2-5話 わたし、ドラゴンに結婚を申し込まれたみたいです
妻となって…… そう聞こえた気がした。いや、気のせいだろう。まさかね……
「ごめんリンドヴルム、今妻となってみたいな事、聞こえたような気がしたんだけど……」
きっと私の気のせいだろう。うん、そんなわけがないのだ。まだリンドヴルムとはあって間もないし、そんな事言われるわけもない。
だがそんな私の困惑をよそに、リンドヴルムは、堂々たる様子で、再び私に向かってプロポーズの言葉を言い返してきた。
「そうだ! イーナ! 俺は感動したんだ。お前のような優しくそして麗しい人間がいたと言うことに! 俺はまだ人間界のことを良く知らない。だからお前のような、人間の助けが必要だ! 俺はお前を妻にしたい!」
「……リンドヴルム? 妻って言葉の意味…… わかってるよね?」
「当たり前だろう? それに黒竜の妻になれる人間など、世界広しとはいえど、そう多くはないはずだ!」
もしかしたら、その言葉の意味をリンドヴルムは誤解しているのかも知れない。一応確認してみた私だったが、リンドヴルムが意図していたのは、やはり、言葉通りの意味だったようだ。
「いやいやいや、だってまだ私達! さっき会ったばかりだよ! 妻とか言われても…… もっと時間をかけてと言うか…… それにあなたドラゴンじゃん!」
目の前にいるのは巨大なドラゴン。いくら、モンスター達と共生するような世の中になったとは言え、ドラゴンと結婚するというのも……
「ドラゴンの姿では不服か? じゃあ……」
そう言ったリンドヴルム。白煙がリンドヴルムの巨体を包み、先ほどまで目の前にいたはずのドラゴンは次の瞬間にはいなくなっていた。先ほどまでリンドヴルムがいた場所に立っていたのは1人の青年。黒を基調とした衣装に身を包んだ青年は、私に向かって歩みを進めてきた。
「この姿ならば問題はあるまい!」
「ふむ、その姿ならば、この街で過ごすにも不都合はなさそうだな! 良いじゃないかイーナよ! ドラゴンと結婚できる機会などそうないぞ! がっはっは!」
突然のプロポーズにすっかり戸惑っていた私を、からかうミドウ。やっぱりミドウという男にはデリカシーのかけらもない。そう言う問題じゃない!
「ふぉっふぉっふぉ! 若いとはいいものじゃな!」
王様まで! ……もう!
もはや私の周りは敵だらけ。いや、別にリンドヴルムが相手と言うことが嫌と言うわけじゃないんだけど……。人間の姿になったリンドヴルムは…… なんかちょっと格好いいし…… いや違う。そういうことじゃない!!
「ルート! 何とか言ってよ!」
思わずルートに頼ってしまった私。もう、周りは完全に私の反応をおもしろがっているだけだし、こうなってしまったらルート以外に頼れる者がいないのだ。突然に話を振られたルートは、一瞬身体をびくつかせ、そして、少し返答に困ったように黙った後に、冷静に言葉をかけてきた。
「……いや、まあイーナの人生だ。好きに決めればいい……」
好きに!? こいつ完全に投げやがった…… 少しくらい、助け船を出してくれたって良いのに……
もう、頼れるものは誰もいない。すっかり返答に困り、何も言えなくなった私に向かって、リンドヴルムは堂々たる様子で口を開く。
「すぐに答えを出す必要は無い! ゆっくり答えを考えてくれれば良いさ! どうせ、俺はこの街に住むのだからな!」
「がっはっは、気に入ったぞリンドヴルム! どうだ! どうせ、人間の世界に住むと言うのならば、儂らと共に、一緒に戦ってみる気はないか!?」
そして、ご満悦といった様子でそう口にしたのはミドウ。ミドウの突然の提案に、さっきまで他人事言った様子で傍観していた零番隊のメンバーも驚き、一気にミドウの方へと視線が集まる。
「!?」
「ミドウさん! それって……」
「リンドヴルム、儂らは、ここにいるメンバーは零番隊と言って、この国で悪さをしている魔法使いの連中から民の平和を守っている! ドラゴンであるお前の力があれば、また一歩平和に近づくことが出来るはずだ! 王よ、問題は……」
そして、王にお伺いを建てたミドウ。王も特に異論は無いようで、深く頷きながらミドウに言葉を返す。
「零番隊については主に一任しておる。主が良いというのであれば…… 問題は無い」
「……よくわからないが…… 悪い奴らを倒すと言うのなら、このリンドヴルム、喜んで戦うぞ!」
一方のリンドヴルムも、まだ話の内容をよくわかってはいないようだったが、まんざらでもなさそうな様子でそう答える。私達が追いつく前にどんどんと話が進んでいっていて、むしろメンバーである私達の方が混乱を極めていた。
「良い返事を聞けて嬉しいぞ! リンドヴルム、王とでの暮らしはきっちり儂が面倒を見ようじゃないか! これからよろしくな! 零番隊の一員として、共に戦っていこうではないか!」
「ああ! よろしく頼む!」
気が付けば、ミドウとリンドヴルムはがっちりと固い握手を結んでいた。まだ事態に全く追いつけない私達をよそに、零番隊漆の座に、新たにリンドヴルムが仲間入りすることが決まったのである。




