2-3話 零番隊『伍の座』
「イーナ、やけに眠そうだな」
ミドウの命で、王宮へと集められた私達。昨夜、十分に睡眠を取ることが出来ず、ふらふらとする中、私にそう声をかけてきたのは、まさしく私が眠れなかった原因そのものであるルートであった。
「……うん、ちょっといろいろあってね」
なんだかルートと話すのも気まずい。私は思わず、ルートからスッと視線を逸らしてしまったのだ。それがルートにとっても気になったらしく、私を心配するようにルートは言葉を続けてきた。
「大丈夫か? 何か、悩みでもあるなら、いつでも相談に乗るぞ?」
悩み…… まさか、ルートの事で悩んでいたなんて、口が裂けても言えない。うん、想像するだけで、顔から火が出そうだ。
「おい、本当に大丈夫か? なんか顔が赤いぞ!」
「大丈夫! 大丈夫!」
そして、不意に私の額へと手を伸ばしてきたルート。ルートの少し冷たい手が私の肌に触れる。思いも寄らぬルートの行動に、私は驚き、また顔が赤くなってしまったのだ。
「ちょっ……」
「熱はないようだな…… イーナお前…… 最近あんまり休んでないんじゃないか?」
ああもう、そういうことじゃないんだよ! いや、心配してくれるのはすごいありがたいんだけど…… もやもやする……
「おい、イーナ! ルート! いちゃいちゃするのも良いが、そろそろ始めさせて貰ってもいいか!」
そして、ミドウの豪快な声が私達の集合していた王の間へと響き渡る。茶化してきたミドウに対し反論しようとした私の声に、ルートの声が重なった。
「「いちゃいちゃじゃない!」」
偶然に重なった声に、私は再び赤面してしまう。どうやらルートも同じだったようで、いつものクールなルートの表情はどこか赤みがかっていた。
それにしても、ミドウさん…… そんなデリカシーがないようだと、娘のアマツにも嫌われるよ……
そんな私の心の声など露知らず、ミドウはなにも気にしていないような様子で、再び私達を茶化しながら、本題へと入ったのだ。
「お前ら本当に息がぴったりだな! がっはっは! まあよい、それでは零番隊の会議を始めるぞ! 今日の話は……」
「零番隊のメンバーの追加の話だろ? もったいぶる必要は無い」
一切表情を変えずに、淡々とそう口にするミズチ。大蛇と呼ばれる一族の力、水の力を使いこなすミズチは、すごく頼りがいのある零番隊の仲間である。
「そうだ、だが、その前に……」
ミズチに言葉を返そうとしたミドウ、ミドウが言葉を言いかけたのとほぼ同時に、扉が開く音が王の間へとこだました。既に私達、零番隊が集合していた部屋へと入ってきたのは、シャウン王、法務大臣であるアーヴィント・ルシファーレン大臣、それに彼の息子であるアルトリウス…… この国の重役達の面々であった。
「零番隊の皆々よ! 多忙の中集まってもらい感謝する!」
王の堂々たる声が、部屋の中へと響き渡る。
「日頃より、王国の平和を守るために尽力してもらっている零番隊の皆々に、まずは民を代表して感謝申し上げる。今後とも、この国の未来のため、そなたらの力を貸して欲しい!」
王の激励に引き続き私達に言葉をかけてきたのは、法務大臣であるアーヴィント。
「いつも、この国のために尽力してもらっている零番隊の皆には感謝している! 我々法務局としても、堕魔は、見過ごせない存在だ。堕魔による脅威から民達を守る為に…… 零番隊の諸君とはこれからも是非、連携して仕事をして行きたいと思っている」
法務大臣であるアーヴィント・ルシファーレン大臣とは、あの事件以来、私達もこうしてよく顔を合わせてきたのだ。元々、私達零番隊というのは、王の名の下にある組織であり、法務局だのそう言った組織とは、少し異なる特殊な組織だ。だが、組織が違えど、私達の目標は同じ。民を脅かす存在から民の平和な暮らしを守ること。その点について、私達零番隊は、法務局の全面協力の下、特別な権限を与えられていると言うわけである。
難しい話はさておき、そんな法務大臣が何故今日、わざわざここに来たのか。それは、彼の息子であるアルトリウス・ルシファーレンが、私達『零番隊』に加入する為である。
元々シャウン王国の中でも名家とされていたルシファーレン家。アルトリウス・ルシファーレンはそんな名家の出身で、魔法の才能も申し分ないともっぱらの評判である。王や、ミドウ、それにアーヴィント大臣にとっては、いろいろな大人の事情もあるのだろうが、それはそれとしてだ。
私達からしたら、共に戦ってくれる心強い仲間が加わってくれるというだけでありがたい話なのだ。何せ、現状の5人のメンバーだけで、日々発生し続ける堕魔による脅威に立ち向かうというのは、なかなかに困難な話であることは言うまでもない。
「おぬしらに事前に話していたとおり、此度正式にアルトリウス・ルシファーレンが、我々零番隊に加入する次第となった。それにともない、そのままだった座位も変更になる!」
零番隊からメンバーがどんどんと抜けていっていたが、国の大きな変革の時と言うこともあり、私達の座位…… いわゆる『玖の座』とかそういうものは、変わっては居なかった。だが、今回アルトリウスの加入をきっかけに、王達は零番隊と言う組織自体も正式に変革するつもりなのであろう。まあ正直、座位なんてどうでもいいっちゃどうでもいいけど……
壱の座であるミドウはそのままに、弐の座には新たに加入したアルトリウスが入るらしい。彼の場合、いろいろな事情があるのだろう。別に、私達とてそういう事情に深入りしようという意思もない。深入りしたところで、碌な事がない事なんて最初から分かりきっている話なのだ。それから下、参の座、肆の座、伍の座、陸の座は、それぞれ元の座位の順に、ミズチ、ヨツハ、私、そしてルートというようになるそうだ。
そして、変わったのは座位だけではない。平和を守る零番隊の象徴としての制服、それも新調されたというわけだ。新しく支給された黒いローブは、背中にそれぞれの座位が大きく刻まれているものだった。私の受け取ったものにも、背中にでっかく『伍』という文字が刻まれている。これだけ目立つともなれば、恥ずかしいと言えば恥ずかしいが…… 正直こういう厨二くさい制服というのも嫌いじゃない。
「諸君らにはこれからますますの……」
そして、話を締めるべく王の間を歩き回りながらそう口にしかけた大臣。だが、王の間の窓際まで行った瞬間、外へと視線をやった大臣の言葉が突然に止まる。
何かあったのかと、一斉に大臣の居る方へと視線を移した私達。大臣は窓の外を見ながら、仰天するような、そんな表情を浮かべたまま固まっていた。
「一体何が……」
大臣に遅れ、窓の外へと目を向けた私達の視界に写ったのは、フリスディカの空を優雅に飛び回る、一匹の巨大なドラゴンの姿だった。




