107話 最悪の事態
「誰!?」
慌てて後ろを振り向く。そこに立っていたのは、まだ年端もない少年。おそらくはルカやアマツとそこまで年は変わらないだろう。何処か顔に闇を抱えたようなその少年は、見た目の年齢こそ、私やルカ、それにアマツと大して変わらない感じではあったが、佇まいが明らかに子供のそれではなかった。
「おねーさんたち、この国の人じゃないでしょ? 一体なんの用事でこんな所まで来たの?」
明らかに怪しい…… まさか、聖教会の回し者…… それか…… 白の十字架の連中……? 少年が、イミナと何か関係があるとすれば、私達がこの国の外から来たと言う事を知っていても何も不思議ではないし、こうして突然私達に話しかけてきた理由というのも納得できる。動揺する私に、少年は驚くほどあっけらかんとした笑顔で、さらに言葉を続ける。
「ああ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。僕は別に聖教会とは関係はないからさ!」
「関係ない? ……どうやって信じろって言うの? それに、私達がこの国の人間じゃなかったとしたら、それがあなたに何か関係があるの?」
ここはもう比較的安全だった連邦の中ではない。そのことは先ほどの出来事でしっかりと胸に刻みついた。初めて会った少年、しかもさっきあんな物騒な光景を見せられて、いきなり信じられるはずもない。
「だからこうして、こっちから話しかけてるんだよ。おねーさん達はこの国の人じゃない。なのに、わざわざこんな場所に来ている。つまりはそれ相応の理由があるってことでしょ?例えば…… 聖教会をつぶす…… とか?」
一段と真面目なトーンで、そう言い放った少年。聖教会をつぶす? 一体何を言っているのかわからない。それに、こんな白昼堂々街中で話すような話題ではないはずだ。また妙な少年に目をつけられてしまった。本当にこの国は厄介極まりない。
「あなた一体……?」
「あれ違った……? おかしいなあ…… おねーさん、エンディアから来たんじゃないの?」
「エンディア? 何それ?」
エンディアなんて名前自体初めて聞いた私。そんな私の反応を見た少年は、慌てたように取り繕う。
「……ごめん! やっぱ今の無し! 忘れて!」
「ちょ……! ちょっと!? どういうこと!?」
「……でも…… うん。 おねーさん達、この国の人ではないって言うのは事実だよね? それに、人違いでも…… まあ、大丈夫か!」
「一体何が大丈夫だって言うのさ……」
もはや、何が何だかわからない。全く話しについて行けていない私達をよそに、少年は1人話を進めていく。
「よかったら、今日の夜、ここにおいでよ。おねーさん1人でさ!他言は無用でよろしく頼むよ!」
そう言うと、少年は懐から手書きのメモを取り出した。少年からメモを受け取った私は、そのメモへと視線を落とす。他の仲間達も何が書かれているのか気になって仕方が無かったようで、みなが私の手にあるメモをのぞき込む。
「……地図ですかね……?」
「それも雑だな。これでは場所もよくわからない」
「本当にね~~」
雑に書かれたメモには、おそらく地図、そしてココとカタカナで目立つように記されていた。
「これ、なんな…… あれ?」
受け取った一体ココがなんなのか、そう少年に尋ねようと、再び少年へと視線を戻した私達。だが、既に目の前から少年の姿は消えていた。すっかり人通りの少なくなった道の真ん中に取り残された私達。未だに事態を全く飲み込めてはいない。
「ちょっ……」
「……どうします? イーナちゃん? 1人で来いと言っていましたけど……」
「こんなあからさまに怪しい案件、関わらない方が良いだろう……」
私へと問いかけてきたナーシェ、それにルートがあきれたような様子で言葉を返す。普通に考えれば、私だって行かないのが正解だとは思う。下手に厄介なことに首を突っ込めば、取り返しのつかないことにだってなりかねない。だが…… 気になるのは事実だ。この国についてまだ右も左もわからない私には、何よりも情報というモノが重要にはなってくる。
「夜までは時間があるし…… ちょっと考えてみる……」
「本気か?」
「考えてみるだけだよ!」
………………………………………
私が優先すべきはこの街の調査。今は気にしても仕方が無い。そう思いながら再び街の様子を調査しに向かったが、その間もずっと先ほどの出来事が心の何処かに引っかかって集中が出来ずにいた私。そんな様子を見かねたのか、街を歩いている途中、アマツが突然に口を開く。
「なんか今日はこれ以上調査しても駄目そうだね~~ イーナ心が乱れてるよ~~」
「ごめん、なんかずっとさっきのことが引っかかっててさ」
「……仕方無い、今日の調査はこのくらいにして、一度宿に戻るか。例の件どうするべきか話し合おう」
「それが良いですね! その方がきっと皆スッキリするでしょうし!」
皆にも気を遣ってもらっているのが伝わってきて何とも情けないというか…… まあ、ただ気になっているのは事実だし、実際まだ私も迷ってはいる以上、そうしてもらえるのはありがたい。
結局、その日の調査はまだ明るいうちではあったが、早めに切り上げて一度宿で話し合いを持つと言うことで決まり、宿へと帰ることにした。
そして、宿への帰途、大通りを歩いていた私達は街に起こっていた異変に気が付く。なにやら先ほどからやたらと魔道士達の姿を見るのだ。それもなにやら慌てているような、そんな様子。何かあったのだろうか。
まさか…… さっきの少年がらみの……
「おい、早くしろ! 出動命令だ!」
「怪しいモノが見つかったって……」
魔道士達の会話に耳を傾けると、そんな台詞が聞こえてきた。怪しいモノ…… まあ、少なくともさっきの少年がらみの案件ではなさそうである。魔道士達は一様に街の外の方に向かって駆けていっていたからだ。
いや…… 街の外…… 怪しいモノ…… まさか……!?
「アマツ!」
もうすでにアマツも察していたようで、言葉こそ発さなかったが、その焦りは表情から読み取れた。もし、私の想像があっていたとしたら…… これはなかなか…… いや、非常にまずい事態になりかねない。
「おい、アレを見ろ!」
街の住人が急にざわつき空を指さす。市民達の視線の先には私達をここまで運んでくれた飛空船。もはや言うまでもない。間違いなく、最悪の事態だ。




