2-27話 討魔師グレン
剣を抜いて身構えるアルト。そんなアルトに向けて、先に仕掛けたのはグレンの方だった。
「氷の術式…… 氷天!」
びきびきと音を立てながら、グレンの足元が凍り付いていく。ここまで、グレンはこの氷天という魔法で、候補者達を行動不能にし、一瞬で倒してきたというわけだ。グレンを中心に広がっていく冷気が、アルト目掛け一気に襲いかかっていった。
「なめるなよ! もう今までのお前の戦いで織り込み済みだ!」
そして、グレンから距離を取ったアルト。グレンの氷天という魔法、一度その冷気のオーラに包まれれば、瞬時にして凍り付いてしまうと言う恐ろしい魔法だが、アルトが今見せたようにそのオーラの中に入らなければいいのだ。
とはいえだ、言葉にすれば簡単だが、そう簡単に躱せるといったものでもないのは事実。現に、グレンから発せられる冷気が広がっていくスピードは凄まじく早い。並みの討魔師なら…… 逃げ切ることすら出来ないだろう。
だが、アルトもまた実力者。炎や氷といった、いわゆる基本属性の魔法は使えなかったアルト。だが、そんなアルトがここまで堕魔達と戦って来れたのも、かつてのルートと同じように、マナを用いて自らの身体能力を強化することが出来るという、その力にあったのだ。
「あの、グレンの魔法を躱した!?」
「……グレンもすごいが、アルトもなかなかやるな!」
そんな驚きの声が観客席からこだまする。動揺する観客とは相反に、グレンはと言うと、全く動じていないような様子だった。
「……へえ、氷天を躱すんだ。君のその速さ…… 研ぎ澄まされている! なんて美しい!」
「褒めてくれてありがとよ! ホントはてめえじゃなく、姉御に褒めてもらいたかったがな!」
うん、すごいすごい…… 本当に……
「姉御? 君がさっきから言っている姉御というのは誰のことなんだい?」
かたや、グレンもまだまだ余裕そうな様子だ。それも当然、ここまでグレンはまだ氷天と呼ばれる魔法しか見せていないのだ。
「そこにおわすのが我らが姉御! 姉御の前で無様な醜態をさらすわけにはいかないんだ!」
グレンに向けて一直線に突っ込んでいくアルト。まるで、ルートの風切かと錯覚するような、そんなスピードでアルトの刃がグレンへと迫る。
「……本当に、君は素晴らしい。だけど、僕はそんな君をも上回ってみせる! 氷の術式! 無明氷結!」
新たに繰り出されたグレンの魔法。無明氷結。まだここにいる誰もが見たことのない魔法である。グレンがその魔法の名を告げた直後、グレンのその細身の肉体から恐ろしいほどの魔力が漏れ出てきたのだ。
――これは……!?
そのあまりの…… 禍々しくすら思えるような冷気に、思わず身構えた私。そして、アルトの方も、思わず身がすくんでしまったのか、一瞬の戸惑いがアルトの身を迷わせたのだ。
次の瞬間には、その恐ろしいほどに強大な魔力は何処かへと消え去っていた。グレンはそのまま間髪入れずに再び氷の魔法を繰り出す。グレンに接近し、そして思わず動きを止めてしまったアルトの身体は、もはやグレンにとって格好の獲物と化していたと言うわけだ。
「……終わりだよ、アルトくん。 氷の術式、氷天!」
そして、再びグレンの身体から放たれた冷気。グレンに接近していたアルトの足は、一気に冷気に捕らわれ凍り付いたのだ。
――今のって…… いや……!
「アルト、行動不能! グレンの勝利!」
そのあまりの魔力に思わず、進行役である事を忘れかけていた私は、慌てて試合終了の言葉を告げた。
――それにしても……
あの一瞬出かけた、『無明氷結 』というグレンの魔法。結局発動することはやめたようだが…… あの一瞬だけでもとんでもない魔法であると言う事は理解できた。おそらくあのまま発動していたならば…… アルトの身は完全に氷の中に包まれていただろうし、それに観客席にまで被害は及んでいたかも知れない。その程度に…… あの魔法は恐ろしく、そして強大なものであったのだ。
おそらくグレンも最初から『無明氷結』を使うつもりはなかったのだろう。すぐに詠唱破棄出来たところを見ると、最初から一種の威嚇のような、そんな意図があったに違いない。あの規模の魔法ともなれば、一度発動してしまえば、精密なコントロールはおそらく相当に難しいからだ。
要は、グレンは、アルトが相手であっても、ハナから本気など出してはおらず、手加減したまま完全な勝利を収めたというわけだ。文字通り、他の候補者達とはレベルが違っていたのだ。そして、それは本気でグレンにぶつかろうとしていたアルトにとって、何よりも屈辱的なことであっただろう。
氷に捕らわれ動けなくなったアルトは、そのまま頭を垂らし、小さな言葉を漏らした。
「……ちくしょう」




