128話 裏切り
「どうして!? アレクサンドラさん?」
「ミドウの奴から聞いていないのかい? アレナ聖教国に先に入っているって……」
「俺はミドウの部下が先に入っていると聞いたが……」
出発前のやりとりを思い出したルート。確かに、シャウン王国を離れる前、ミドウは言っていた。『俺の部下が先にアレナ聖教国に言っている』と。部下…… と言えば部下かもしれないが…… 少しだけアレクサンドラの表情が引きつったような気がしたが…… 今は気にしないでおこう。ルートはそう思った。
そして、少女の攻撃から自分たちを守ってくれたアレクサンドラに対し、ルカは笑顔を浮かべながら礼を告げた。
「アレクサンドラさん! ありがとう!」
「礼を言うのはまだ早いさね。どうやら…… あの子…… 正気じゃないみたいねえ。まさかあの子が、あんたらに攻撃をしてくるなんて…… それに見たこともない魔法だ」
「そうなんです! 闇の王が復活して! イーナちゃんを……!」
「闇の王…… なるほどね。さっきのバカみたいに強力な魔法はそういうことだったのか…… それに…… ロードがあそこで倒れているのを見ると…… シャウン関係者に内通者がいるのはわかっていたが、まさかロードだったとは……」
早くも、状況を理解した様子のアレクサンドラに向かって、少女は語りかけてきた。
「あれほど長きにわたって共に過ごしたというのに、私の存在に、気が付かなかったとは、やはり人間とは愚かなものよ…… アレクサンドラよ。それにお前達はまだ気付いていない。裏切ったのは私だけではないという事を……」
「どういうことなんだい?」
少女が発した言葉の意味を問いかけるアレクサンドラ。その質問に少女は不敵な笑みを浮かべる。
「……ふふふ、今頃、シャウン、それに連邦は火の海だ。私の忠実なるしもべどもの手によってな」
………………………………………
同時刻
王都フリスディカ
「王よ! ブレイブ様より連絡が入りました! 遂にエルナス帝国が動いたそうです! シャウン北部、スノーディア平原にて、我が軍と交戦、そしてタルキス方面もエルナス帝国と交戦中とのこと!」
王の間へと慌てた様子で入ってきた兵士はそう声を上げた。その場にいたのは、王と、そしてミドウ、ヨツハ、ノエル、アイルの4人。零番隊の面々は、ほとんどがフリスディカを離れ、国外に出てしまっていたのだ。
「帝国が動いたか…… この平和な連邦に…… 嵐が巻き起こるやも知れぬな……」
小さく言葉を漏らした王。そして、王を安心させるべく、ミドウが王へと声をかける。
「王よ、北部辺境部隊には、ブレイブが、そしてタルキス方面にはミズチが向かっております。彼らの力があれば、必ずや帝国を退けることが出来るでしょう」
そう、かねてより、怪しい雲行きを察知していたミドウは、既に帝国の侵攻に対策を取っていた。シャウン王国でも最も強力な力を持っていた零番隊の面々を各地の応援に送り出していたのだ。
だが、それが反対にミドウや王にとって仇をなすことをまだこの時はミドウも、王も気付いてはいなかった。
「……王よ! 大変です!」
王の間に、また別の兵士が飛び込んでくる。ずいぶんと慌てた様子で、息を切らしながら入ってきた兵士の様子に、王もミドウもただ事ではない事をすぐに察した。
「どうしたのだ?」
「大変です! フリスディカの街のあちこちから火の手が上がり! 謎の魔法使い達が、民衆を襲い始めているとのこと!」
「何じゃと!」
「それはまことか!?」
王、そしてミドウが、駆け寄ってきた兵士へと問いただす。その報告は事実だったようで、最初の報告を皮切りに、次から次へと兵士達が王の間へと駆け込んでくる。
「王よ! フリスディカ第5地区で爆破発生! 被害の規模はわかりませんが…… 相当数の民が傷ついた模様です!」
「王よ! フリスディカ……」
その時、ミドウの脳裏に真っ先に浮かんだのは、『白の十字架』の存在であった。帝国の侵略…… そして、零番隊の面々がフリスディカを離れているタイミングで、こうも立て続けに反乱が起こるとは、何らかの組織的な犯人が関与しているのに違いはない。
「王様、ここも狙われるかも知れないよ! 一緒に逃げよう!」
そして、王を逃がすべく、王へと近寄っていったのは、零番隊の一員であったアイル。連れて、ノエルも近づいていく。
「そうです。王様! 私達と! さあ!」
アイルとノエルが王の目前まで迫ったとき、ミドウは彼らが発していたいつもと違うオーラに気が付く。なんだこの胸騒ぎは…… いや、違う…… これは…… 殺気!?
