2-20話 新たな零番隊
「堕魔の討伐、ご苦労だった、イーナ、ルートよ」
零番隊のトップであるミドウへの報告の際、ミドウは私達にそう声をかけてくれた。いつもならば、満面の笑みでねぎらってくれたミドウであったが、今回ばかりはそうではない。ミドウとて、多くの犠牲者が出てしまった今回の事件に大変心を痛めていそうな、そんな様子であった。
今回の堕魔による事件の噂は瞬く間にフリスディカの街に広まった。いくら煌夜街がフリスディカの市街地から隔離された場所とは言え、同じ市内。市民達に走った衝撃は相当に大きかったようだ。『天使商会』と言う名は広く市民にも知られるほどに、大きな規模の会社であったからだ。それが一人の堕魔によって壊滅した。そのニュースに驚かない民はいなかったのだ。
「そんな顔をするな二人とも。今回の事件を受けて、上層部も堕魔の脅威に対抗すべく、堕魔達と戦う討魔師の養成について本腰を入れることが決まった。零番隊の負担も少しは減るようになるさ」
私達を励ますように、そう言葉をかけてくれたミドウ。実際問題、まだ討魔師という職業が出来て間もないと言うこともあり、いくら影響力を持ったミドウがトップとは言えど、私達零番隊も、王国上層部達の中でなかなか肩身が狭いという部分はあったのだ。
討魔師という職業自体が、本当に最近出来た職業。それも、私達零番隊こそ、王の名の下に活動する討魔師という名目であるが、ほとんどの討魔師は、元々ハンターだった者達がフリーで活動していると言う事もあり、人員という面では苦慮していた。
もともと零番隊という組織事態、欠員が大量にいたと言うこともあり、私達、零番隊のメンバーにかかる負担もどうしても大きかったのだ。今のままではフリスディカだけでも手一杯、他都市の治安までとてもじゃないが手が回らない。フリスディカこそ、定期的に見回りをしてはいるが、他の街は結局民間の討魔師達に頼りきりで、よほど手に負えないような堕魔が現れたときに出動するという程度なのである。
「……零番隊に新たな討魔師が加わることも正式に決まった。今まで欠員だった㭭の座、玖の座、そして拾の座を埋める。早速だが、㭭の座につくものが決まった。イーナ、ルート。お前達もよく知っている人物だ」
「え? 一体誰?」
突然のミドウの言葉に、私達は完全に不意を突かれ、顔を上げた。
「はっはっは。ちょうど今日、その者を呼んでいるからな。スクナ! 入ってこい!」
「はーい! ミドウさん」
「スクナ!? どうして!?」
ミドウの声に反応し、私達の前へと姿を荒らしたのは、煌夜会のトップに君臨する少女、スクナであった。まさかスクナが零番隊に加入することになると予想もしていなかった私は、つい驚きの声を上げてしまった。
煌夜街という街は、フリスディカの一部でありながら、フリスディカと一線を画する地区。王国側も、煌夜街の側も進んで交わろうとはしてこなかったのだ。その煌夜街の、まさしく頂点にいるスクナが、零番隊に加入する。それは私に取っても、隣で驚いた表情を浮かべていたルートに取っても予想出来なかった話であった。
「イーナ、私もさ、ミドウさんから声をかけられて悩んだんだ。私達の大切な仲間、ウズメをあんな風に殺した堕魔が憎い。だけど、私は煌夜会のトップ。果たして、私が零番隊に入ってしまって大丈夫なのかって…… そんな資格があるのかって…… でも」
堕魔による被害。それは、煌夜街で暮らす者達にとっても、もはや人ごとではない。だからこそ、きっとスクナは私達と共に戦うことを決めてくれたのだ。そして、それは、今まで同じフリスディカという都市にありながら、別々の道を歩んでいた王国側と煌夜街が、同じ道を歩むことを決めたと言うことに他ならない。
「……今まで王国側も煌夜街に干渉しようとしてこなかったことは事実。だけど、スクナの加入をきっかけに、間違いなく煌夜街のあり方も変わっていくだろう。この国が、モンスター達が住めるような、新しい国に生まれ変わったようにな」
「……うん」
時代は移り変わっていく。かつて人間にとっての脅威だったモンスター達が、今や人間と共に手を取り合って暮らせるような、そんな世の中に、確かに変わったのだ。今や、妖狐の一族の者達だって、多くの者がこのフリスディカに住んでいる。大神の一族だってそうだ。
