2-10話 スクナ
「ようこそ、イーナ、ルート。よく来てくれたね!」
煌びやかに飾られた部屋の奥で、ニッコリと微笑んでいたのはスクナ。私よりも年下にすら見えるようなスクナの見た目に、リンドヴルムは驚きの声を上げる。
「おい! どうなっているんだ! こんな幼い女が、この街の王なのか!」
「……リンドヴルム…… ちょっと……」
「あら、見知らぬ顔だね。まあ知らないなら無理もないか! 私が正真正銘、煌夜会の代表スクナです!」
そう、スクナは見た目こそ幼いが、それも私達と同じ『巫人』であるせいにすぎない。本当の年齢なんて、私にもルートにもわからないし、追求する気もない。まあ大体、私だってもう過去を思い出す気もないし…… 誰だって触れられたくない者はある。
「彼はリンドヴルム、新たに私達、零番隊に加わったんだ。そういうわけで、今日はスクナに会わせようと、連れてきたんだけど……」
そう、わざわざリンドヴルムをここに連れてきたのは、これから何度も顔を合わせることになるであろうスクナに紹介をしておくため。零番隊として活動していく以上、この煌夜街で任務に当たることは間違いなく避けられないし、そうなると先に挨拶の一つでもしておいた方がどう考えてもスムーズに事も進むだろう。
「それはそれは…… リンドヴルムくん、これからよろしくお願いね!」
「ああ、こちらこそ! さっきはすまなかったな、スクナ! 俺が来たからには、もう安心だ! 泥船に乗ったつもりで、待っていてくれれば良い!! よろしくお願いする!」
「ははは、面白いね、君は」
泥船に乗ってどうするんだよ…… 大船に乗せてよ……
とはいえ、そこは流石に煌夜街の頂点に君臨するスクナ。そう言う対応にも慣れた物だ。
何はともあれ、リンドヴルムの挨拶も無事に終わり、ようやくミッション達成と言ったところである。ここから先は、真面目な話。リンドヴルムは……
空気を察してくれたのか、一緒にここまで付いてきたウズメが、ここで私達に提案をしてくれた。
「……リンドヴルム、あんたこの街のことまだよくわかってないでしょ。これから、何度も来ることになるだろうし…… いくら、あんたらが零番隊とはいえ、破っちゃいけないルールってもんはある。あたしが、案内がてらそれをみっちり叩き込むよ!」
「本当か! イーナ…… 行ってきても良いか……? 俺はもっとこの街を見てみたいぞ!」
そわそわとするリンドヴルム。もちろん、私にその提案を拒否するような理由なんてない。むしろ、ありがたすぎる提案だ。なにせ、リンドヴルムも零番隊の一員になったとは言え、まだこの街の事情についてもよくわかっていないし、深いところまで会話に加わるのはまだ早い。というか…… この調子ではおそらく話も全く進まなそうなのだ。
ウズメもまた、煌夜街の住人と言うこともあり、こういう気の回しかたは本当に上手い。口こそ悪いけど…… 実は、すごく思いやりのあるそんな姉御肌な頼れる人間なのだ。
「……イーナ、あんた今なんか余計なこと思ってなかった?」
そして、ウズメはまた勘も鋭いのだ。こちらの考えていることなんて全てお見通しと言わんばかりに言葉を返してきたウズメに、私は愛想笑いを浮かべごまかす。
「いやいや、ありがたいよ! リンドヴルムも煌夜街をもっと見たいらしいし…… ウズメ、よろしくお願いします!」
「……まあいいわ、イーナこの借りは高く付くよ! ほら行くよ! リンドヴルム!」
「おい! 待て! すぐに行く!」
颯爽と部屋を飛び出していったウズメに、慌てて付いていくリンドヴルム。リンドヴルムがいなくなり、急に静かになった部屋の中、私達に2人に向かって優雅に笑みを浮かべたのはスクナだった。
「また賑やかになったみたいだね! 楽しそうで何よりだよ」
「賑やかすぎるくらいだけどね…… いきなり来たかと思えば、急にプロポーズまでされるし…… いつの間にか零番隊に加入することにもなって」
「イーナ、求婚を受けたの!? ルートという、旦那がいるのに!? あなたも罪な女だね……」
突然のスクナのぶっ込みに、私の背後で吹き出したルート。慌てて私もスクナに向かって言葉を返す。
