112話 捨てる神あれば、拾う神あり
「うーんやっぱり、オーソドックスな制服が一番ね……!」
結局、あれからもしばらくの間、アリアによる、私のファッションショーは続いた。本当はこんな事をしている場合ではないというのは、私も十分に承知していたが、まずは自らの身の安全を担保しないことには、話も始まらないのだ。
こんな、ごろつきの沢山いる治安の悪そうな街中で、こんな華奢な少女が夜中に一人で放り出されたとなれば、普通に考えれば襲われたとしても何ら不思議ではない。。まあ、仮に襲われたとしても、反撃すること自体は、そんなに難しくはないだろうが……
今は、おおっぴらに目立つ様な行動をしたくないのだ。
私が今出来ることは、ただ一つ。仲間達が皆無事に逃げられたことを信じて、そして、明日再びこの酒場を訪れたオルガと話す。オルガの話が本当なら、フリーフェイスという組織は、私達と目的を同じくしているだろうし、それにこの街で人探しを行うというのも、この街に詳しい人間の協力が必要だ。街が警戒態勢になっている今、私が軽率に動くというわけにも行かないのが事実なのだ。
だから、私は目の前の仕事に全力で取り組む。
それから慣れない仕事に全力で向き合った私。最初こそ、戸惑うことも多かったものの、次第に仕事の方にも慣れ、閉店の時間を迎える頃には、すっかり仕事も楽しくなっていた。
何よりも幸運だったのは、このバーが、9番地区というシュルプ市街地でも最も治安の悪いと言われる地域にあったにもかかわらず、客層は悪くなかったと言うことだ。
「イーナちゃん! お疲れ様! それにしても大分様になっていたわね! 最後はもうすっかり一人でも出来るようになっていたじゃない!」
客も帰り、静かになった店内で、アリアが私の元に絵顔を浮かべながら近づいてくる。そしてもう1人、マスターも落ち着いた笑顔を浮かべながら私達の元へとやってきた。
「イーナ君、それにアリア君もご苦労様。今日の分の給料だよ。あと、約束通り、イーナ君、店の2階の空き部屋は好きに使ってもらってかまわないから……」
「マスター、部屋を使わせてもらうのに、給料までは流石に頂けません!」
紙袋にはいった給料を渡そうとしてきたマスターに私は慌てて断りの言葉を伝える。部屋を使わせてくれると言うだけでも、ありがたい話なのに、さらに給料をもらうなんて、気が引けて仕方が無い。
だが、断りの言葉を伝えた私に、マスターは笑顔を浮かべたまま、言葉を続ける。
「イーナ君。これはキミが働いてくれた分に対する給料なんだ。労働に対価を払うのは当たり前のことじゃないか。部屋のことは気にしなくていい。私もフリーフェイスの面々にはお世話になっているからね!」
「ああ、イーナちゃん、フリーフェイスのお知り合いだったんだ! だから急に働くことになったんだね!」
「アリアさんもフリーフェイスのことは知ってたんだ!」
「そりゃあそうよ、なにせ、彼らのお陰で、私達も生活していけるんだから…… 聖教会なんてクソくらえだわ。何が救いよ…… 貴族の連中だけが救われて、私達はこんな……」
「アリア君。どこで誰が聞いているのか分からないんだぞ」
すこしいらだちを見せたアリアを諫めるマスター。そして、気を取り直したようにアリアは、再び笑顔を浮かべ、私に向かって声をかけてきた。
「まあ、イーナちゃんがここに来た理由はわからないけど…… きっと何か重大な理由があってここに来たんでしょ? 私は全力で応援するわ! なんと言ってもイーナちゃんすっごい可愛いし! じゃあ、また明日ね!」
「あはは…… ありがとうアリアさん!」
そのまま上機嫌に店を去っていたアリア。片付けをしていたマスターに、先に上がってくれて良いよと言ってもらえたので、私もそのまま2階へと上がることにした。
マスターが使って良いと言ってくれた部屋は、家具こそシンプルなものしか置かれていなかったが、十分に暮らしていけそうな部屋だった。というか、思っていたよりもずっと広く綺麗で、寝るだけなら5~6人は余裕で入れそうな部屋だった。
そのまま、部屋の隅に置かれていたベッドへと腰をかけた私。果たして皆は無事なのだろうか? ルートやアマツが付いているから大丈夫だとは思うけど…… やっぱり不安なものは不安だ。
それに、もし皆が無事に逃げられていたとしても、もしかしたら街の路地裏の固い床の上で、今なお過ごしているかも知れない。私だけ、こんなベッドまで用意してもらえて、申し訳ないという気持ちが襲ってくる。
それでも、きっと明日になれば…… 明日、オルガともう一度会うことが出来れば、皆と合流できるという未来が見えてくるかもしれない。そんな淡い希望を抱きながら、私はそのままベッドへと身体をゆだねたのだ。




