第1話 理想の彼女・・・語り、保志継亮
理想の彼女・・・語り、保志継亮
「どっかに可愛い娘いないかなー」
ナリ、こと葵木里成の帰り道でのいつもの台詞。ナリは髪の毛をセンターで黒と金に染め分けているという見た目はパンク、ビジュアル系。だが、中身は優柔不断すぎて、見た目に騙された女に告られては、すぐに振られるタイプ。女がナリを振るときの台詞は決まっている『はっきりしてよ!』そういわれてもな。最近の女は強くていかん。ま、俺ははっきりした女が好きだけど。
「いたって声かけらんねーだろ」
一方の俺、保志継亮は女友達は多いが、本命の女には必ず逃げられるタイプ。何がいけないのか・・・?
女が俺を振るときの台詞は大概『一体誰が本命なの?』になる。おまえだよ、おまえ!
五月の終わり、いい加減に暑苦しい学ランと弓道着をはためかせながら、チャリで正門を抜ける。着替えるのが面倒だから、俺の登下校は大概弓道着姿だ。部活が終わったあとの帰り道なのに、正門からの真っ直ぐな道は八割がたカップル。正直、目障り。
「いや、かける!今度好みの娘見かけたら絶対声かける!」
「それ、いつも言ってんじゃねーか」
これもいつもの会話。なぜ、彼女はできないのか?それは高校に入ってからの俺たちの変わらないテーマらしい。いや、正確には、なぜ、男女交際は長続きしないのか?だな。
「そういえば、匡弥たちは?」
「匡弥はまだ練習してんだろ。あいつ、部活命だぞ」
ナリ、俺、それに半沢匡弥、尾野明紘、枚田朝斗、我妻和騎の6人は幼馴染で、幼稚園のときからこの高校まで、ずっと一緒の学生生活を送っている。
「じゃあ、アキは?」
「バイト。朝斗は先帰った。和騎は校門で彼女と待ち合わせ」
帰りは大概6人のうちの誰かと一緒になる。普段は全員チャリ通で、しかも一番遠い俺と朝斗の家でさえチャリで十分以内のところにあるので、帰りはいつもこんな感じ。話題は大概“彼女が欲しい”。なんたって、和騎以外は彼女がいないし、たまに出来ても速攻別れる(振られる)から。
「なんでだろう・・・どこで和騎との差が?」
「んー?」
実は俺も時々思っていた。俺たちは3歳のときからほぼ毎日会って、一緒に生活してきたのに、一体もてる和騎とその他5人の差はどこでいつ生まれたのだろう、と。
「確かに和騎スポーツ万能で真面目だし・・・優しいっちゃ優しいけど、そんなら匡弥のほうが・・・背だって匡弥や朝斗のが高いし・・・」
なんて俺がぼんやり考えていたら、ナリが急に叫びだした。
「おあー!」
「は?なに?」
振り返ると、ナリは思いっきり真後ろを向いていた。そして、道は急な下り坂に差し掛かり、チャリのスピードは一気に上がろうとしていた。
「継亮、今の見た?」
ナリが真後ろを向いたまま言う。
「今のって?・・・ってか前見たほうがいいぞ・・・げっ!ナリ、電・・・」
言いかけたが、ナリのチャリのほうが速かった。
ぐわっしゃん!
電信柱に正面衝突したにしては微妙な音がして、ナリが自転車ごと倒れた。
「ナリ!」
俺は正直、ナリ本人よりも、ナリが持ってた高そうなカメラのほうが心配だった。
「はう・・・しふぉんちゃん・・・♡」
「は?何?」
俺はとりあえずナリとチャリを引き剥がして起こした。たいした怪我はなさそうだが、ナリは完全におかしくなっていた。あ、カメラも大丈夫そう。
「・・・参ったな」
言うと同時に英雄が現れた。いつもながらのナイスタイミング!
「継亮、ってか、ナリ、どうした?」
アニメかっ!て突っ込みたくなるくらいめっちゃ可愛い美少女を連れた英雄。しかも、手とか繋いじゃってる。おいおい。
「和騎~・・・いや、俺もよくわかんねーんだけど、急に叫んで、真後ろ向いて走ってて電柱に激突した」
俺が勝手に英雄と呼んでいるこの男。我妻和騎は俺たち6人の中で間違いなく一番もてる。なお且つ、常に彼女もち。身長は175センチで6人の中では一番小さいけど、きれいに日焼けした褐色の肌と、漆黒の髪の毛。走ることをこよなく愛する真面目な陸上部部長。
そんな和騎に女が言う台詞も大概決まっている『我妻君って最高』・・・なんでだよ?理由言え、理由!
「ナリ~起きろ~」
和騎がしゃがんでナリを抱き起こす。
「しふぉんちゃん・・・」
「は?」
「しふぉんちゃん・・・」
謎の言葉を呪文のように繰り返しながら、ナリは自分で立ってチャリに乗ろうとした。目がどっかいってる・・・ってか、まだ真後ろ見てる。
「ナリ、やめとけ。チャリは俺が持ってくからバスで帰れ」
和騎はナリからチャリのハンドルを奪う。ナリは大人しくされるがまま。
「ひとりでバスも心配だな・・・」
頭のおかしくなったナリをどうやって家まで連れて行くか考えているところにさらに英雄(・・・でもないか?)