「違うって! 私とルートはそう言うのじゃないから……」
本当に…… この街、煌夜街の人達は油断ならない。すぐにこうやって色恋沙汰に話を持っていこうとするのだ。
「だってさ、ルート? 残念だったね……」
「……馬鹿なことを」
スクナのからかいは、今度はルートの方へと向かったようだ。こんなやりとりばっかり続いたせいか、ルートの声色にもすっかり元気がなくなっていた。まあここまで執拗にネタにされれば、ルートが疲れてしまうのも無理はないだろう。
そもそも、私とルートがそう言う関係になるって言うのがあり得ない話だ。なにせ、ルートにはもう、仲の良い女の子がいるし…… 私のことだって、ただのパーティの1人としか見ていないと言う事は、私がよくわかっている。なんか少し…… 少しだけ、悔しい気もするけど…… それがルートにとって幸せだというのなら、私だって喜ぶべきである。
「それで…… 堕魔についての何か情報はある? 私達も何回も通ってはいるけど…… 全然、それらしいものも見つからないし……」
気を取り直して、本題に入ることにする。こうやって頻繁に煌夜街に通っていた私達だが、めぼしい情報というのはなかなか入ってこないのだ。まあ、そもそも外部の人間である私達が、あまり各店の事情に深入りするというわけにも行かず、出来ることと言えば、街の見回りくらいという現状があるから、仕方ないんだけど……
「……こっちも色々動いてはいるけど、やっぱりめぼしい情報は出てこない。ただ……」
「ただ?」
何か心当たりがあると言わんばかりに神妙な表情を浮かべたスクナ。スクナがこの問題にすっかり疲弊していることは私達もよくわかっていた。なにせ、治安が悪くなり、この街を去る女性も増え、そして、各店舗のオーナー…… いわゆるスクナ達にとっての客側からも、いつまでも問題を解決できていない煌夜会に対する不満が上がってきているらしいのだ。
「……怪しいのは、天使商会……」
スクナが口にした天使商会。この煌夜街で、最も大きなグループである。煌夜街を統治しているのは、スクナ達煌夜会であることは間違いない。ただ、煌夜会が行っていることは、治安維持活動や、それぞれの店舗に勤務している女の子を、不当な扱いから守ることであり、いわば労働組合のようなものだ。結局、それぞれの店舗は、それぞれの店のオーナーが管理しているという仕組みで成り立っているのだ。
そして、いくら煌夜会の面々であっても、それぞれの店の裏側までは完全に把握できていないというのが現状だ。なにせ、彼ら…… 店のオーナー達の、この街においてのカーストは最上級とも言え、特に大規模な事業を展開している店の権力は凄まじい。いくら煌夜会ともいえど、彼らの同意無しに、勝手に何かを決定したりと言うことはなかなか難しいという現状がある。
現にスクナ達、『煌夜会』が、私達『零番隊』に応援を求めることにだって、各店のオーナー達から相当な反対があったらしい。店側からしても、外部の人間である私達、それも王の直轄の部隊がこの街に出入りするようになるとなれば、面白くないと思うのは当然だ。
「なんにしても、現状じゃ強制的に店に立ち入るのには、根拠が少なすぎるんだ。もう少し時間がかかりそう。ごめんねイーナ、ルート」
申し訳なさそうに頭を下げるスクナ。そう判断せざるを得ないことは、私達もよくわかっている。相手も相当なやり手、そう簡単にはボロを出してはくれないのだ。
「……大丈夫。何かめぼしい情報が入ったときは、すぐに連絡をちょうだいね! 危険を伴うことになるのは目に見えてるし……」
だが、そうは言っても私達の仕事は『堕魔』の脅威から、市民達を守ること。いくら、ここが、他のフリスディカの街とは少し仕組みの異なる場所とは言え、ここだってフリスディカの一部である事は変わらない。それにここが、堕魔達にとって大きな拠点となっているという噂は頻繁に私達も耳にしてはいるのだ。
そして、笑みを作ったスクナは、再び深々と私達に頭を下げたのだ。
「ありがとう、イーナ、ルート。恥ずかしい話だけど、これからもよろしくお願いするよ!」




