125話 核心
「……ううん…… 一体……」
気が付けば、私達は見知らぬ建物の中で目を覚ました。天井は相当に高く、10mほどはあるだろう。壁面を豪華なステンドグラスで覆い包んだ教会のような建物。シュルプの街の教会本部も相当に立派な様子だったが、私達が目を覚ました場所は、それ以上に豪華絢爛な建物の内部のようだった。
「……大丈夫ですか? イーナちゃん」
一緒にいた仲間達もどうやら一緒に、この見知らぬ場所へと運ばれてきたようだ。まだ意識も朦朧とする様に身体を起こしたナーシェ。ナーシェに引き続き、ルートやルカ、それにアマツ、テオも続々と身体を起こしていく。一先ずは皆無事なようだ。
それにしても…… 一体ここはどこ? それに…… イミナとイザナは何の目的に、私達をこんな所に……?
「……目覚めたかい? イーナ?」
まだ少し意識もあやふやな中、私の耳に再び少年の声が届く。イミナの声だ。
声のした方を見た私。そこに立っていたのは、イミナとイザナ。私達を見知らぬこの場所に呼び寄せた張本人だ。
「イミナ! それにイザナ! ここは?」
「……ここはアレナ聖教会の総本山。聖都アレナにある、教会本部さ」
アレナ聖教会の総本山。そう言われると、この立派な建物も納得が出来る。つまり、私達は何らかの力でこの場所へとワープしてきたというワケなのだろう。そして、その力はおそらくイミナ達のものなのだろう。賢者の谷で、初めてイミナと出会ったとき、私達の前からイミナが忽然と姿を消せたというのも、きっとその力のおかげなのだ。
いや、考察をしている場合ではない。今私達がいるところは、敵の総本山。つまり、私達に逃げ場はないと言うわけなのだ。今この状況で、私達の命は完全にイミナとイザナ、2人に握られてしまっているのだ。
イミナとイザナの残虐性は、先ほどのシュルプでの出来事で私も脳裏に焼き付いている。今のところ私達を襲ってくるような素振りは見せていないが、いつ豹変して襲ってきても何ら不思議ではない。決して油断してはいけない。
「……さっきの力は…… ここに私達を連れてきたのは、イミナの力…… だよね? 前に賢者の谷で私達の前から姿を消したのと同じ……」
「ご名答、僕達は空間を操れる『鳳凰』の一族の末裔。君達と同じ。かつて、君達の祖先と共に、主様に使えたモンスターの一族さ」
鳳凰。この際、もはやファンタジーじみたことにいちいち驚くことはよそう。もはや目の前でワープなんぞ見せつけられてしまった以上、彼らの言葉を信じざるを得ない。鳳凰の一族、空間を操る、そんな存在がいたとして、私が気になったのは、彼らがどうして私達をここに呼んだのかということだ。
「でも、どうして? そんな力があるならば、わざわざ私達をここに呼ばなくたって……」
どうして空間を移動する力を持っているというのに、イミナはわざわざ私達をアレナ聖教国へと呼んだのだろうか。私達をここに連れてきたいだけならば、あの場所で私達ごとワープしてしまえばすんだ話なのだ。その疑問に答えたのは、イミナではなく、イザナの方だった。
「理由は二つ。一つは、あのときイミナは1人だった。これだけの人数を、そしてこの距離を1人で飛ばすのは不可能だ。そして、もう一つ、あのときはまだ準備が整っていなかった」
「準備? 準備って?」
「その前に少しだけ昔話でもしないかい? イーナ?」
「昔話? こっちの質問に答えてよ!」
だが、私の言葉など意にも介さない様子でイザナは1人、私達へと向かって語り始めた。
――昔々、人類が高度な文明を築くよりも前の時代のこと、あるところにモンスター達の王がいた。強力なモンスター達を従えた王に逆らえる者はおらず、まさにこの世界の覇者として王は君臨していた
――だが、いくら強力な力を持ったモンスター達とは言えど、全てを思うがままに出来たわけではなかった。彼らの前には、生命が決して抗う事が出来ない、生けるモノに取って最大の敵が立ちはだかっていた。そう、『死』という強敵が。
――だが、王は『死』に対しても挑み続けた。永遠にこの世界の支配者で居続けるために。そして、王はあるとき気が付いたんだ。『巫人』という存在、人間と呼ばれる存在に憑依した状態であれば、半永久的に生き続けられると言うことに。
――巫人となる人間にも適正があった。魔力を持っていない人間ほど、モンスターと良く適合する。魔力の純度が増して、より憑依する前の形質に近くなる。器が空っぽであればあるほど、より純度の高い巫人になれるって事だね。だけど、この世界にいる人間は、元々多かれ少なかれマナの影響を受けてしまっていたんだ。そこで、王が目をつけたのが、別の世界にいる人間だった。
――僕達、鳳凰の一族の力なら、空間を操る力なら別世界の人間にも干渉が出来た。そして、かつて僕達のご先祖様は、別の世界から人間を呼び寄せたんだ。君のように。
「じゃあ……」
私は、彼らが何を言おうとしているのか、もうすでに明らかだった。驚きのあまり、言葉が出てこない。本当にそんな事が…… いや、でも現に私がここにいる以上…… それに、彼らの話が本当だったとしたら、サクヤが憑依した私がこの姿に変化したこと、同じくシナツが憑依したにも関わらず、ルートはあまり姿が変わらなかったことも、理由としては頷ける。
――そして、呼び寄せた人間を巫人にするという計画が始まった。だけど、また一つ新しい問題が現れたんだ。憑依する側のモンスターが強力すぎると、巫人の身体がその力の影響に耐えられない。そんな事が起こり始めた。
「それって……」
――君達も、賢者の谷で見ただろう? 変化に耐えきれなかった巫人のなれの果て、それが『鵺』と呼ばれる奴らさ。特に魔王の力は余りに強大で、多くの人間達が異形の者へと姿を変えていった。そして、そのあまりの残酷な光景に、遂に僕達の先祖が動いた。王を裏切ったんだ。
――僕達の祖先、鳳凰はこれ以上の被害者を出さないように、王に背いた。だけど、王のあまりに強大すぎる力を前に、王を完全に消し去ることは不可能だった。だから、その力の一部を封印したんだ。『預言の書』と呼ばれる魔導書の中に。王の封印された場所は、当時の鳳凰を除き誰も知らなかった。だけど、つい最近、人間達の手によって遂に見つかってしまったんだ。
「賢者の谷……」
「そうだ、イーナ。お前の言うとおりだ」
「!?」
そして、イザナの話に夢中になっていた私達の耳へ、また別の者の声が届いた。聞き覚えのある声に、仲間達も一斉に声のした方へと視線を送る。
その先にいたのは、私達と使命を同じくした男。忘れもしない。その男の名は、零番隊弐の座『ロード』であった。




