2-4話 黒竜王リンドヴルム
「ドラゴン!?」
思わず、声を出してしまった私。まさか、ドラゴンなんて生物までも…… いや、以前ナーシェに教えてもらった文献には、確かにドラゴンについての記載もあったし、九尾やら何やらが普通に居る世界なのだ。ドラゴンの一匹や、二匹くらいいたところで、何ら不思議ではない。
ドラゴンが実在していた事はこの際良いとしてだ。問題は、あのドラゴンが、何の目的でわざわざフリスディカの街まで来たのかと言うことだ。もしも人間に対し、敵対意識でも持っていようものなら…… 想像するだけでも恐ろしい。
「……まさか、フリスディカの街を……」
「いや、それならば、すぐに襲ってきたとしてもおかしくはない。それになにやら妙な動きだ…… 空から街の様子を伺っているような……」
流石に零番隊のリーダーであるミドウは冷静だった。確かにミドウの言うとおり、あのドラゴンが王都であるフリスディカを襲うつもりだったのであれば、あんな目立つような真似をせずとも、いきなり攻撃を仕掛ければすむ話である。
「零番隊の諸君よ、いずれにしても戦闘準備は怠るな。一旦あいつの出方を……」
ミドウがそう言いかけた時、フリスディカの上空を旋回していたドラゴンが、私達のいる王宮目掛け、一直線に向かってきたのだ。
「王よ! 避難を!」
そして、王の間を凄まじい風が通り抜けていった。まるで爆発でも起こったかのような風と音。フリスディカの街を見渡せた大きなガラス窓は粉々に砕け散り、舞い上がった白煙の中から、巨大なドラゴンが顔を覗かせた。
私達も武器を手に、すぐさま戦闘態勢へと入る。突っ込んでくるだけでもこれだけの威力…… まともに戦闘となれば、いくら零番隊が揃っているとは言え、こちらも無事ではすまないだろう。そんな緊張の中にあった私達の耳に、不意にドラゴンのものと思われる声が届く。
「……痛たたた! ……まさか距離を見誤るとは!! このリンドヴルム一生の不覚……!」
どうやらこのドラゴン、会話は出来そうな様子だ。とはいえ、全くもって油断が出来るような状況ではないことは確か。警戒しながらも、私はドラゴンに向けて言葉をかけてみる。
「……君は? ドラゴン…… だよね?」
私の声に気付いたドラゴンは、ぱあっと明るい声色で私に向かって声を発してきた。
「おお! 人間! 騒がせてしまい申し訳ない! そう!! 俺は黒竜の王、リンドヴルム! 人間とモンスターが共に暮らす国が出来たと、風の噂で聞いて、俺は飛んできたのだ! モンスターの王たる俺も是非! この国に住んでみたいとな!」
「貴様! この国の王のおわす宮殿に突っ込んでくるというとんでもない真似をしながら、この国に住むとは……!」
そう声を荒げたのは、新たに私達零番隊の仲間入りを果たそうとしていた男、アルトリウスだった。剣を抜き王の前に立ちはだかっていたアルトリウスは、今にもドラゴンに襲いかかってもおかしくないような、そんな怒りににも似た表情を浮かべていた。だが、王はなおも冷静だったようで、アルトリウスを諫めるように言葉を発した。
「まて、アルトリウス。剣を収めよ」
「しかし、王よ!」
「今やシャウン王国は、モンスター達とも共存する国家。それに、あのリンドヴルムと名乗るドラゴンの言うことが本当ならば、我々と敵対する理由もないはずだ」
「おお! 話がわかるものがいて嬉しいぞ!」
王の言葉に、リンドヴルムと名乗ったドラゴンは、嬉々としていた。少し不服そうな様子を浮かべていたアルトリウスではあったが、流石に王がそういった以上、彼もそれ以上逆らうわけにはいかなかったようだ。そのまま大人しくアルトリウスは剣を納めたのだ。
ここまでのリンドヴルムの様子を見ている限り、私も彼が悪い奴とは思えない。少し無礼なところはあるが……
「リンドヴルムよ! おぬしもこの国に住みたい、そう申したな?」
「そうだ! 俺はこの国に興味が湧いた! 未だかつて人間とモンスターが共に暮らす国など、聞いたことがないからな!」
「はっはっは! なかなか面白い奴じゃな!」
リンドヴルムの言葉に、王は満足げに笑みを浮かべる。どうやらこれ以上トラブルになる事もなさそうだ。臨戦態勢を続けていた私達も、ようやくその警戒を解いた。そして、笑顔を浮かべたまま王は、突然王宮へと突っ込んできたリンドヴルムに向かって諭すように言葉をかけた。
「リンドヴルムよ、この国に住むためには、一つ条件がある。この国はおぬしの言っていたとおり、人間とモンスターが共存する国じゃ。共存すると言うことは、つまり破ってはならぬルールというものがある!」
「ルール? ルールとは何だ!?」
困惑したようなリンドヴルム。そして、王と目が合った私。王の視線から伝わってきたのは、『お前がルールを教えてやれ』というメッセージだった。仕方ない。まさか王に、自らルールを説明させるだなんて手間を負わせるわけにはいかない。ここは私が……
「リンドヴルム、今あなたが話しているのは、この国の王様。そして、ここはその王の住む場所。突然突っ込んできたりとか、そういうのは駄目って事だよ!」
「おお…… それは失礼した! 一番大きい建物が目に入ったから、そこを目掛け飛んできたが…… それも無礼だったと言う事なのだな!」
思っていたよりは、ずいぶんと物わかりが良さそうだ。本人も悪気があったわけではなさそうだし、それに王も別に許しているというのだから、大丈夫そうだろう。ルールを教えるのにも、なかなか苦労しそうではあるが……
「そうそう! それに挨拶は大事だからね! こういうときは……」
伝えるべき事は沢山ありそうだが、まずは挨拶だ。毎度毎度、あんな、ど派手な挨拶をかまされようものなら、こちらだってシャレにならない。私がリンドヴルムに、簡単な人間界の常識を教えている様子を、王、それにミドウ、他の零番隊のメンバー達も微笑ましく見守ってくれていた。私の話を一通り聞いたリンドヴルムも、それは大層満足げな様子を浮かべながら、私に語りかけてきた。
「ほうほう、人間の世界は色々と難しいのだな…… わかった! それにしても、お前! 良いやつだな! 気に入ったぞ! 名はなんと言う!?」
「イーナだよ! よろしくねリンドヴルム!」
リンドヴルムに向かって自らの名前を名乗った私。すっかり荒れ果てた王宮の中であったが、先ほどまでの緊迫していた空気はもはや何処かへと消え去っていた。
だが、次の瞬間、リンドヴルムから返ってきた言葉で、再び王宮内は、というか私は度肝を抜かれるようなこととなったのだ。
「イーナ! ならば、これからも俺に色々と人間界の常識というものを教えてくれないか! この黒竜王リンドヴルムの妻となってな!」
……はい?




