2-30話 イーナ vs ルカ
突然のミドウの発表に会場にいた観客達は皆、驚きを隠せなかった。誰しもがまさか、現役の零番隊の戦いを目の当たりに出来るなんて想像していなかったのだ。
一気にわき上がる場内。皆の視線は中央にいる2人へと一心に注がれていた。
炎を操る2人の妖狐によって繰り広げられる戦い。その場にいた皆が、これからはじまる激戦を前に、興奮を抑えきれなかったのだ。
「……ルカ、いよいよだね」
ルカを目の前に、一層気合いの入った私は背負った二刀へと手をかけた。
「うん、イーナ様!」
ルカも気合いで目を輝かせ、短剣を握る。
「それでは、エキシビションマッチ! 試合始め!」
ミドウの声が響き渡る。直後、早速先制攻撃をしかけんと動いてきたルカ。もちろん、言葉通り、私が相手だからって手を抜いてくるようなつもりは全くなさそうだ。最初からフルスロットルである。
「炎の術式! 紅炎!」
術式詠唱と共に、ルカの身体の周囲に大量の火の玉が現れ、私目掛けて一気に襲いかかってくる。ここしばらくは零番隊の仕事で忙しかったと言う事もあり、ルカと一緒に修行することもずいぶんと減っていた。それでも、ルカは密かに1人で特訓をしていたのだろう。魔法の数、威力共に明らかに、以前のルカよりも格段に上がっている。
――そう来なくっちゃ!
相手が紅炎なら、私だって紅炎で対抗する。
「炎の術式! 紅炎」
ルカの発動した魔法に合わせるように、私も炎の魔法を発動する。私の放った炎の弾は、ルカのそれとぶつかり合い、ちょうど中央付近で激しい爆音を上げていく。一発、二発と
爆発が起こるにつれ、最初から高かった観客のボルテージもますます熱を上げていった。
「うおおおお! なんだこの戦い!」
「すごい爆発! こんなのって!」
爆発と共に上がる白煙に、ルカの姿が遮られる。中央部は九尾の目の力を持ってしても、全く見えない。
――さて、ルカなら次は……
それでもルカの動きは、何となく想定できる。私の戦いを、一番そばでずっと見てきたルカ。そんなルカならば、次にどんな攻撃を仕掛けてくるか、それはもう明らかであるのだ。
「……そうくるよね!」
ルカが選んだのは接近からの強襲。白煙で姿をくらませ、その間に炎の術式の移動で一気に距離を詰める。最初の戦い、討魔師ダダを相手にしたときと同じ戦法というわけだ。
慌てることなく、左手の剣を合わせた私。キィンと激しい音と共に、私の剣とルカの短剣が交わる。白煙の中から突如として姿を見せたルカの表情は、まるでこの戦いを心から楽しんでいるかのような、そんな満面の笑みに包まれていた。
「流石イーナ様! そう簡単にはいかないね!」
空中に身体を浮かせたまま、交わった剣を支点に、ルカは身体の方向を思いっきり変えたのだ。ルカの小さな手は、私の足元へと向いていた。
「炎の術式! 爆炎!」
ルカの狙いは、足元。そのまま、足に溜まっていたマナを一気に放出させ、飛び上がった私。私の足元にルカの放った炎の魔法が命中し、そして激しい爆風がさらに私の身体を宙へと浮かせた。
そして、ルカの連撃は、そこで終わりではなかった。私が宙に逃げるというのも、既に想定していたようで、さらに攻撃の手を緩めまいと、追撃してきたルカ。宙に浮いた私の身体めがけ、笑みを浮かべながらルカが近づいてくる。
「イーナ様とは言っても! 空中じゃそう簡単には躱せないでしょ! 炎の術式…… 紅炎!」
もしかしたら、少しルカをなめてしまっていたのかも知れない。まさか、ここまで怒濤の攻めを続けてくるなんて、想像もしていなかったし、空中に逃げる事を読まれているというのも、想定外だった。確かに、ルカの言葉通り、足場のない空中に逃げてしまった今、急な方向転換は難しい。それは事実。だけど……
――あんまり私を…… 零番隊を舐めてもらっちゃ困るよ! ルカ!
「闇炎の術式! 纏炎!」
闇の王との戦いを通じて、結果的に私が新たに得た力。闇の王の闇魔法と、そして九尾の炎の魔法が組み合わさった私だけの魔法、闇焔の術式。他の属性の魔法効果を打ち消す闇の力と、防御力に秀でた炎の術式纏炎が合わさった、私だけの魔法なのだ。
空中にいた私の身体を、黒い炎が包んでいく。ルカの放った無数の炎の弾は、黒い炎の壁へとぶつかり、そして消えていった。
「何だ!? あの黒い炎!?」
「初めて見た…… あれが……」
観客達もさらに熱量を上げていく。炎と炎がぶつかり合う、派手な戦いに、その場にいた全ての観客達は、瞬きすることすら惜しみ、競技場の中心にいた2人へと視線を集中させていた。




