108話 取り残されたんですけど
「……最悪だね」
得体の知れない飛空船にざわつくシュルプの市民達。先ほど魔道士達が慌ただしく街の外に駆けていったのも、おそらくは、いや間違いなく私達の飛空船が見つかったためであろう。
「イーナ様!」
「ルカ、落ち着いて。ここで怪しまれるような真似は危険だよ」
慌てたような様子で声を上げようとしたルカを抑える。何せ今ここで、私達まで正体がばれては本当にまずい事態になる。飛空船はもう空の上。逃げ場を失っている今、私達は完全に袋の鼠になってしまう。
突然爆発音のような音が街へとこだました。よく見ると飛空船は魔道士達によるものと思われる魔法攻撃に晒されている。遠くて詳細まではわからないが、次から次へと打ち込まれる魔法を受けた飛空船は、それでもなお堂々とシュルプ上空を飛び続けていた。
「ねえ、アマツ!」
「うん~~ 飛空船なら大丈夫。あの程度じゃ落ちはしないから~~ それより見てイーナ~~」
アマツが飛空船の方を指さす。飛空船はシュルプの街を見渡せる位置へと移動すると、ピカッ、ピカッと2回、光を街の方に向けて点滅させたのだ。
「アマツ、アレって……」
「こういうこともあるかと思って、あらかじめアボシと話はしておいたんだ~~ あれは一旦撤退するという合図。10日後、また迎えに来てくれるから大丈夫」
「10日後……」
「そう、だから私達はそれまで無事で生き延びる~~ 簡単でしょ?」
相変わらず激しい魔法攻撃に晒されていた飛空船だったが、数回、シュルプの街全体を見渡すように上空を旋回しながらピカッ、ピカッと光を点滅させた後、攻撃をモノともしない様子で空の彼方へと飛び去っていったのだ。
まだざわつくシュルプの市街地から、私達は飛び去っていく飛空船を見ていることしか出来なかった。一先ずはアボシが無事であったのは何よりだが、また新しい問題が出てきてしまったというわけである。
10日間、無事に生き延びる。いや、それだけではない。私達が遠路はるばるアレナ聖教国まで来たのは、この国の調査を実施するため。つまりは、全員が無事に10日間を過ごしながら、可能な限りでアレナ聖教国、そして白の十字架に関する情報を集めるというのが、残された私達に課せられたミッションというわけだ。
「とはいえ~~ 動きづらくなったのは確かだしね~~ 一旦宿に戻ろうよ~~」
こうなってしまった以上仕方が無い。宿も宿泊者は結構いるようであったし、泊まっている私達が、すぐに怪しまれると言うこともないだろう。それよりもまずは皆でしっかりと今後の方針を練る。それが一番大切であることは言うまでもない。
「そうですね、さっきの少年の言うことも気にはなりますし……」
「うん……」
この騒動ですっかり頭から飛んでいたが、先ほどの謎の少年に渡されたメモの件。1人で来いと言っていたし、向こうの正体についても不明な点が多い以上、危険は伴ってくる話であることに間違いは無いが、こんな状況になってしまったからには、話に乗るというメリットだって十分にあるのだ。聖教会をつぶすと言っていたあの少年の言葉を信じるならば、少なくとも彼は私達にとって敵とはなり得ないだろうし、この国の人間ならばこの国の内情もよくわかっているはずだ。
そんな事に思考を巡らせているうちに、気が付けば私達は宿の前へとたどり着いていた。事態も大分落ち着いてきたようで、市民達はすっかり元の生活へと戻っているようではあったが、相変わらず魔道士達はばたばたと街の中を駆け回っている様子が幾度となく垣間見えた。
自分たちの部屋へと戻り、扉を静かに閉める。ようやく息をつける瞬間。ここまでなんだかんだ言って緊張に包まれていた私達はふうーっと大きく息をつく。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ息をつかない?」
「そうですね、話し合いの前に少し休憩しましょう!」
「ああ、だがあんまりのんびりしているとすぐに夜が来てしまう」
緊張の糸が解れたのか、皆もうすでにくたくたな様子である。とはいえ、少年との約束は今日の夜。あんまりゆっくりしている時間も無い。少しだけ息をついた後、すぐに私達はこれからの方針について、話し合いをはじめたのだ。




