2-2話 健全な男の子
「えっ……」
思わず、私もそう言葉を漏らしてしまった。何せ今まで同じパーティ、『ヴェネーフィクス』として、ずっと一緒に過ごしてきたルートに、他の女の影がうろついたことなんてなかったのだ。
「あれ…… ルート君ですよね……」
ナーシェも少し驚いた様子でそう声を漏らす。
……そっか……
考えてみれば、ルートに仲良しの女性の1人や2人くらい居たって何ら不思議ではない。そもそもルートは顔立ちも結構整っているし、それになんと言っても頼りがいがある。何せ、今や彼も市民達のヒーロー、零番隊の1人。そりゃあそうだ。むしろ女の影がちらつかなかった今までの方が、不思議だったのである。
「いや、でも! たまたま声をかけられただけかも知れませんし! どうですかイーナちゃん! 一緒にルート君の所に合流しませんか!」
ナーシェが私を何とか励まそうとしてくれていたのは、ナーシェの焦った様子から私もすぐに察することが出来た。でも…… 私は、今でこそこうして九尾の少女になったが、元々は…… むしろ…… ルートにとっては、この方が良かった事は間違いない。そう、私が邪魔をしてはいけないのだ。元々ルートが女性慣れしていなかったのは、私も近くで接してきてわかっていたことだし、やっぱり、こういう方が若い男にとってはどう考えても健全なのだ。
「いいよ、ナーシェ! 邪魔しちゃ悪いし! それに…… 私は…… いや、なんでもない! ありがとうナーシェ! 今日一日、一緒に買い物できて楽しかったよ!」
そして、私はそのままルート達のいる方向とは反対方向に歩みを進めた。私にもルートにも、零番隊としてやるべき事は沢山ある。もうかつてのヴェネーフィクスのように、ずっと一緒に運命を共にすると言うことも、お互いに難しい立場になってしまったのだ。彼はあくまで、仕事上の関係。それでいい。その方が健全だ。
「イーナちゃん……」
それからの帰り道、ナーシェと一緒に帰った帰り道に何を話したのかという記憶はあんまりない。それにしても面白いものだ。以前の私だったら、男の友人に彼女が出来たとか、そう言う話を聞いたところで、もやもやすることなんてなかったし、むしろおめでたい話だと祝っていただろう。それなのに……
「イーナ様、どうしたの……? 全然ご飯が進んでないみたいだけど…… お体の具合でも悪いの?」
「……ああ、ごめんねルカ! ちょっと考え事をしていて!」
どうやら、私の動揺は相当なものだったらしい。家に帰って、ご飯を食べているときにルカにまで心配されるような始末。いや、あんまり考えるのはよそう。考えたところで、解決なんてしない話なのだ。
「ならいいけど…… イーナ様、最近お忙しいみたいだから…… また、明日もミドウさんからの呼び出しがあるんでしょ?」
「うん、流石に…… 今のままの零番隊のメンバーで活動していくのは、無理があるって! 新しい零番隊のメンバーを集めるって言う話し合いだよ!」
フリスディカやシャウン王国の仕組みが大きく変わったことで、私達のあり方というものも大きく変わった。モンスターを討伐するための組織『ギルド』は、今や実質解散。それに伴い、私達のパーティ『ヴェネーフィクス』も現在は活動しておらず、事実上、解散状態となった。
そんなかつてのパーティ『ヴェネーフィクス』に変わって、今の私の居場所となっていたのは『零番隊』。だが、その肝心の零番隊も、メンバーは大幅に減ってしまっていたのだ。
弐の座についていたロードは、責任を取るような形で、自らその座を、そしてこの国を去った。ロードが悪いというわけではないと言う事は、他の零番隊の面々皆が知っていたし、ミドウによる引き留めも何度もあったが、それでも頑としてロードは自らの意見を曲げなかった。洗脳状態だったとは言え、自分が零番隊に連れてきた『アイル』や『ノエル』が、フリスディカに災禍をもたらしてしまったことが何よりもロードにとってはショックだったのだろう。
そして、参の座『アレクサンドラ』。かつて私達と一緒に、強大な敵に立ち向かってくれた老戦士も、零番隊の引退を決意した。「時代が変わったんだ、これ以上老いぼれが居てもしゃあないよ」と言い残し、彼女も零番隊から去って行ったのだ。
アレクサンドラは、相変わらず魔法武具店を経営する傍ら、戦火によって親を失ってしまった子供達を育てる為、孤児院の開設を始めた。最も、今でもフリスディカに拠点を置いている彼女の場合、私達とも関わりはあるし、何ならたまに私達の仕事を手伝ってくれても居る。
肆の座、ブレイヴは、北部戦線での活躍もあり、シャウン王国軍務大臣の座へと上り詰めた。そして、本務の方が忙しくなったと言うことで、彼もまた『零番隊』を去っていったのだ。
結果として、零番隊に残ったのは、壱の座であるリーダー『ミドウ』、そして、ミズチ、ヨツハ、私とルートの5人だけと言うことである。人数は減ったのに、仕事量だけは増えていく現状で、流石にこれ以上現体制を続けるというわけにも行かず、遂に零番隊も新たにメンバーを加えるという話になっていたのだ。
「ねえ、イーナ様! 私もいつか…… イーナ様みたいに…… 零番隊に入れるかな!」
目を輝かせながらそう口にしたルカ。いつだってルカは、こんな私を、尊敬の眼差しで見てくれる。
「大丈夫だよ! きっとすぐに、ルカも零番隊になれるよ!」
もちろん私だって、本心からそう思っていた。ルカの成長速度は目を見張るものがあったし、最近ではサクヤが驚くほどの魔法を使えるようになってきていたのだ。きっと、ルカならすぐに……
「うん! そしたら私も、イーナ様やルートと同じになれるね!」
ルート。ルカが悪気なく放ったその言葉が引き金となり、昼間の光景が私の脳裏にフラッシュバックしてくる。昼間、ルートと一緒に買い物をしていたあの女性は一体誰なのか、ルートとどんな関係なのか、そんな自分でも気持ちの悪い感情が次々とわき上がってくるのだ。
――まさか…… 今もずっと一緒に…… 一つ屋根の下で……
悪い想像はどんどんと膨らんでいく。いや、考えるな…… 20代の男子なら一つ屋根の下で女性と過ごしたところで、それが普通のことなのだ。
「イーナ様…… 本当に大丈夫?」
「大丈夫! 大丈夫! でもちょっと疲れたから、今日は早く寝るね!」
ルカをこれ以上心配させるまいと、私はそのまま逃げるように、自らの部屋へと駆け込んだ。もちろん、寝られるわけなど無い。目を瞑れば、あんな光景や、こんな光景が鮮明に脳裏へとよぎる。
ああ、気持ち悪い。自分が嫌で嫌で仕方ない。
心の落ち着かないまま、私は悶々としながら、夜を過ごした。気が付けば辺りはすっかり明るくなっており、朝となっていたのだ。そしてまだその時の私は知る由もなかった。その日フリスディカの街が、予期せぬ来訪者に騒然とすることに。




