100話 もう一つ、上のステージへ
遂に100話!
「集中力……」
「そうだ。マナを制する者が戦いを制する。それはイーナ、お前もよくわかっているだろう? マナを使いこなすために、必要なのは集中力だ。それを高める方法はいくつかある。例えば……」
そう言うと、ミズチは自らの剣を私に見せびらかすように身体の前で掲げたのだ。そして、私に向かって小さな声で告げる。
「剣先を見てろ」
ミズチに言われるがままに、ミズチの剣の先に視線を向ける。だんだんと周囲のマナがミズチの剣先に集まっていくのを感じる。すぐにミズチの剣の先には小さな水の玉ができた。ビー玉ほどの小さな水の玉。ミズチの得意とする水魔法というやつなのだろう。そして、ビー玉ほどの水の玉は周囲のマナを吸収するようにエネルギーを増していく。
ただ一つ、妙だったのは、一向に水の玉が大きくなるような気配がなかったのだ。私も今まで魔法を使ってきたからこそわかる。その光景の異質さに。
「どうして? どうしてそれだけマナが集まっているのに…… そんな小さな形のままなの?」
普通マナを集めれば集めるほど、魔法の威力は上がっていく。つまりは、魔法の規模も大きくなっていくはずなのだ。だが、ミズチの魔法は一向に大きくなっていくような気配は見られない。マナが集まれど集まれど、ずっとビー玉サイズのまま。恐ろしいほど強大な力を秘めているのはすぐにわかったが、一向に大きくならない水の玉が私にとっては不思議で仕方が無かった。
そして、ミズチが剣を振り下ろすと、一瞬で水の玉は姿を消したのだ。まさにマジックのような、そんな光景が私の目の前で繰り広げられていた。
もちろん私だって指先で炎の玉を作ることくらいは簡単にできる。だが、ミズチの場合、指先ではなく、剣の先。ミズチにとっては剣も身体の一部と言えるかも知れないが、身体からあれだけ離れた場所で、あれほどの高密度な魔法を小さい玉のまま保つことが出来るということが、どれだけすごいことか。
「マナを一点に集中させる。言葉にすれば簡単に思うかも知れないが、実際にやってみると、緻密なマナのコントロールが必要になる。つまりはより高い集中力が必要になるということだな」
「ありがとうミズチさん! やってみるよ!」
見よう見まねで私も剣の先に意識を集中させる。すぐに小さな火の玉が生成するものの、その時点で大分キツイ。何せ魔法の形を保つだけでも精一杯なのである。指先とは違って、剣の先ともなればマナをコントロールするということの難易度は一気に上がる。そして、生成した火の玉は、すぐさま霞のように消えていったのだ。
「まあ最初はそんなもんだ。むしろ、最初からそこまでのコントロールが出来ると言うことがすごいくらいだ。これならば、1人でも出来るだろう? あとは……」
身体の無駄な力を抜く。ミズチ曰く、私の所作にはまだまだ無駄な動作が多く、結局それは体力の浪費であったり、またその分動作が遅れたりしている原因となっているらしい。こればっかりは実践で鍛えていかなければならないと言うことで、結局その日は一日、ひたすらにミズチとの仕合を繰り返したのだ。
「……そろそろだな」
ミズチとの特訓はあっという間だった。剣を振るえども振るえども一向にミズチに届く気配はなく、もしも実戦だったとしたら、私は何度死んでいたのかわからない。それほどまでに完膚なきまでにミズチにたたきのめされた。
だけど、その分得られたものも大きかった。ミズチの剣と相対しているうちに、ミズチの剣を間近で見ているうちに、次第に私も何となくではあるが体の使い方、そしてミズチの言う集中力というものが少しだけ身についてきたような気がしていたのだ。もちろんすぐにどうこうという話ではないだろう。それでも、少しだけ、ほんの少しだけ、確かにミズチの剣について行けた瞬間はあった。それが私にとっては何よりも大きな収穫だった。
「……はぁはぁ…… ありがとう…… ミズチさん」
息もすっかり切れた私。対照的にミズチは全く疲労しているような様子もなく平然そうにしている。なるほど確かに話に聞いていたとおり、ミズチの力というのは凄まじいものだ。同じ使徒であるはずなのに、これほどまでに力の差があるのだから。
ずいぶんと重くなった身体を引き摺るように何とか宿へと戻った私。部屋にたどり着くなり、私は床へと崩れ落ちた。
「……もう無理……」
「もう無理!」
同じく横に崩れ落ちていたのはルカ。ルカもアマツに相当絞られたのか、すっかり疲れ果てて動くことすら億劫な様子であった。
「あら~~ 2人ともそんなにへばっちゃって~~ 珍しい~~」
ニヤニヤと笑みを浮かべるアマツに、ルカが寝そべったまま声を上げる。
「だってアマツ、スパルタ過ぎるよ!」
「でもルカ~~ もっと、強くなりたいんじゃないの~~? 憧れのイーナ様に追いつくために~~」
「うーー! いいもん! すぐに強くなってみせるんだから!」
どうやらルカの方はまだまだ元気そうだ。これなら心配もいらないだろう。そして、すっかり疲れ果て、床に転がっていた私達に、部屋で1人調べ物をしていたというナーシェが優しく言葉をかけてきてくれた。
「あんまり無理はしちゃ駄目ですよ。休息も修行と同じくらい大事ですからね! ということで、どうでしょう? 食事の前に、皆で温泉に行きませんか?」
「温泉!? 行く!」
温泉という言葉に反応し飛び起きたルカ。全くルカの体力というのも恐ろしい。だがしかし私だって、温泉と聞けば身体に力も湧いてくる。
「私も行くよ!」
すっかり重くなった身体を起こし、私は皆と一緒に温泉に向かう準備を始めた。




