2-1話 それを人は『恋』と言うらしいです
物語が終わってしまったことが、寂しくて仕方なく、気が付いたら続きを書いてしまっていました。よかったらもう少し、お付き合い頂ければ嬉しいです!
かつて、お互いに争い合っていた人間とモンスター。だが、人間とモンスターが共生するようになり、シャウン王国の王都フリスディカにも多くのモンスターが住むようになった。お互いに助け合い、協力して暮らす。私にとって理想とも言える様な、そんな時代が訪れたのだ。
だが、時代が移り変われば、そこには新たな脅威というものも、生まれるものである。戦火に巻き込まれボロボロになったフリスディカの街。治安が悪くなったことは言うまでもない。力を武器に、悪行を重ねる不届き者達が、現れ始めた。
人間にとって脅威だったモンスターに代わり、新たな脅威となったものは、他でもなく同じ人間であった。魔力の使い道を誤った人間達を、民は『堕魔』と呼びはじめた。文字通り、自らの私利私欲に駆られた、堕ちた魔法使いの連中と言うことである。
時代の流れに合わせ、私達のあり方も大きく変わった。モンスターと戦う為の組織だった『ギルド』はその存在意義を失った。なにせ、もうモンスターを敵と見なす世の中ではなくなったのだから。
戦闘が得意であったギルドのハンター達が、食い扶持を繋ぐために、新たにターゲットにしたのが、『堕魔』。彼らは『ハンター』から、『討魔師』と名前を変え、各々で活動を開始したというわけだ。
そして、形が変わったのはギルドだけではない。私達、『零番隊』も同じだ。零番隊は、王直属の討魔師として、そんな『堕魔』達の脅威から国民の生活を守る事へと変わった。零番隊の存在は広く国民に公表され、一躍私達は、国民達に広く知られるようになったというわけだ。
そこまでは良いとしよう。別に私だって、新たな立場が嫌というわけではない。妖狐の一族の中にもフリスディカに住み始める者も出てきたし、大神の一族だってそうだ。モンスター達と人間も関係なく、共存できる世界の平和を守るということは、大変やりがいがある。
だけど……
「やっぱり…… 零番隊のルート様…… クールで格好いいわよね!」
「私はミズチ様派かな~~! ルート様もクールで格好いいけど……」
街を歩けば、そんな会話をよく耳にするようになった。自分で言うのも何だが、私達、零番隊は、王直属の討魔師という立場となり、いわば選ばれた存在。民にとって、正義のヒーロー的な立場になったのだ。
結果として…… 民達の憧れの目も向けられ始めたというわけである。そんな話を聞く度に、私の中に何故かもやもやするような、そんな感情がわき上がってくるのだ。
――何がそんなに不満なのじゃ、イーナよ
街のカフェで1人、休憩を取っていた私に、サクヤが語りかけてくる。
――いや、なんかさ…… よくわからないんだけど…… こう、ルートとか…… そっちの噂ばっかり耳にするからさ……
そう、特にミズチやルートは、そのクールな見た目も相まって、フリスディカに住まう若い女性達に、人気が出始めていたのだ。
――いいではないか! それにイーナ、そちだってよく噂に上がっていると聞くぞ。遂に皆もわらわ達の偉大さを理解したと言う事じゃな! かっかっか!
――そうなんだけどさ……
自慢じゃないが、私だってまあ…… ファンと言われるような存在は結構増えたのだ。街を歩いていれば、話しかけられたりすることも増えたし、サインを求められるような事もあった。いや、この際はそれはどうでもいい。
――ルートやミズチがちやほやされるのが、不満と言うことか! その気持ちはよくわかるぞ! イーナよ! 九尾たる者、やはり一番を目指さねばなるまい! 殊勝な心がけじゃ!
……うん、多分サクヤは何か勘違いをしている。
やっぱり…… こういうのは…… こういう相談は、ナーシェにしてみよう。
………………………………………
「え? なんか胸がもやもやする?」
零番隊の主な業務である、街の見回りを終えた後、ナーシェの元へと向かった私。かつて、ヴェネーフィクスの一員として、一緒に時を過ごしていたナーシェ。私にとって最も信頼できる人間の一人である。
「うん…… なんて言えば良いのかわからないんだけど…… こう、市民達の、それも若くて可愛らしい子達の間で、ルートが人気な話を聞くとさ……」
「……なるほど、なるほど…… それは……! 恋ですね! 恋ですよイーナちゃん!」
恋…… そっか…… 恋!?