そして、そんな妖狐達の長、九尾となった私にできる事。それは、彼らの生活を脅かす新たな脅威『堕魔』を打ち破ること。いや、きっと私だけではない。零番隊の他のメンバーだってそれぞれ守るべきモノがあるのだ。煌夜街を治めるスクナも、煌夜街のことを大切に思っているからこそ、守りたいと思っているからこそ、私達と一緒に戦うという道を選んでくれたに違いない。
「改めてよろしくね! スクナ!」
「こちらこそ! ふつつか者ですが…… よろしくお願いします!」
こうして、新たに零番隊㭭の座に頼りになる仲間、スクナが加わった。加わったのだが…… それはいいとして……
「ところでミドウさん。零番隊って、拾の座まであるよね? あと2人は……?」
先ほど、ミドウは欠員だった零番隊を埋めると言っていた。と言う事は、スクナが加入したとして、零番隊は合計8名。10名にはあと2人足りない。
「まあ…… いろいろ候補者は考えてはいるんだがな! まだ未定だ!」
「未定……」
まあ、そんなところだとは思った。零番隊と言えば、今でこそ市民達に正義のヒーローとして認知されつつあるものの、実際問題、普通の討魔師では太刀打ちが難しい強力な堕魔を相手にする、常に死と隣り合わせと言っても過言ではない立場。それだけ背負っている物もあるし、それ相応の実力が必要となる。伝説の生き物とされてきたドラゴンであるリンドヴルムや、煌夜街の女王スクナとスムーズに人員が見つかったと言う事自体が奇跡的な話であるのだ。
「そこでだ! 儂に一つ考えがあってな!」
「考え?」
「先ほど、王国側でも討魔師の養成により力を入れると言っていただろう? わしら、零番隊も当事者として何も協力しないというわけにはいかない。そこで、残りの2枠…… 玖の座と、拾の座について、公募を行うというアイディアはどうだ!」
今まで、ミドウを中心に…… とは言ってもほとんどミドウの一存で決めていたと言っても過言ではないが…… 推薦形式で加入者を決めていた零番隊。その門戸を自薦に変えるという提案だ。もちろんその提案自体は何の不満もない。今フリーで活躍しているような、一般の討魔師達は優秀な人材も多い。何せ元々モンスター達と死闘を繰り広げていたハンター達がメインであるのだ。だけど……
「そんなに上手く集まってくれるかなあ……?」
討魔師という職業は実力主義。実力のある討魔師の元には、沢山の依頼が舞い込んでくる。なんなら私達とは比べものにならないほど稼いでいる討魔師達だって多い。そして、そんな実力者達でも、なかなか対処が難しいという様な案件を、私達が引き受けているという事情がある。要は、もらえる金は減るが、仕事の難易度は難しくなるというような、なかなか無茶な話であるのだ。言ってしまえば、私達公務員みたいなもんだしね……
「それでも零番隊の人気は、フリーの討魔師達とは比べものにならない。現にお前やルートだって、今や市民から絶大な人気を誇っているだろう? きっと、来てくれるさ! やってみなければわからないだろう?」
絶大な人気…… まあそれは置いておいてだ。やりがいはある。それは間違いない。
金よりもやりがい…… なんだか、何処かで聞いたような話である気もするけど……
それでも、なんだかんだでこの零番隊という居場所を私は気に入っている。金なんて普通に生きていける分があれば十分だし…… それよりももっと大切なものが私にはある。そして、ミドウの言うとおり、やってみなければわからないし、私達だって時代の変化に合わせて変わっていかなければならないのは事実なのだ。
「そうだね! 良いと思う! ミドウさん!」
「俺も賛成だ。俺達よりももっと強い奴らだっている。そんな奴らが集まってくるとなれば、零番隊側にとっても間違いなく刺激になるだろうしな」
流石ルート。こういうときでも言うことがイケメン。これはモテる男。違いない。
そして、私達の賛成を得られたミドウは無邪気な子供のように嬉しそうに言葉を続けた。
「おお! それはよかった! ならば早速、実行に移すとするか! イーナ、ルート! 賛成してくれたお前達には是非とも協力を頼みたい! これからの零番隊は間違いなく、お前達が背負っていくことになる。お前達2人がふさわしいと思う人材を、是非選んでくれ!」
……。
またやってしまった。賛成してしまった以上、今更断るというのも気が引ける。流石はミドウ。油断も隙もありゃしない。ルートもルートで頭を抱え、しまったというような表情を浮かべていた。
こうして、体よく私達は、ミドウからまた仕事を押しつけられてしまったというわけである。新たな零番隊のメンバーを決めるという責任重大なその仕事を。