そして、アイルが差し伸べた手を、掴もうとした王。その瞬間、ミドウは動き出していた。
「ありがとうよアイル、それにノエル」
王がアイルとノエル、2人に礼を告げた直後、アイルの表情は、今までのモノとは違う、邪悪な笑みへと変わっていた。王がそのアイルの表情に気付いたのは、アイルが剣を抜いたときだった。
「王様、今までお世話になりました!」
その言葉と同時に、アイルは突然に、王に向かって斬りかかったのだ。一直線に王に向けて振り下ろされようとしてたアイルの剣。とっさに目を瞑った王。『がきん!』という鈍い音が王の間に響き渡る。アイルによって振り下ろされた剣を止めていたのは、ミドウの太く硬い腕であった。
「……貴様ら、自分が何をしているのかわかっているのか?」
アイルをにらみつけるミドウ。怒りに満ちたミドウを見たアイルは嗤う。
「流石ミドウさん……! やっぱりそう簡単にはいかないか! でも……」
アイルの攻撃を防いだミドウだったが、すぐさま、別の攻撃がミドウに向かって襲いかかる。糸によるノエルの攻撃がミドウの身を捉える。ネバネバの糸に捉えられたミドウ。王は一体この場所で何が起こっているのか、まだ理解が追いついていないようで、困惑した様子でただ立ち尽くしていただけだった。
「……これで身動きが取れなくなったね! ミドウさん!」
「ヨツハ! 王を連れて逃げろ! ここはわしに任せて、必ずや王をお守りするのだ!」
「わかりました! ご無事で……!」
ミドウの声を聞いたヨツハはすぐさま力強く頷き、そして王を連れてその場をあとにした。だが、王の間から去る2人を、アイルも、そしてノエルも追おうとはしなかった。糸に捉えられたミドウの元に、2人は残っていたのだ。
「……追わなくて大丈夫なのか? 主らの目的は、王であろう?」
ミドウの問いかけに、アイルはケタケタと嗤いながら言葉を返す。
「……どのみち、王は助からない。今日、この時より、僕達『白の十字架』が、世界を支配するからね。それよりも邪魔なのはあんたさ、ミドウさん。あんたさえやってしまえば、後はどうにでもなる」
「ほう…… ずいぶんとわしを評価してくれているようだな」
「そりゃそうだよ、僕があれだけ完膚なきまでに叩きのめされたのも、ミドウさんが最初で最後だからね!」
「ふん……」
イーナ達が零番隊に加入するよりも少し前のことだ。ロードによって連れてこられたアイルが、初めてミドウと手合わせをしたのは。零番隊加入の洗礼として、アイルをぼっこぼこにしたミドウ。あのときの事は今でも手に取るように覚えている。若いのにもかかわらず、やたらと素質に溢れた子供が目の前に現れたのだ。
「……ミドウさん、あんたが気付いているかどうかはわからないけど…… 闇の王が復活した。王は誰にも倒せない。そう、この世界の支配者は今この時より僕達に変わったんだ。だから…… 諦めて…… 最後に哀れに僕らの前で死んでいってよ!」
ミドウ自身、アイルには期待を寄せていた。この子は零番隊の中でもミズチに匹敵する強さまで到達できると信じていた。だからこそ、裏切られた今、ミドウの内心はアイルに対する怒りで満ちていた。
そして、両腕に力を込めたミドウ。その瞬間、ミドウの身にぐるぐると巻き付いていた強固な糸がぷつりと切れる。そして、裏切った2人、アイルとノエルをにらみつけながら、ミドウは静かに口にしたのだ。
「……主ら、あんまりわしを舐めるなよ。キツイお灸を据えてやるから、覚悟しろ」




