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14話 妖狐に迫る危機


 ハインとの特訓はしばらく続いた。だが、何度やってもマナの上手い使い方の感覚が掴めない。溜めが強すぎて、ハインに突っ込んでしまったり、逆に弱すぎて全然前に飛ばなかったり、何度も特訓を繰り返したが、ちょうど良い塩梅あんばいにマナを使うことが出来なかった。


「そろそろ終わりだ。そう簡単にできるものじゃない。むしろ一日でここまできたこと自体がすごいことだ」


 地面に座り込んでいた俺に、ハインが近寄ってきてそう言い放つ。確かに、これ以上やったところで、もう集中力も限界に近かった俺がマナを使いこなせるようになるとは思えないだろう。


 だけど、俺だって、早く彼らに追いつきたい。彼らと一緒にこの里から出たい。この里の周りで何が起こっているのか、それをこの目で見てみたいのだ。


「もう一回! もう一回だけ!」


「だめだ、もうお前の身体も限界が近いだろう。明日もある。休むことも修行だ」


 そう言って、座り込んでいた俺の身体を持ち上げたハイン。小さな少女になってしまった俺の身体は、軽々と宙に浮く。まだやりたい、そんな気持ちもあったが、持ち上げられてしまっては俺にはどうすることも出来ない。


 どの位の時間、修行していたのだろうか。辺りはすっかり真っ暗で、周囲の家の灯りもすでに落とされていた。もう皆は眠りについているのだろう。ルカの家とてそれは例外ではなかった。隙間からわずかな灯りこそ漏れてはいたが、おそらくもう皆、寝る準備にかかっている頃合いなのだろう。


 私を背負ったまま家の前にたどり着いたハインは、ゆっくりと俺を地面へと下ろしてくれた。俺に貸してくれていた剣を受け取り、自らのさやへと収め、家へと入っていくハイン。ハインは家に入る前に、俺に背を向けたまま、一言呟いた。


「あまり無理はするなよ」


 そして、家の中へと姿を消したハイン。静かに扉の閉まる音が響く。もう一度やってみたいという気持ちは強かったが、いざ家の前まで来ると俺の身体にもどっと疲れが出てきた。どうやらハインの判断は正しかったようだ。


――そろそろ、寝ないとな……


 重い身体を何とか起こし、俺も扉に手をかける。その時、ふと背後から誰かの気配を感じたのだ。気になって背後を振り返った俺の目に、入ってきたのはルートの姿だった。

 

「ルート? どうしたの?」


「……別に、ただお前達の修行を見ていただけだ」


 全く気付かなかったが、どうやらルートもあの場にいたようだ。


「別に姿を隠さなくても、普通に出てきてくれれば良かったのに」


「ハインのやつが張り切っているからな。邪魔するわけにも行くまい」


「本当に感謝しかないよ。でも、なんでハインはここまで色々教えてくれるのか…… 私にはわからないんだ」


 冷静に考えれば、こんな夜遅くまで特訓に付き合ってくれるのか、明日も自分の仕事で朝が早いというのに、自らのことよりも、俺との修行を優先してくれるハインのことが俺は気になっていた。


 黙りこむルート。月明かりに照らされたルートの姿は、先日、温泉の時に見た慌てふためいたルートとは、全くの別人に見えた。どこが寂しげな、そんな表情を浮かべたルートの姿に、私は言葉を発することが出来ず、場を沈黙が包む。そして、しばらくの沈黙の後、ルートは何かを決意したような様子で、静かに口を開いた。


「イーナ、少しだけ話をする気はないか?」


「話?」


「俺達の昔話だ」


 そう言うと、ルートは俺の前を通り過ぎ、家の壁へともたれかかった。そして、壁に身体を預けながらルートは自らの過去を口にする。


「ロッドやナーシェが俺達のパーティーに入る前の話だ。俺とハインはその時から一緒にパーティーを組んでいた。一緒に組んでいた仲間の1人にエリナという魔法使いがいた。エリナはどことなくお前に似ていた、だからこそ、俺もハインも初めてお前も見たときから、他人とは思えなかったんだろうな」


「そのエリナさんって……」


「ああ、俺達はエリナを守れなかった。情けないことにな」


 かつての仲間を懐かしむように、宙を見上げたルート。ルートの何処か思い詰めたような表情、そして、その話し方から、俺はその『エリナ』というかつての仲間が、すでにこの世にいないであろう事は感じ取っていた。


「その、エリナさんと私が似ていたから? だからハインは私が調査に同行することにあそこまで反対していたの?」


「俺だって出来ればイーナを巻き込みたくないというのは正直なところだ。かつて俺もハインも力が足りなかったせいで、大切な仲間を、エリナを失ったのだから。きっと奴も、あのときの事をずっと後悔し続けているんだろう」


