く罪な男だ。さらに、どんどんとミドウの紹介は続いていく。
「肆の座はヨツハ! 氷の女王と名高き彼女。凍てつく彼女の氷は、悪意の炎を一瞬にして消し去ってくれよう!」
その恐ろしいほどの氷の力とは対照的に、ふわふわとして可愛らしい雰囲気のヨツハ。男性のファンだけでなく、女性のファンも多いらしく、ミズチに負けず劣らずの歓声が巻き起こる。
次は私の番…… なんだか緊張する。いや…… やっぱりさ…… こう民達を前に紹介されるとなると…… 歓声の量とかで人気とかもわかっちゃうし…… いや、別に人気になりたくて仕事をしているわけじゃ決してないんだけど、やっぱり気にしちゃうというか……
ドキドキと心臓の鼓動が高鳴る中、私の名が呼ばれる。
「次は伍の座! イーナ!」
ミドウの声に従って、一歩前へと踏み出した私。観客達の視線が一斉に注がれたのがわかる。緊張する……
「先ほどの試合で、皆もその力を理解したであろう。炎と闇の力、二つの力を自在に操り、堕魔を次々と炎に沈めていく…… 次世代の零番隊の柱となろう!」
シーンと静まりかえった場内。緊張しながら、私はぺこりと頭を下げた。すると、先ほどまでとは比べものにならない声援が巻き起こったのだ。
「イーナさーーん! さっきの試合すごかったぜーー!」
「頼りにしてるからなーー!」
思わず、きょとんと観客席の方を見上げたしまった私。だが、次第に私の中にそれは実感となって押し寄せてくる。ああ、そうか…… 私達が今まで積み重ねてきた事が……
観客達から直接伝えられた歓声。それは間違いなく、今まで私達が毎日積み重ねてきた事への感謝の気持ちであろう。今までこんな称賛なんて受けた事なんて無かった。それが…… こんなにも多くの人が私達に感謝の声を向けてくれている。
零番隊としてここまで働いてきて良かった。そう心から思った瞬間であった。




