2-18話 闇炎の術式
「創造魔法! 小人!」
怒りに支配されたまま、そう魔法を唱えたスクナ。糸に絡め取られ、動きを取れなかったスクナの前に、小さな小人が姿を現す。
スクナの魔法は『創造』と呼ばれる特殊な魔法。自分の魔力を分け与えることで、物質を作り上げることが出来るという、便利な魔法である。だが、決して使用者の魔力を上回るものは創造することが出来ないというデメリットもあるらしいが……
「おっと、そんな半端な者で僕を相手するつもりなのかい…… 美しくないねえ……」
男の両手にきらりと光る短剣が見える。おそらくは、ウズメの身体を引き裂いていたものだろう。短剣を片手に蝶のように舞う男。スクナが作り上げた小人は、すぐに男の短剣の前に八つ裂きにされ、そのまま崩れ落ちていった。
「……ちっ!」
「……さあ、次はどんなあがきを見せてくれるつもり何だい! がっかりさせないでくれよ……」
そして余裕綽々といった様子で、私達の方へと歩みを進めてきた男。今度はルートが魔法を発動する。
「風の術式:業風!」
男に向かって一気に襲いかかる風。だが、男はルートの魔法を前にしても全く慌てる素振りを見せず、にやりと笑ったまま小さく口元を動かす。
「糸盾」
途端、男の手から無数の糸が姿を現し、男の前に私達を絡め取っているのと同じような大きな蜘蛛の巣状の盾を形成した。ルートの放った風魔法は、そのままその盾に威力を吸収され、男へと攻撃が届くことはなかったのだ。
「僕のこの糸の魔法…… 魔力をふんだんに流し込んだ糸は、そう簡単に切れないんだ。そう、君達零番隊の魔法を持ってしてもね!! これまで、どれほど君達のことを研究してきたか……! そして、僕はたどり着いたんだ! 芸術の高みへと!」
……なるほど、魔力をふんだんにねえ……
この糸がやたら強固なのも、それだけの魔力が注ぎ込まれているからに他ならないのだろう。現に身体は一切動かないし、全くほどけるような様子も見えない。並みの相手なら、これなら太刀打ちも出来まい。
だけど、私達は零番隊。堕魔を専門に討伐する、そんな使命を背負った討魔師であるのだ。そう簡単に、私達を倒せるだなんて…… 舐めてもらっては困る。
「……ありがとう、あなたの能力をべらべらと話してくれて」
「ああ!?」
困惑したような表情を浮かべる男。完全に獲物を捕らえたと、男もそう思い込んでいたのだろう。
「確かにあなたの力は強力みたい。現に身体も全然動かないし…… これほどの力…… もっと役に立つ使い道が沢山あっただろうに……」
「なにをいってる? 頭がとち狂ったのか? お前達は僕の糸に完全に捕らえられている。ここで…… お前らは終わりなんだよ。炎の魔女!」
確かに、以前の私だったら、この絡め取れている糸に炎が効かないと言う時点でゲームオーバーだったかも知れない。だけど、私にはまだ、普段の任務では見せていない力がある。どうやら、そこまでは堕魔の研究もたどり着いていなかったようだ。
「……闇炎の術式」
そう、私の身体の中には、闇の王との戦いで偶然にも残された力があった。闇魔法。魔法の属性そのものを打ち消す力を秘めたその力。九尾の炎の力と、そして闇属性を混ぜた闇炎の術式。闇の王との戦いで私が新たに目覚めた、オリジナルの魔法である。
「纏炎!」
ご丁寧にあいつは、糸に魔力を込めていると説明してくれた。つまり、魔力を打ち消す闇魔法が混ざったこの闇炎の術式なら、魔力を打ち消し、そのまま炎の術式の力で糸も焼き切れるはずなのだ。そして、その予想はどうやら当たっていたようだ。
「……なっ! なんだその力は! 聞いていない!?」
先ほどまでの余裕はどこへやらすっかり慌てふためく堕魔。私達の身体を捕らえていた堕魔の糸は黒い炎に燃やされ、そして崩れ落ちていった。
「おい、イーナ。お前、俺達もろとも焼き殺すつもりか?」
「……ごめんごめん。まだあんまり制御が難しくてさ」
普段からあまり闇炎の術式を多用しないというのにも理由がある。一つは魔法を打ち消してしまうと言うだけあり、制御が難しいと言うことだ。使用者である私自身に危害が及ぶと言うことはないが、周りの者を巻き込んでしまう可能性が高いと言うことが一つ。
そして、もう一つ、身体への負担が炎の術式に比べると異様に大きい。本来の九尾の力とは少し異なる力であるため、魔力の消費が激しいのだ。それでも、普段から多用しなかったと言うことが、今回は逆に功を奏したと言うわけになるのだが……
まあ、ご託はさておき…… ここからは、私達のターンというわけだ。
「……そんな馬鹿な…… 僕の糸魔法が……」
「……ねえ、あなたは知っている?」
「来るなあ!!」
そう叫び声を上げた堕魔。男の手から出た糸が、再び私の方に向かってくる。だけどもう種がわかった以上、私には効かない。
「闇炎の術式:陽炎」
男の出した糸は私の身体に到達することなく、黒い炎に包まれそして燃え尽きていった。
「ひぃ!!」
黒い炎が包み込む中、すっかり勢いを失ってしまった男に、近づいていった私。もう男が戦意を喪失していたのは、私にもわかっていた。腰を抜かし、そのまま、恐怖にまみれたような表情で私の方を見上げていた男。だけど、後悔してももう遅い。罪のない人を、それにウズメを…… 必要以上に痛ぶった罰はしっかりと受けてもらわねばならないのだ。
堕魔に情けは無用。それが私達零番隊の中で決められた唯一のルールなのである。
「対堕魔にあってはさ。私達零番隊は、王から全権を与えられているんだ。堕魔による市民への被害を減らすために、いかなる手段を用いて堕魔を討伐しても良いと」




