104話 ラングブールの壁
もっとタルキスを満喫したい。だが、いつまでも道中で油を売っていると言うわけにも行かなかった私達は、後ろ髪を引かれるような思いでタルキスを出発した。早朝であるにも関わらず、王やミズチ、それに兵士達が私達の出発を見届けてくれ、私達を乗せた飛空船は再びアレナ聖教国へ向けての舵を取りだしたのだ。
「ねえイーナ様! またタルキスに遊びに来ようね!」
だんだんと小さくなっていくタルキスの街を眺めながらルカが明るい表情でそう口にする。
「うん! アレナ聖教国の調査が終わったら、もう一回改めて来ようね!」
シャウン王国とタルキス王国は友好な関係を築いているという事もあり、王や兵士達も歓迎ムードで迎え入れてくれたし、何よりもタルキスは食べ物が美味しい。私だってもう一度、今度は観光にきたいものだ。
「それにしてもなんだか事態が深刻そうな様子でしたね…… 私達がここで考えていても仕方ない話ではありますが……」
神妙な面持ちでそう口にしたのはナーシェ。ナーシェが気になっていたのは、タルキスの王とミズチが交わしていた会話についてのことだろう。わざわざミズチがタルキスまで遣わされた理由。ブレイヴと初めて会ったときの会話、そしてタルキスでの話の流れから推測するに、タルキスやシャウンに、帝国とやらの侵略の手が伸びようとしているのだろう。その帝国の名は確か……
「エルナス帝国…… ナーシェ、その名前は知っているの?」
「ええ、アーストリア連邦の北東部に位置する大国、エルナス帝国。特に最近、勢力を拡大してきていて、周辺の小国を勢力下に取り入れながら、連邦にも何度も牽制をしてきている…… そんな話は聞いたことがあります」
「帝国やら、白の十字架やら…… 物騒な話ばっかりで嫌になるね……」
「仕方無いんですよ。そういう世の中ですから……」
もちろん物騒なのは、私達がこれから向かうアレナ聖教国だって例外ではない。と言うよりも、シャウン王国が恵まれすぎているのだ。元々私が暮らしていた世界に比べれば、まだまだこの世界は発展途上。そんな中でもまだ治安の良いシャウン王国に、最初に来られたのは私にとって紛れもなく不幸中の幸いと言うべきであろう。
「そんな難しい顔してどうしたの2人とも~~ もうすぐラングブールだよ~~!」
無邪気な様子で私達の下にやって来たアマツ。アマツが口にしていた聞き慣れない言葉に、私は思わず聞き返してしまった。
「ラングブール?」
「ラングブールは街を大きな壁が包み込んだ要塞都市なんです! かつての時代、まだタルキス王国が戦火に飲まれていた頃、周辺国からの侵略を幾度も阻んだとされる伝説の壁なんですよ!」
「ほら! 見えてきたよ~~!」
アマツが窓の外を指し示す。眼下に広がっていた平原は、ちょうど私達の進路と同じ方向、山々に向かってだんだんと狭まっていく。連なる二つの山々が合流した先、そこには大きな、それは大きな壁が堂々と立ちはだかっていたのだ。
「すごい! アレがラングブール?」
まさにダムの壁の様に堂々と立ちはだかる壁。かつて幾度となく周辺国の侵略を食い止めてきたという話も、すんなりと受け入れることが出来るようなそんな光景が眼下には広がっていたのだ。
「そうです! そしてラングブールはタルキスの東の端。つまり、ここから先は連邦の勢力下を抜ける……」
「ここから一切の油断は禁物ってことね!」
だんだんと近づいてくるラングブールの壁。アレを超えれば、タルキスの領土は終わり。ここから先、どんな危険が待っているか、それは誰にもわからないのだ。何せ比較的安全と呼ばれている連邦を抜けるのだから。
そして、私達を乗せた飛空船はゆっくりとラングブールの上空を飛んでいった。空からでも伝わってくるラングブールの街の賑わい。ラングブールが、そして切り立つ壁がまるでこれからアレナ聖教国の支配下へと入る私達を見送ってくれているかのような、そんな感覚のまま私は眼下を黙って見下ろしていた。
流石に私も少し緊張してしまっていたのか、私の様子を伺うようにルカが顔を覗かせる。
「イーナ様……? 大丈夫?」
「大丈夫だよ! 気合い、入れていかないとね!」
「うん! 待ってろー アレナ聖教国! 白の十字架!」
私の言葉に、気合いを入れる素振りを見せながら、テンション高めにそう口にしたルカ。それが私には微笑ましいというか、何というか…… 少し緊張していた心をほぐしてくれたのだ。そう、この先たとえどんなに困難が待っていようとも、私達はきっと大丈夫だ。何せ私にはこんなに頼れる仲間が沢山いるんだから。
そのまま、飛空船はゆっくりと、ラングブールの壁を越えていった。私達を乗せたまま。




