2-11話 わたしとルート
「天使商会かあ……」
スクナとの会話を終え、部屋を出た私とルート。煌夜会側が、怪しいと睨んでいる以上、限りなく黒に近いとは思うが、私達は、この街の住人からしたらただの部外者。そして、天使商会といえば、煌夜街の数多くの経営者達の中でも一二を争うほどの権力者でもある。スクナ達煌夜会の立場というものを考えると、憶測で私達が足を踏み入れるというわけにも行かないのだ。
「確かに、天使商会くらいの規模ならば、裏で何をやっているかはわからないし、堕魔と繋がっていたとしてもさほど不思議ではないが……」
神妙な面持ちでそう口にしたのはルート。とはいえ、天使商会に限らずとも、この街で商売をやっている連中は、それこそ皆裏で何をしているかなんてわからない。スクナ達がどう思っているのかはわからないが、私達からすれば、全部の店が、堕魔達と繋がっていたとしても何ら不思議ではない。
少なくとも、この煌夜街という場所が、堕魔達にとっての拠点だったり、資金源にはなっている事はほぼ確実だが、だからといってこの場所をそう簡単につぶすと言うことが出来ないというのが、私達や王にとって頭が痛くなる話なのだ。
仮に、この煌夜街をつぶしたとしよう。それで堕魔達は拠点をたたれることになるかも知れない。だが、堕魔達がそんな事で減るというのであれば、私達零番隊なんて組織は必要ないのである。どうせ、第二、第三の煌夜街が生まれてしまうのなんて目に見えている。
それにだ、なんだかんだ言ってこの街は需要と供給で流れている街であるのだ。この場所を失えば、ここで働いている者達は、生きる術を失ってしまう。ここがあることによって救われている人というのも確実に存在している。とはいえ、この街の存在を王の名の下で正式に認めるというわけにも行かず、結局の所、私達零番隊を堕魔対策として特例に派遣するというあり方が、現状最善の方法である事は間違いないのだ。
まあ、なんかもやもやはするが、これがお互いの立場にとって、ウィンウィンとなっている。だから私達もこの街においては勝手なことは出来ない。何せこの街は王の名の下にある街ではないのだから。
「リンドヴルムの奴は…… まだ戻ってこなさそうだな……」
スクナの部屋を出て、再び本部の玄関近くへと戻った私達。リンドヴルムとウズメが2人で街に出て行ってからそう時間も経っておらず、かといってリンドヴルムを1人この街において違うとこに行くわけにも行かず、私達はリンドヴルムの帰りを待つことにした。
お茶でも出来たならば、待つのもそんなに苦労はしなかっただろう。だが、ここは煌夜街。大人の遊び場なのだ。決して、カフェがそこらにあるような街ではない。
リンドヴルムが戻ってくるかも知れない以上、あんまり本部から離れるというわけにも行かず、かといって、ルートと2人で時間をつぶす様な店もない…… あるのは…… 男の人が喜びそうな大人のお店や…… お城のように見た目が豪華なホテル…… そして、この時、私はウズメが、リンドヴルムを連れ出すときに口にした言葉を思い出したのだ。
『借りは高く付くよ』
……まさか。
あのときウズメは、確かににやついていた。ルカやナーシェ、アマツだったら、そんな事など気にもしないが、相手は例によってウズメ……
いやいやいや、そんな…… ねえ……
気にしないことにしよう。そうだ。こうしてルートとゆっくり話せるのも久しぶりだし…… でも、何を話せば良いんだろう……
話題が見つからず、本部の前で沈黙してしまった私。私の気まずいという空気が伝播したのだろうか、ルートも全然口を開かない。どうしよう…… このままじゃ間が持たない……
「ルート……」
とりあえず、名前を呼んでみることにした。話題なんて、話の流れでどうにでもなるだろう。無言のまま、色恋犇めく煌夜街を前に立っているだけというのが、どうしても私には気まずくて耐えられなかったのだ。
「……どうした?」
まあ、そりゃそう帰ってくるだろう。でもそこから先の事なんてノープラン。どうしよう、何か話題は…… 話題は……
「あのさ…… そうだ! ルート、リンドヴルムの事、どう思う?」
「……まあ悪い奴ではなさそうだな」
そう一言だけ言葉を返してきたルート。いやいやいや、なんか他に話題が広がるような事は無いの!! 頼むからルート…… 何か話題を……
「……そ、そうだよね~~! でも、いきなり結婚してくれと言うのは、私もびっくりしちゃったかな……」
「……」
無言のルートは、思い詰めたような表情のまま、宙を、一点を見つめていた。何か地雷でも踏んでしまったというのだろうか。
沈黙はしばらく続いた。いても経ってもいられなくなった私は、再びルートの名を口にしようとした。
「ルート、あのさ」
「イーナ……」
ほとんど同じタイミングで、ルートも私の名を口にしたのだ。やっぱりルートもこの沈黙を気まずいと思っていたのだろうか。慌てて私はルートに言葉を返す。
「ルート! 先に良いよ!」
「いや、イーナが先で良いぞ」
「いや、私の話はそんな…… どうでもいいことだから!」
「……」
あーもう!! どうしてこんな話せなくなっちゃったんだろう。昔…… ヴェネーフィクスのメンバーに加わった頃だったら、こんな変に気を遣わずに他愛もない話を出来たのだ。
そして、沈黙を切り裂いたのはルート。意を決したように、ルートは私に向かって問いかけてきた。
「イーナ…… お前、リンドヴルムと結婚するつもりなのか?」




