12話 私にはやるべき事があるんです
「帰ってこない? 子供が?」
ルクスと話していた妖狐の女性は、行方をくらましたという子供の、母親であるようだ。半分パニックを起こしかけている女性は、おろおろとしながら慌てた様子で俺達に向かって口を開く。
「そうなんです! よく無茶をする子で、夜遅くまで遊んでることも多い子だから、いつかは帰ってくるんじゃないかと思ったんですけど…… 全然帰ってこなくて! 今朝も探したんですけど、全く見つからないんです」
「いなくなったのはヒューラという男の子。そういえば、人間の方々は森の方に言っていたのでしょう? 何か見つけたりとかはしていませんか?」
すっかり混乱に陥った母親の妖狐に変わって、ルクスがルート達に問いかけた。だが、調査に行っていたというルート達は全く心当たりが無いようであった。
「この辺りの森を調査したが、見つけたのはオーガ一体だけだった。妖狐の子供の姿は見ていないな」
――またオーガ? あいつらどれだけいるんだよ全く。
ルート達にとってはオーガの一匹や二匹、全く敵ではないだろうが、子供の妖狐ともなれば話は変わってくる。下手をすれば命に関わりかねない。早く探してあげたいと言うのは山々ではあるが、もうすでに周囲が暗くなりつつある今、むやみやたらと森に行くというのはなかなかに危険である。ミイラ取りがミイラになっては意味が無い。
「ひとまずは、明日の朝早くから、探索を再開する予定にはしていますが……」
ルクスも同じように、夜の探索は危険だと判断していたようだ。明日の朝早くから、里の男性を中心に子供の捜索に当たるとのことだ。
「じゃあ、俺達も手伝うよ。妖狐の里の皆には、ずいぶんとお世話になってるしな」
ルートがルクスと母親に向けて言葉をつげる。ハインもロッドも、そしてナーシェも異論はないと言った様子の表情を浮かべていた。
「じゃあ、わたしも……」
自分だけなにもしないわけにはいかない。俺だって妖狐の里には恩があるし、今の俺が九尾である以上、これは俺達の問題である。人間であるルート達が手伝ってくれるというのに、俺1人ここにいるなんて……
「だめだ」
俺の言葉を切り捨てたのはハインであった。いつものおおらかなハインとは打って変わって、厳しい表情でそう告げたハイン。納得の行かなかった俺は、ハインへと食いかかった。
「なんで……!」
「今日の手合わせで、お前の実力はわかった。今のイーナではオーガにも敵わないだろう。ルート達が今日も森でオーガを見かけたと言っていた以上、森はまだイーナにとっては危険だ。俺達に任せろ」
確かにハインの言った言葉は的を射ていた。まだ俺は戦闘に関してはずぶの素人だし、足を引っ張る事になる可能性が高いことは否めない。
「でも……」
「なにもしないと言うのも、時には大切な仕事になる。悔しいと言うのなら、剣を振り続けろ。魔法を鍛えろ。それが、イーナ。お前に出来る今の役割だ」
「でも、イーナはすごい魔法を使ってたし、大丈夫じゃないの?」
もはや俺がハインに言い返せる言葉はなかった。俺をフォローするかのようにハインに言葉をかけるロッド。だが、断固としてハインは俺が同行することを許すような素振りは見せなかった。
「それとこれとは話は別だ。危険だとわかっていながら、行かせるわけには行かない」
「ハインが言うことは俺も同意だ。すまんなイーナ。大丈夫だ、妖狐の探索は俺達に任せてくれ!」
正直まだ俺は納得はしていなかったが、彼らの言うことはまごう事なき事実である以上、俺もそれ以上はなにも言い返せなかった。部屋に戻り、着替えを済ませ、すっかり疲れ切った身体でベッドに転がり込んだ俺は、ナーシェに少し愚痴をこぼしてしまった。
「……やっぱり、足手まといなのかなあ……」
ロッドから教えてもらった術式。九尾の力があるとは言え、初めてにしてはなかなか上手くで来たのではないかと、少しだけ自信を持っていたはずであった俺だが、それもどうやら甘い見立てだったようだ。
九尾になれば、すぐにすごい力を使えると思っていたが、それは俺の甘い考えだったのだ。今の俺は、ほとんど1人では何も出来ない、『ただの少女』にすぎないという事実をまざまざと見せつけられてしまった。
「……大丈夫ですよ。イーナちゃんはすごい力を持っていますから」
ベッドに座った俺を優しく励ましてくれるナーシェ。なにも言葉を返せなかった俺に、さらにナーシェは言葉を続ける。
「正直、ハインさんがあんなに頑なになっていたのは、私も初めて見ました。きっとイーナちゃんが心配だったんですよ。無茶しちゃうんじゃないかって」
そんな事は……
「大丈夫です。私達に任せてください。イーナちゃんにはやるべき事があるのでしょう? ハインさんと約束したのでしょう?」
布団に入って俺はただ黙ってナーシェの言葉を聞いていた。まるで母親のように、優しく語りかけてくるナーシェ。そして、ナーシェは立ち上がりながら静かに口を開いた。
「もう灯りを消しますね。明日も早いですから! おやすみなさいイーナちゃん!」
真っ暗になった部屋の中で、天井を見ながら俺は呆然としていた。もう少しやれると思っていたのに、何も出来なかった。それどころか、あんなに厳しい表情をハインにさせてしまった。失望させてしまったのかも知れない。自分の非力さが悔しくて、情けなくて仕方無かった。
――いや、もう寝よう。
身体が疲れていたと言うこともあり、すぐに眠りについた俺。気が付けば周囲はすでに明るくなっていた。そして、ナーシェの姿はすでになかった。俺が目を覚ますよりも先に、朝早くから探索に出発していたようだ。
ルカから借りた部屋着のまま部屋を出た俺。廊下に出たときに、こちらに向かってきていたルカと目が合う。
「イーナ様おはよう!」
「ルカ、おはよう……」
元気がない様子の俺を心配そうに見つめるルカ。こちらの様子を伺うようにルカは口を開く。l
「イーナ様大丈夫? なんか元気ないよ……」
自分よりずっと幼いはずであるルカ。そんなルカにまで気を遣わせてしまう自分が情けない。こんな状態の俺が同行したところで、皆の脚を引っ張るだけである。それよりも、俺が今やるべき事。ハインとの約束を果たすこと。それしか今の俺には出来ない。
「ごめんねルカ! 心配をかけちゃって! もう大丈夫だよ!」
こうなったら俺は自分のやるべき事をやる。せっかく自分の事に集中出来る良い機会なのだ。そうと決まったら俺が向かう先は一つであった。
「ルカ! ちょっと私行かなきゃいけないところがあるから、行くね!」
「待って! ルカも行く! イーナ様と修行する!」
そして、俺は今日も剣を振りに向かった。ハインとの約束を守るために。いつか、彼らと一緒に、俺も誰かの役に立てるようになるために。