 私達の間を重苦しい空気が包み込む。なんと言葉を返せば良いのだろうか? 想像していたよりもずっと、ずっと重い事情に、私は沈黙してしまったのだ。


「イーナが知っているか知らないかはわからないが、レェーヴ原野から一番近いところには『カムイ』という街がある。あるとき、その周辺で『ダイダラボッチ』というモンスターによる被害の報告があってな。当時の俺達は、そのモンスターの討伐の任に当たっていたんだ」


 聞き覚えのないモンスターの名前であったが、どうやらサクヤには心当たりがあったようだ。心の中でサクヤが静かに呟く。


――ダイダラボッチじゃと? 昔わらわが追い払った鬼じゃないか?


――そうなのか?


――ああ、妖狐の者が奴に襲われる案件があってな。あまりわらわの領域で好き勝手されては困ると、少し痛い目に合わせてやったのじゃ。それ以来姿を見せることはなかったのじゃが…… まさか人間の住む方へ向かっていたとはのう……


「俺達はダイダラボッチに挑んだが打ち破れなかった。俺もハインも傷つき、そして、ハインにとどめを刺そうとした瞬間、エリナがハインの盾となったんだ。エリナのお陰で、俺達はダイダラボッチを人里から離れたレェーヴ原野の方に退ける事はできたが、結局その時の怪我が致命傷となりエリナは死んだ」


 重い過去の話に、なんと言葉を返せば良いのかわからなかった俺は、ルートへの返答に詰まってしまった。何を言っても彼を傷つけてしまいそうな、そんな気がして俺は口を開くことが出来なかった。


「それから俺達は、再び修行を重ねた。もうあんな悲劇を繰り返さないために、そして、あのダイダラボッチと呼ばれるモンスターを打ち破るために。俺達がここに来た理由は、もちろん調査というのもあるが、一番は、あのときとどめを刺せなかったダイダラボッチをこの手で葬るためだ」


「だからハインは……」


「そうだ、それにハインだけじゃない。俺も同じだ。ダイダラボッチはオーガ達の親玉。この里の周辺にオーガ達が沢山いると言うことは、つまりやつも近くにいると言うことなんだろう。だからこそ、イーナ、お前を行かせるわけには行かないんだ」


 オーガ達の親玉がダイダラボッチ? もし、この里周辺にオーガ達がウヨウヨしているのがダイダラボッチとやらと関係しているというのなら、つまりは、そのダイダラボッチの狙いとやらは妖狐の里なんだろうか?


――そうか、奴め、わらわの体調が万全じゃないと知り、わらわにやられたあのときの借りを返そうと様子を伺っているのじゃな。そして、わらわがイーナに憑依したことで、九尾の力がすっかり弱り切ったと思い、本格的に動き始めたというわけか……


――じゃあ、いなくなった妖狐の子供って……


――もしかしたら、いやおそらくそやつの仕業じゃろう。


 だとしたら、ますます俺が動かないというわけにはいかない。もちろんルート達にもダイダラボッチとやらを追う理由は十分にあるのだろうが、俺だって今は、妖狐の長、『九尾』であるのだ。自分達の一族に手を出されているのに、トップである俺がなにもせず、見ているだけというわけにはいかない。敵うか敵わないかそんな話ではない。これはすじの話である。


「ルート達の言い分もわかった。でも、私だって妖狐の里に危険が迫っているというのなら、九尾である私が動かないわけにはいかない……」


「イーナ、何度も言うが周囲の調査は俺達が引き受ける。だけど、ここまで周囲にオーガが出没している以上、この里も安全とは言い切れない。もし何かこの里に危険が及びそうになった時には、お前がやるんだ。わかってくれるよな?」


 ハインだけじゃない。きっとルートだって出来ることなら俺を巻き込みたくない。そう思っているのは表情からすぐにわかった。だけど、この里が絡んでくる以上、ルートも俺に伝えざるを得なかったんだろう。ルート達がこの里を離れている間、この里を守れるのは間違いなく俺しかいない。


 俺はルートに感謝をしていた。もちろんハインにも。彼らの気持ちがわかるからこそ、もう俺も無理に調査に同行するとは言えなかった。今、まだまだ未熟な九尾である俺にも、この里でできる事があるのだから。


「話してくれてありがとうルート! 周りの調査、それに妖狐の子供のことは頼んだよ! この里のことは私達に任せて!」


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FOXTALE(Youtube書き下ろしMV)
わたし、九尾になりました!のテーマソング?なるものを作成しました!素敵なMVも描いて頂いたので、是非楽しんで頂ければと思います!

よろしくお願いいたします。 ツギクルバナー
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