2-12話 これって…… 普通の休憩所じゃないよね?
「イーナ…… お前、リンドヴルムと結婚するつもりなのか?」
そんなの聞かれるまでもない。
「リンドヴルムは良い奴だと思うよ。多分…… でも、私はリンドヴルムと結婚はしないよ。と言うか、私には出来ないよ…… 結婚なんて…… 考えたこともないし」
そりゃそうだ、今はこんな身体になったとは言え、元は私は男。それに…… リンドヴルムは良いやつだとは思うけど、リンドヴルムに対する恋愛感情なんてない。そもそも、リンドヴルムとはまだ出会ったばかりだし…… こんな状態で結婚するなんて、リンドヴルムに対しても失礼だ。
「そうか…… ならいいんだ」
私の返答に、ルートはそう一言、静かに呟いた。そして、また私達の間を沈黙が包む。それにしても、リンドヴルムはいつ帰ってくるのだろうか。全く帰ってくる気配がない。やっぱり…… ウズメ……
それからも待ち続けた私達。特に行くところもなく、ただ立って煌夜街の様子を眺めているだけ。その間にも何人もの男が女の子といちゃいちゃしながら、私達の目の前を通り過ぎていく。本当に気まずくて仕方が無い。それに黙って立っているだけと言う事で、大分足も疲れてきた。
それでも疲れてきた足の痛みに耐え、私はルートと2人でリンドヴルムを待っていた。しばらくの後、私達の元に1人の男が訪れる。私も何度か、顔を見たことがあるその男は、煌夜会に雇われている元ハンターの1人、今はウズメの元で働いている男であった。
「イーナ様、ルート様、ウズメ様からの伝言です。リンドヴルム殿が思ったよりも煌夜街に興味を持たれているらしく、おかえりが大分遅くなるそうです」
「はあ……」
やはり私の懸念は当たったようだ。きっとウズメも、時間の無い私達に気を利かせてくれたのだろう。まあ…… 余計なお世話とも言えるが…… ウズメなりに私達のことを思ってくれたことは間違いないから……
だが、その後男が口にした言葉は、私の想像のさらに上を行く言葉だった。
「そこでウズメ様の方で、お二人で休めるところを準備しました。煌夜会の直営の休憩所になりますので…… 普段から任務で疲れているお二人に、ゆっくり休んでくれとの事です」
……もう嫌な予感しかしない。
「ウズメ…… あいつ気が利くな。イーナせっかくだから、お言葉に甘えようか」
そして、ルートの方と言えば、おそらくまだウズメの真意には気付いていない様子。本当に…… この男は……
そうは言ってもだ、足が疲れてきたのは事実だし、それに、わざわざ休憩所まで用意してくれたと言うことは、本当にしばらく帰ってくると言う事は無いのだろう。どうする…… どうする私……
「……ま、まあせっかくウズメが用意してくれたんだから、い…… いってみようか!」
そうだ、なにもそうと決まったわけではない。もしかしたら、煌夜街に新しく出来た新手のカフェか何かかも知れない……! うん、きっとそうだ。
「では、どうぞお二方とも! 私が場所までご案内いたします」
ウズメが用意してくれたという休憩所は、煌夜会の本部から歩いてすぐの所だった。明らかに、派手派手な店が建ち並ぶ中を歩いていた私達。そして、私達を先導してくれていた案内人の男が足を止める。目の前には…… うん、やっぱり想像通り…… 想像通りで逆に安心するくらいだ。
「こちらになります。部屋の方は既にウズメ様の方で取ってますので……」
流石のルートも、派手な宿泊施設を前にようやくウズメの真意に気が付いたようだ。焦ったような様子で案内人に言葉を返す。
「おい、これって…… ホテルじゃないか! どこが休憩所なんだ!」
「ですから休憩所でございます。なお、当ホテルは、煌夜会直営と言うことで、煌夜街においても一位二位を争う安心さ。警戒することなくお楽しみ頂けます」
一体何を楽しむつもりだ…… 何を……
「では、私はこれにて…… フロントにてお名前をお伝え頂ければ、部屋にご案内してもらえますので!」
「おい!」
ここまで私達を案内してくれた男は、そのまま足早に何処かへと消えていった。休憩所…… 俗に言うホテルの前で呆然と立ちすくむことになった私達。
いや、意識するからいけないのだ。いくら休憩所とは言え、普通に休憩する分には何の変哲もないホテルと変わらない。ふかふかのベッドもあるし、最高の休息スペースである事は言うまでもない。そう、意識しなければ良いのだ。うん。それに相手がルートなら大丈夫だ! 多分!
「……しばらくウズメも帰ってこなさそうだし…… 入ろうか……」
「……」
私の問いかけに、ルートは黙ったまま何も言葉を返してこなかった。
――いや、せっかく勇気を出して言ったのに無視って! 無視って!
なんだか、提案したこっちが恥ずかしくなる。せめて何かリアクションは返して…… 空しいよ……
いや…… もしかしたら…… 真面目で純真なルートの事だ。きっと、こういう場所に、私と一緒にはいることも、彼女に対する裏切りだと思っているのかも知れない。そう考えると、軽率に提案したことが申し訳なくなってきた。そしていたたまれなくなった私は、再びルートに言葉をかけた。
「ルート? ……まずかった?」
「ああ…… ああ! そうだな! 立ちっぱなしで待つというのも何だ。せっかくだ。せっかくだし休んでいくか!」
もうルートの反応からも動揺しているのが丸わかりであった。とはいえ、下手にこういう所で手慣れた反応を返されるよりは、動揺しているくらいの方がよっぽど良い。それに今までだって、仲間がいたとは言え、ルートと一緒に夜を過ごした事なんて何度もある。どうせ、向こうだって、想い人がいるんだろうし、ルートの事だ。今更、私と一緒に少し休憩したところで、何もないに決まっているのだ。
休憩所…… もといホテルの中は、無駄に豪華な内装であった。下手すれば、王宮よりも豪華なロビーを通り、フロントで私達の名を告げる。ウズメが部屋を用意してくれていたというのは本当だったようで、そのまま部屋番号を伝えられた私達。そしてたどり着いた部屋は…… 最上階に位置する、最も豪華な部屋であったのだ。




