109話 フリーフェイス
「来てくれたんだね! 待ってたよ!」
「……どうせなら、もっとわかりやすい地図にしてくれればよかったのに」
地図が示していた場所、それはシュルプの街の薄汚い路地の奥、昼に見ていたシュルプの街の風景とは全く異なるような、言ってしまえばごろつきの街、そんな場所にたたずむ人の賑わう酒場であった。
正直な話をすると、ここに来る以外に私には選択肢は残されていなかったと言うのが本音である。なにせ退路は断たれ、聞き込みをしようにもむやみやたらに派手な行動をとることは出来ない。危険を承知で少年の誘いに乗る以外にはなかったのだ。
だが、ある意味ではこの地図のお陰で本当のシュルプの姿が見えてきたというのは事実である。羨ましくすら思えるような優美な街並みは、シュルプの街のほんの一部。おそらくは、ここら一帯の人々の生活こそがアレナ聖教国での実態なのだろう。路上はゴミと酔い散らかした人々にまみれ、座り込んだボロボロの服を着た市民が、地図を頼りにきょろきょろと道を歩く私を、まるで獲物を狩るライオンのような視線で見つめてくる。
「ごめんごめん、こっちもさ色々と警戒しなきゃいけないからね」
「警戒? あんな派手に間違えたのに?」
「まあまあ細かいことはいいじゃん! こっちも目標は達成できたというわけだし! あの騒動のお陰で、ずいぶんとやりやすかったよ!」
少年が口にした目標というのは、本来彼が会おうとしていたエンディアから来た人物に会うと言う事だろう。
「あの騒動のお陰でねえ…… つまり、あなたたちが飛空船の場所をバラしたって事なのかな?」
思えば、少年と会った直後、急に街が騒がしくなったのだ。私だって、まだこの少年のことを完全に信用しているというわけではないし、現にそう言った状況に陥ってしまっている以上、罠であるという可能性だって十分に考えられる。私の問いかけを聞いた少年はクスクスと無邪気に笑いながら、私に向かって言葉を返してきた。
「それは違うよ、お姉さん! って言ってもそう簡単には信じてもらえないか…… でもこれだけは確実に言える。僕達の利害関係は一致している。お姉さんにとっても、僕達に取っても敵は聖教会…… 違う?」
「そうかもしれないけどさ……」
「ああ、そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。ここはシュルプの街の9番地区。シュルプの街の中でも一番治安が悪いと言われる地域さ。要は、奴らの手が及んでいない地域だとも言える。ここでは聖教会に対して良い印象を持っていない奴がほとんどさ」
シュルプの街はいくつかの地区に分かれているらしく、今私達がいる9番地区はいわゆるスラム街、様はアレナ聖教会による統治体制の元、上流階級からあぶれた者達が集まっている街らしい。
「あ、ごめんねそういえばまだ名前も名乗ってなかったね。僕は、オルガ。お姉さんの名前は……」
「イーナだよ。私達はシャウン王国から来た」
オルガと名乗った少年に、私も自らの名を名乗る。偽名を使うかとも悩んだが、別に今更名前がばれたところで、何か影響があるというわけでもないし、話が複雑になってしまうのを避けるために、あえて私は本名を彼に伝えたのだ。
「ふーん、イーナ…… なかなか珍しい名前だね。それはそうとして、お姉さん! お姉さんはフリーフェイスって名前…… 聞いたことある?」
「フリーフェイス?」
「僕達が属している組織さ。意味は信仰の自由。この国が今アレナ聖教会によって実質統治されていると言う事はもう知っているよね? その腐りきった聖教会による統治から、この国を救うために、僕達は日々こうして活動しているというワケなんだ!」
「腐りきったねえ……」
言い方こそ救うだの綺麗事を言っているが、様はこの少年達は国にたてつく反抗組織という奴だ。聞けば聞くほど油断ならない奴らでありそうなことは言うまでもないが、飛空船が聖教会側に発見されてしまったことで身動きが取りづらくなってしまった私達にとっては、ある意味では頼もしい味方であるとも言えよう。何せこの国の内情については彼らが最も詳しいだろうし、聖教会にたてついているという話が本当であれば、向こうの動きについても把握していると言うことに他ならない。本当に彼の言っている事が信用できればの話だが。
「そう! そして、お姉さんもわざわざシャウン王国からこんな所まで来ると言うことは、ただの旅人じゃないはず。おそらくは王国の関係者か…… その類い…… もしそうだとすれば、多かれ少なかれシャウン王国…… いや連邦組織も聖教会に対して脅威を感じていることになる。違う?」
オルガと名乗った少年は歳こそまだ若いものの、ずいぶんと勘が鋭いというか…… 大人びた考え方をしているというか…… まあ何となく恐ろしいというか、気持ち悪さにも似たような感情が私の中で芽生えつつあった。
ただ、私だって何度も言うとおり、未だこの少年のことは信用していない。私のことだけならともかく、シャウン王国がどうと言われてしまうと、国単位での話になってしまう以上、軽々しく言葉を返すことが出来ないのだ。そして、返答に困っていた私に、オルガは再び笑顔を向ける。
「ああいいよいいよ、言わなくてもさ! エンディア国ほどの大国が秘密裏に僕らに接触してこようとしているんだ。連邦側だってそうにちがいないでしょ? まあそう言う体で話を進めるから、あんまり気にしなくて大丈夫だよ!」
「それで、そのフリーフェイスさん達が私達に何を求めるの?」
「……僕達は協力者が欲しいだけなんだ。僕達フリーフェイスはずっと反旗を翻すためのチャンスを伺ってきた。でも相手は聖教会。反乱を起こそうったって、そう簡単にはいかない。今の僕達には少しでも多くの味方、そして情報が必要になる」
「つまり、私達にも協力しろって事だよね?」
「もちろん、お姉さん達にだってメリットはあるとは思うよ。何せアレナ聖教会は秘密に包まれている以上、国外にいたらそう簡単に情報は手に入らないでしょ? だからわざわざ危険を顧みず、こんな場所まで来た……」
そう、私達がわざわざここまで来たのは、イミナという謎の人間に意味深な言葉を告げられたからだ。イミナが口にしていた真実。それが一体なんなのか? 少なくとも白の十字架が絡んでいる以上、どうせろくでもない真実だと言うことは目には見えてはいるが……
今更意味深な会話をこれ以上続けたところで仕方が無い。何となくオルガ達の目的についてもわかってきたし、これ以上結論を伸ばす必要も無い。そして、私はオルガに対し、単刀直入に切り出したのだ。
「そう、私達は白の十字架という組織について調べるために来た。もしあなたがその名を知っていると言うのなら…… 私達にも協力するための動機は生まれる……けどね」




