2-19話 巡る因果
「……や、やめろ!! 僕が悪かった!!」
――イーナ、一つ頼みがあるんだけど
私は決めていた。今回の堕魔に対する処遇はスクナに全て任せると。ここに来る道中にスクナに頼まれていたのだ。本来ならば、零番隊のメンバーではないスクナに、堕魔の処分を決めるような権限はない。だけど、今回は話は別なのだ。自分の大切な仲間が、あんなにも無残に殺されてしまったという状況に、スクナも色々と思うところはあるだろう。
「スクナ。約束通り…… この時をもって、そして零番隊伍の座イーナの名をもって、この男の処遇はあなたに一任します」
堕魔だって人間である以上、不必要な苦痛は与えるべきはないという意見だって無いわけではない。それに、正確な話をするならば、零番隊から一般人に権利の譲渡なんて話も認められてはいないだろう。だけど、こいつの所行だけは、私にも許せなかった。ましてや、ずっと煌夜会の仲間として、ウズメと関わってきたスクナにとって、この男がどれほど許しがたい存在であるか、それは考えるまでもなく明らかなことであるのだ。
「……ありがとう、イーナ。 創造魔法『巫女の檻』」
私に向け、笑みを浮かべながら静かにそう呟いたスクナ。途端、男の周囲を囲うように光沢を持った素材で出来た壁が生成され、そしてすぐに男の姿はその壁の中へと姿を消したのだ。
「やめろお! 出してくれ! 頼む! お願いだ!」
そんな、男の情けない声が、壁越しに聞こえてくる。先ほどまでの勝ち誇ったような様子など、もはや何処かへと消え去り、懇願するような、そんな男の情けない声だけが血に染まった部屋の中にこだましていた。
「……煌夜街を荒らす者は今までも数多くいたんだ。こういう場所だから。だから、私達の先代、煌夜街の巫女達は、そういうルールを破る者に厳格な罰を与えてきた。死を持って、罪を精算するという罰」
「……頼むううう! 違う! 違うんだ! 今回の件は…… そう!! 依頼されてやったんだ! 僕じゃない! 僕じゃないんだ!!! もっと美しい死に様を沢山見れるって! 僕の芸術を世に知らしめてくれるって!」
「……一体誰に依頼されたの?」
「……誰!? そりゃあもう!!天使商会のボスさ! 僕は本当はこんな事をしたくは無かった! だからあいつらも全員殺したんだ! お手柄だろう!? 君達の役に立ったんだ!!」
「……だってさ、スクナ?」
堕魔という奴らはいつもこうだ。好き放題暴れ回って、最後には誰かに責任をなすりつけて、助かろうとする卑怯な奴らがほとんどなのだ。もう、こんなやりとりを、何度も何度も繰り返してきた私達。本当に最後まで自分勝手というか…… あきれてものも言えない。
「……それで? ウズメを始末しろというのも天使商会の命令?」
スクナも、冷めたような態度で、檻の中に捕らわれた男に向かって問いかける。
「そうだ! 天使商会のボスの命令だ!!」
この複雑にそれぞれの立場が絡み合った煌夜街で、いくら最大級の規模を誇る天使商会と言えど、そんな無茶苦茶な命令など出しては来ないだろう。彼らだって何もせずにここまで大きくなったわけではない。上手く煌夜街の中で立ち回ってきたからこそ、ここまで大きな規模になったのは言うまでもないのだ。
「……わかった。イーナ、後はお願い」
ため息をつきながら、私に向かってそう口にしたスクナ。それにしても…… 罪のない人々を、蜘蛛の糸のような魔法で捕らえ、獲物にしてきたこの、『堕魔』の最期が、他人の檻に捕らえられたものになるとは…… 世の中もなかなかどうして因果なものである。
「闇炎の術式……」
「やめろおおおおおおお!!! やめてくれ!!!!!!」
「獄炎」
スクナの作った檻を取り囲むように、黒い炎が燃え上がる。一気に炎は檻を包み込み、そして、炎の音に男の断末魔の叫びは消えていった。
「……これで、少しはウズメも浮かばれるかな」
「……ありがとう、イーナ。ルート。きっとウズメも……」
そう小さく、か弱い声を上げたスクナ。炎の光に照らされたスクナの横顔は、あまりにも美しく、そしてあまりにも切ないものだった。




