2-15話 嘘のような現実
私が呼び出されたのは、その日の真夜中のことだった。
「イーナ様、緊急の連絡なのニャ!」
私の家を訪れたのは、ケット・シーのテオ。テオは今、シャウン王国の連絡係として、こうして私のもとで働いてくれている。もちろん私達だって、交代で夜の宿直というものもあるが、人数が限られている以上、私達だけではとても回すことができないというのが現状。そのため、王国の兵士たちの一部も交代で宿直として待機してくれており、そして、何か事件が起これば、こうして動くことができる零番隊のメンバーのもとに、それぞれの連絡係を通じて連絡が来るというわけである。
堕魔たちは、もちろんこっちの事情など考慮してはくれない。朝早かろうが、夜遅かろうが、事件は起こる。そんな生活にも、もはやすっかり慣れてしまった私は仕事用の服に着替え、そして零番隊のローブを羽織り、玄関へと迎えに来たテオのもとへと向かった。
「お疲れ様、テオ! ありがとう! ……場所は?」
「煌夜街なのニャ!スクナ様からの緊急連絡なのニャ!。内容まではボクも知らされてはないんですニャ、煌夜会の本部まで来てほしいそうだニャ。すでにルートにも連絡は行ってるのニャ!」
煌夜街。昼間にみんなで見回りに行った街である。煌夜街で事件が起きること自体は、さほど珍しいことでもないが、スクナからの緊急連絡というのは、なかなか珍しいというか、初めてであった。内容を知らされていなくても、間違いなく何か堕魔に関する事柄であることだけはわかる。
「イーナ様…… また事件……?」
眠そうに目をこすりながら、私たちのもとへとやってきたルカ。いつもは、呼び出しとあらば、一緒に行きたいと言っていたルカだったが、さすがに夜遅くもうすでにルカの眠気も限界に近そうな様子であったということもあり、今回は一緒に行きたいと言ってくる様子もなかった。
「うん、ちょっとこれから出てくる」
「気を付けてね、イーナ様」
そのままテオと二人、家を飛び出した私。
その夜のフリスディカの街は、やけに静かに感じた。明かりこそついてはいるものの、真夜中というだけあって、ほとんど人通りもないフリスディカの街並み。どこかぬるい風が、私の身に突き刺さってくるような、そんな不気味な夜だった。
真っ暗で寝静まったフリスディカの街の中で、ただ一か所。夜中でも煌々と明かりが灯り、そして活気にあふれる街、『煌夜街』。この場所は、昼も夜も関係ない。むしろ夜の方が大人の活気にあふれているのだ。決して寝ることない街、煌夜街。だが、その日の煌夜街もまた、いつもに比べると、随分と人出が減っていた。
――いったい何があったんだろう……
いつもなら路上にはたくさんの客引きのきれいなお姉さんたちがいるはずなのに、今日は一切いない。まるで何かおびえているかのように、多くの店が扉を閉めていた。やけに静かな煌夜街の大通りを歩き、私は煌夜会の本部の建物の前へとたどり着いた。建物の前では、すでに先に到着していたルートが私の到着を待ってくれていたようだ。
「イーナ!」
「ルート! ごめん遅くなって!」
「俺もさっき着いたところだ。まだ詳しい中身については聞かされていないが……」
「私もだよ。スクナからの緊急の連絡ってことだけで…… ルート、もうスクナにはあった!?」
「それが、スクナのやつ、出ているらしくてな…… それも、ほかの煌夜会の幹部たちもだそうだ。巫女の森に行ってるから来てくれと、言伝があって、お前の到着を待っていたんだ」
幹部たちが全員出ている……? そんなことって?
まあいい。今ここで何が起こっているのか考えたところで、その答えが私にわかるはずもない。スクナから巫女の森に来てくれと言われているんだから、そこに行けば何かがわかるということには違いないのだ。
巫女の森は、煌夜会の本部の裏手、煌びやかな煌夜会の端に広がるうっそうと茂った森のことである。かつて、この場所に神の使いである巫女が舞い降り、戦で傷ついた兵士たちを癒していったという伝説が残されている。巫女たちはこの森近辺に住み着き、現在の煌夜街の始まりとなったと言われているのだ。
ただ、それはあくまで伝説の昔話。今となっては、ただの森。一応、巫女たちを祀るための神殿は一つあるが、それ以外には何もないと言われる森に、わざわざ煌夜会の面々が出ていく理由なんてあるのだろうか……?
本部の裏手から、階段を上り、自然の中へと入っていく。スクナたちが待っているのは神殿のところであろう。道は一応明かりで両脇が照らされてこそいるが、夜の森の中というだけあって、相当に暗い。お化けの一匹や二匹出くわしても何ら不思議ではないような、そんな森を潜り抜けていくと、その先に見えてきたのは、うっすらと明かりに照らされてた古びた…… 日本でいう神社のような見た目の、神殿と呼ばれる神様を祀る建物であった。
建物の脇には、すでにスクナをはじめとした煌夜会の面々が集まっていたようだ。慌てて合流しようとした私達。だが、どうにも皆の様子がおかしい。そして、近づいてきた私達を見つけるなり、駆け寄ってきたスクナ。今にも泣き崩れんばかりの悲痛の表情を浮かべながら、スクナは私たちに向かって口を開いた。
「イーナ、ルート…… ウズメが…… ウズメが殺されて!」




