133話 『わたし、九尾になりました!!』
「イーナちゃん!」
目が覚めて早々に、私の身体へと抱きついてきたナーシェ。そして、ナーシェに遅れて、ルカとテオも。皆、顔には涙、そして笑顔を浮かべていた。
「イーナ様! ルカ……! ルカね……!」
涙を目に浮かべながら、興奮を隠しきれない様子で、嬉しそうに私に抱きついてくるルカ。私だって嬉しい気持ちは山々だ。こうしてまた、皆と会うことが出来たのだから。だけど、喜びに浸るにはまだ早い。まだ私達が倒さねばならない存在が生き残っている。
「イーナ…… あんた…… 良く戻ってきたね…… もう駄目かと……」
アレクサンドラも驚きを隠しきれない様子で、そう声を漏らす。
不思議なことに、身体はすっかり治っているようだ。痛みもなければ、傷も残っていない。それに、身体の奥の方から不思議な力がわき上がってくる。私は地面に手をつけて、ゆっくりと自らの身体を起こした。
「イーナちゃん! いきなり動いたら……!」
心配の声を上げたナーシェに、私は笑顔で言葉を返す。大丈夫、身体は軽い、以前よりもずっと。これならきっと……
「大丈夫! それに…… 決着をつけないと……! 私が!」
――どうやら、あやつの魔力が…… あやつがそちに憑依したことで、おぬしの身体の中に残っているようじゃな
――そっか…… さっきの……
きっと、私がこうして死の淵から生き返って来れたのも、この魔力のおかげ、鵺と成りはててしまった先駆者の想いが、私の命をつなぎ止めてくれたのだろう。
――だがな、イーナ。おぬしにはもう一つ伝えねばならんことがある
いつもに増して真剣な声色で、サクヤが語りかけてくる。
――憑依とは、魔力と魔力を融合するモノ。本来であれば、器に魔力を注ぎ込むだけの話。だが、あやつは、さらに上から無理矢理魔力で上から押さえつけてきた。そちとわらわを繋ぐ魔力に、無理矢理絡みついてきたと言うわけじゃ
――つまり?
――今、そちとわらわの魔力にはあやつの魔力が絡みついておる。いわば鎖のように。つまり…… そちとわらわの憑依は……
――もう、憑依は解けないって事?
――ああ。そちはもう元の姿には戻れないだろう…… すまぬイーナ……
申し訳なさそうに、サクヤがそう口にする。だけどもう、今の私にとって、元の『私』のことなんてどうでもよかった。この世界に来てから…… 私は…… 元の人間ではなく、『イーナ』として、沢山の大切なものが出来たのだ。だから……
――むしろ、良かったよ。これで…… ようやく『私』が『私』になれた。それに、前よりもずっと魔力を使いこなせそうな、そんな気がしてるんだ!
――そりゃあの、もうそちは『器』ではない。今のおぬしは、わらわと文字通り、一心同体。だが…… 本当に良かったのか? イーナ?
――いいんだよ。もう、前の私に未練は無い。私は『イーナ』。ただそれだけの事だよ!
死の淵から戻った時より、私は『九尾の巫人』ではなくなったのだ。今の私は、『九尾』そのものになったというわけだ。
サクヤと会話しながら、私はそのまま、『やつ』と対峙しているルート達の元へと向かった。私の存在に気付いたのだろう。一瞬、振り返って笑顔を見せてくれたアマツ。そして、私に背を向けたままのルートは、背中越しに私へと声をかけてきた。
「……イーナ」
「ルート……」
何とも気まずい空気が私達の間を包む。流れとは言え、最期に大好きだよと伝えたことが…… 少し気恥ずかしいというか…… まあ、私のこのしょうもない気まずさなんてどうでもいい。ルートはきっと、沢山悩んで…… 苦しんで…… そして、私の悪魔のような頼みを聞き入れてくれたのだ。きっと、私のために、地獄のような苦しみを受け入れてくれたのだ。
「……」
何かを言いたげなルート。だが、それ以上、ルートから言葉は返ってこなかった。でも、言葉なんてもう私にはいらない。ルートが今、何を思ってくれているのか、それは背中越しで十分に伝わってきたから。
「さあ、あいつを倒して! 皆でフリスディカに帰ろう!」
「うん~~!」
目の前にいた奴は、苦しみに悶えるように、へたり込んでいた。そして、必死な様子で奴が叫ぶ。
「貴様ァァ! 貴様だけは!!!」
身体の一部が、ボロボロと崩れ落ちていきながら、なおも『奴』は、私達の方へと怒りの感情をぶつけてくる。だが、もうすでに『奴』からは、最初に感じた絶望は感じられない。もはや死にかけの…… 哀れな存在でしかないのだ。
――イーナ…… 俺の無念を……
どこかから、そう男の声が聞こえたような気がした。声の主は…… 言わなくてもわかっている。今…… 今、決着をつけるよ。
「闇炎の術式……」
「まて! やめろ! やめろおおおおおお!」
そう叫ぶ『やつ』からは、『王』たる威厳は消え去っていた。目の前に迫りつつある死に恐怖する『やつ』の姿は、生に執着した者の末路にふさわしい、そんな哀れで滑稽なものに写っていた。
魔鉱晶石で出来た、私の新しい相棒に魔力を込めて…… 新たに受け継いだ力を込めて…… 目の前でもがき苦しむ奴に向けて、私は剣を一気に振り下ろした。
「飛焔!」




