124話 イザナとイミナ
「あなたは!?」
宙に浮かびながら、私達を見下ろしていた少年。賢者の谷で出会った『イミナ』に何処か似たその少年。少年の身体から放たれる圧倒的な魔力で、もはや聞くまでもなく、彼の正体は明らかであった。そう、遂に奴らが来たのだ。
「僕は白の十字架、10柱が一人『イザナ』。以後お見知りおきを!」
「やっぱり…… ようやく…… 本命の登場ってワケね……」
名前からして、間違いなく、あいつ……『イミナ』と何か関係があることは間違いなさそうだ。それに、もしエンディアからの使者の話が事実であるならば、あの少年の返り血は間違いなく、エンディア兵士達の者であろう。エンディアの兵士達の実力は、私もまだわからないが、少なくとも怪我一つせずに、兵士達を全滅させられるというのだから、彼の実力は相当なものに違いない。息を飲みながら私は、背負っていた剣へと手をかけた。
「……おっと、ずいぶんと好戦的だね! 聞いていたとおりだね!」
ふわりと、地面へと降り立ったイザナ。その場にいた誰しもが、突如として現れた少年の姿に困惑し、呆然と少年が降り立つ様を見ていることしか出来なかった。
「それで私達に何の用? 教会の奪還でもしに来たの?」
思わず額から汗が流れる。目の前にいるのは、イミナと同じ、圧倒的な力を持った少年。私が全力で戦ったとしても、敵うかどうかはわからない。だけど、やるしかない。そう思っていた私とは対照的に、平然としていたイザナ。
「用事はねえ、君に会いに来たんだよ! ちょっと待っててね! そろそろあいつも……」
そうイザナが口にした瞬間、彼のすぐ隣から淡い光が発せられた。光は瞬く間に眩しくなり、目を開けて直視することもままならない。だが、その光は確かに私も一度は目にしていた。そう、私をここに呼び寄せた張本人。
「久しぶりだね! イーナ!」
光の中から現れたのはイミナ。眩しかった閃光は次第に弱くなっていき、ようやく直視できるようになった頃、私達の前には、イミナとイザナ、よく似た二人が並んでいたのだ。
そのあまりに神秘的なイミナの登場に、シュルプの市民達は誰に命じられることもなく、皆膝をつき、2人の少年を眺めていた。
「おお、神よ……」
「やはり天は我らを見捨てなかった……」
「この反逆者共に死の制裁を……」
だが、イミナとイザナ、2人は他の市民達の事など、全く意に介することもなく、その視線は私達から一切離れることはなかった。
「……イミナ。どうして?」
イザナだけでも、厄介極まりないのに、イミナまで…… もし彼らが私達に攻撃でもしてくることがあれば、間違いなく私達に勝ち目はない。だが、奇妙なことに、イザナも、そしてイミナも一行に私達に襲いかかってくるような素振りはない。
「……だから、君に会いに来たんだって! わざわざこんな所まで来てくれたんだから! 歓迎してあげようと思ってさ!」
「さあ行くよ、イーナ。主様が君を待っている」
血に染まったイザナとイミナは、狂気とも言えるような笑顔を浮かべたまま、私の方へと手を伸ばす。思わず私も手を伸ばしそうになったその瞬間、私を我に返らせたのは先ほどまで2人の少年に魅入っていたシュルプの住人の声だった。
「神よ! どうして反逆者に手を!」
「どういうことなのですか!」
「……あーもう、うざいなあ。せっかくいいところだってのに……」
途端、私はイザナとイミナ、2人の表情が不機嫌なものに変わるのを見逃さなかった。そして私は、市民達に向かって叫ぶ。この2人は危険だ。あまりにも。
「逃げて!」
だが、もう遅かった。腕を一振りしたイザナ。その矛先は、彼らを神と崇め奉っていたシュルプの市民の方へと向いていた。
「おまえらに、きょうみはない」
途端、跪いていた市民をイザナの凶刃が襲う。血しぶきと共に転がる頭。その光景に街が一気にパニックに包まれる。
「うわああああああああああ」
「おい!」
ザイオンの制止ももはやシュルプ市民の耳には届かず、一気に蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う市民。あまりにも残酷なイザナの行為に、私も呆然と見ていることしか出来なかった。
そして、再び私達の方へと視線を戻したイザナとイミナ。返り血を浴びながら、無邪気に笑みを浮かべる2人は、まさしく悪魔としか形容しがたい、そんな風貌であった。
「飛んだ邪魔が入ったね…… まあ、それも詮無きことさ。さあ行くよ、イーナ。主様がお呼びだ」
ついていったらいけないと言うことは、私にもわかる。だけど、本能が、彼らに従えと言って聞かなかった。目の前で見せつけられた圧倒的な力に、私はもはや逆らう気力すらも失ってしまっていたのかも知れない。
そして、同じく動けなくなっていたのは、ヴェネーフィクスのメンバーも同じだった。皆目の前に突如として現れたイザナとイミナを前に、ただ呆然と立ち尽くしていることしか出来なかったのだ。
イザナとイナミは、そのまま動けなくなった私達の方へと歩を進めてきた。そして、私達をあのときと同じ、淡い光が包み込む。
………………………………………
「イーナ!」
光の方へと向かって叫んだのは、ザイオン。目映い閃光がイーナ達を包み込み、そしてその光は徐々に淡く、淡くなっていた。気が付けば、街の広場にいたはずの、イーナ達、ヴェネーフィクスのメンバーはその場から忽然と姿を消したのだ。突然現れた、得体の知れない2人の少年と共に。