そりゃルートはすごく信頼の出来る男だし、頼りがいもある。だけど、男に恋をするだなんて…… そんな事…… そんな事……
戸惑いを隠しきれない私。ナーシェはというと、どこか張り切った様子で笑顔を浮かべていた。
「イーナちゃん、戸惑わなくてもいいんです! 私、イーナちゃんとルート君なら、スッ国お似合いだと思いますし…… 全力で応援します! さあ、そうと決まれば…… 行きましょう! イーナちゃん!」
そして、私の手を掴み、ナーシェは何処かへと向かおうとした。慌てて、私もナーシェに言葉を返す。
「ちょ…… ちょっと! 色々と展開が早くない!? 一体どこに行くのさ!」
「そりゃあもう! 恋する乙女は可愛くならないと! 可愛らしい、女の子らしい服で、誘惑すれば、男の子もイチコロですよ!」
「ちょっ……」
……来てしまった。
ナーシェの鬼気迫るような気迫に、逆らうことが出来なかった私は、そのままナーシェと共に、ブティックの立ち並ぶ、フリスディカの街でも若者に人気のエリアへと来ていたのだ。まだ、完全に復興こそしていないとは言え、やはり流行の最先端を行くエリアは、若い女性達がこぞって買い物に訪れると言うこともあり、フリスディカの街の中でも特に賑わいを見せていた街であった。
そして、ここまでこのエリアが賑わいを見せているというのは、新たにフリスディカの街に移住し始めたモンスター達の存在というのも大きい。今まで、言い方はアレだが、おしゃれとは無縁とも言える様な生活をしていた、モンスターの女性達にとっても、この街は非情に魅力的であったのだ。
「これとかどうでしょう! やっぱりこの季節なら淡目の色で…… 爽やかな感じを! この淡いオレンジ色のワンピースとか!」
「うーん、でもこっちのちょっとシックな感じのも良いですかね……!」
次々と服を持ってくるナーシェに、私は着せ替え人形の如く、いろんな服を着脱し続けていた。確かに、ナーシェの持ってくる服は可愛い。だけど、いろんな服を着すぎたせいで…… 私も何がいいのかもはやわからなくなってしまっていた。
「どうですか! イーナちゃん! 気に入った服はありましたか!」
「……どれも可愛かったけど…… 私がこんな可愛い服を着ちゃっても…… 大丈夫なのかなあ……」
いろんな試すにつれてだんだんと不安になってきた私。結局人間の世界に来てからと言うもの、ギルドの制服として支給されたローブで過ごすことが多かったし、それに、最近では零番隊の制服として、支給された黒のローブしか来ていなかった私にとって、いわゆる女の子らしい、ひらひらとした服は未だに慣れていなかったのだ。
「何を言っているんですか! イーナちゃんはそんなに可愛いのに、もう少しおしゃれになったらもっと輝けること間違いなしですよ!」
「……うん、じゃあ! これにするよ! ナーシェが最初に持ってきてくれたワンピースで!」
こういうのはやっぱり最初に持ってきたものが一番いいはずだ。やはり最初のインスピレーションというものは大事である。それにこれならば、着ていてもそんなに恥ずかしくない。
「いいと思います! じゃあ次は!」
「まだあるの!?」
「そうですよ! おしゃれは服だけじゃありませんから! さあ行きましょう!」
結局、ナーシェとの買い物が終わったのは、もう大分日も暮れかけた頃だった。だけど、ナーシェのお陰で、色々とおしゃれな服やら小物やら買えたし、そこは満足である。なにせ、今の私はもう正真正銘の女子なのだ。可愛くなれることが嫌な女子なんていないのだ。仕方ない。
「ふうー沢山買えましたね! これで…… あとはルート君を誘えば、完璧です!」
そう、私は失念していたのだ。服を選ぶだけで話は終わらない。一番重要な事がまだ待っている。実際にデートに行かなければ、せっかく買った服も、全く意味をなさないのだ。
「……私がルートを誘う……」
「そうですよ! 何のためにこんな一杯服を買ったんですか!」
思えば、あれから…… アレナ聖教国の一件が解決してからと言うもの、私はあんまりルートと話していなかった。社会情勢が大きく変わったと言う事もあり、零番隊としての仕事に邁進していた日々。ただでさえ、零番隊のメンバーが減ってしまったと言うことも合って、私もルートもそれぞれ別の任に当たっていたというわけだ。
それに、勢いとはいえ、ルートに刺される直前に『大好きだよ』なんて口走ってしまった…… 今思えば、とんでもない事を口にしまったと、恥ずかしくもなる。そんな事を考えれば考えるほどに、ルートと2人きりで話すのが気まずくて仕方が無い。
おそらくは、ルートの方も私と同じような感想を抱いているのだろう。そりゃあ、自らの手で、命を奪おうとした相手に、なんて話したら良いのかなんて…… もし、私がルートの立場だったら…… 私だって気まずくて仕方ないはずだ。
「大丈夫かな…… なんか最近ルートとあんまり話せてないし……」
「イーナちゃんもルート君も零番隊の案件で忙しそうですもんね! 大丈夫ですよ! ルート君はいつだって、イーナちゃんに優しいじゃないですか! 絶対上手く行きますよ!」
どこか悶々としながら、帰路についた私。そして、その道中で、私達は発見してしまったのだ。若い女性と楽しそうに買い物をしているルートの姿を。女性ものの小物を手に、笑顔を浮かべていたルートの表情は、いつも私達と一緒に過ごしているときのクールな表情ではなく、心の奥から女性との買い物を楽しんでいるような、そんな表情だった。