「みんな・・・なにやってるの?」
「おう、匡弥!」
現れたのは半沢匡弥。一年中外にいるのになぜか日に焼けない。身長182センチだけど、俺に言わせればちょっと痩せすぎ。欠点らしい欠点がないのになぜか女に振られる。授業中はほぼ寝ているにもかかわらず、なぜか俺たちの中で一番頭が良くてスポーツ万能な野球部部長。部活をするためだけに学校に来ているといっても過言ではないくらい部活にすべてをかけている。でも、髪型は定番の坊主ではなくスポーツ刈り。
そんな匡弥が振られるときの台詞は十中八九『貴方って優しすぎるの』女ってよく分からん。
匡弥も学ランではなくジャージ姿。天気がいい日はかるく走って帰るのが日課だ。丁度良かった。これならナリをバスで送ってもらえる。
「いや、ナリの頭がちょっとおかしくなっちゃって」
「大丈夫?」
「わかんねぇ」
翌日
ナリに会ったのは、朝練が終わって教室に入ってからだ。ナリは写真部だから、朝練がない。
「ナリ、大丈夫か?」
「継亮!昨日の!みた?」
俺を見て目を輝かせるナリ。ちょっと、気持ち悪ぃから!
「あ、悪ぃ、見てない・・・ってか、なにを?」
ナリは一応正気に戻りつつあるようだ。少なくとも、妙な呪文は唱えてない。
「シフォンちゃん!」
「はい?」
思いっきり眉を寄せた俺に、ナリはケータイの待ち受けを突き出した。そこには、ミディアムロングの金茶髪で、色が白くてフワフワって形容がぴったりなアニメのキャラみたいなのが映っていた。
「うん・・・シフォンちゃんね」
よくは理解できなかったが、ナリは半分オタクだから、俺はとりあえず頷いておいた。これはきっと今ナリがはまっているアニメかゲームのキャラなんだろう。
「そっくりだったんだよ!昨日見た女の子!」
前言撤回。ナリは正気にもどりつつない。現実と妄想がごっちゃになってる!いよいよやばい。前からちょっとやばかったけど・・・。
「これに?まさか!ってか、女に見惚れて電信柱にぶつかるなんて、ベタなパターンにはまってんじゃねーよ」
俺は言ってはいけない一言を言ってしまった。ナリは自称“ガラスのハート”の持ち主だから、普段は俺のきつい言葉にいちいち傷つく。だが、今日のナリは傷つかない。なんたって頭の中は“シフォンちゃん”でいっぱいだから。
「まじだって、柚木の制服着てて、黒髪で、あ~ぜったいシフォンちゃんだ♡今日も会えるかな」
柚木高校は俺たちの学校からチャリで十五分くらいのところにある、とてもきれいで新しい学校だ。制服が県内一可愛いといわれており、柚木の女の子と付き合うのはある意味憧れ。俺は年上好みだから高校生はお断りだけど。
「おはよう、ナリ、大丈夫?」
自分で作った究極の朝練を終えてきた匡弥と、同じく朝練組のテニス部部長、枚田朝斗。この二人は大概一緒に教室にやってくる。俺も朝練組だが、主将の権限で、我が弓道部の朝練は他の部活よりも十五分短く設定してある。袴から学ランに着替えるのに意外と時間がかかるから。
そう、俺たち6人はなぜかみんなそれぞれ部長に就任している。3年生が早々と引退したという、いかにも弱小高校っぽい理由だが。明紘だけは帰宅部だけど、学校外の社会人チームでバスケをしてる。自分の腕を試したいのだそうだ。そんなアキを見ていると、俺は少し置いていかれた気になる。
「ナリ、なんかあったの?」
昨日のことを知らない朝斗。オレンジに近い茶色に染めた髪の毛と、左の前髪を留めているスマイリーのヘアピンがトレードマーク。ものすごい自由人で一見一匹狼風の雰囲気が女にもてるが、自分本位過ぎてすぐに別れることになる。そんな朝斗への別れの一言は『ほんとに私のこと好きなの?』ここで彼女を抱きしめたら引き止められるのに、それをしないのが朝斗だったりする。惜しいよ、お前。
「ああ、昨日女に見惚れて電信柱に激突した」一番近くで目撃した俺。
「まじ?ちょっと大丈夫?」
「大丈夫・・・シフォンちゃんみたから・・・」
ナリは大丈夫なのかどうか微妙だが、それとは関係なしに、一時間目の歴史の授業が始まった。
三時間目の英語が終わり、午前中最後の授業、体育。しかも陸上。
「だりぃな・・・俺、走れないわ」
他のみんなと違って競技中に走ることのない弓道部員の俺は走るの苦手。
でも仕方なく校庭に集合。体育は隣のクラスと合同授業のため、ここで6人全員が顔を合わせることになる。俺、ナリ、匡弥、朝斗は三組で、和騎とアキ、こと尾野明紘は四組だ。
「ナリ、大丈夫か?」
和騎に会って、ナリは今日四度目の“大丈夫?”を言われた。
「ちょっと頭おかしくなってるけど、大丈夫そうだよ」
ナリがケータイ画面の“シフォンちゃん”に夢中なので代わりに朝斗が答える。
「アキは?」
「遅刻?」
匡弥の質問に、和騎は疑問文で答える。
「いや、セーフセーフ!」
ぱつぱつの体育着で息を切らせて走ってきたのはもちろんアキ。アキはほぼ毎日遅刻している。一時間目の授業にアキが出ていたらその日は雨が降ると決めてもいい。俺はそれに昼飯を賭けて、今まで幾度勝ったことか。
「セーフじゃねぇだろ!」
「もう四時間目だよ」
俺の厳しい言葉と、匡弥の優しい声が交差する中で、アキは息を整えた。
アキはいい男だった!そう、過去形。なんたって今のアキは身長176㎝なのに、体重100キロに限りなく近い!昔は走るのも俺よりずっと早くて、陸上部の和騎と張り合えるくらいだったのに、今はもう無理。そんなアキに女が言う台詞も決まりきっている。『昔の尾野君の方がよかった』俺もそう思うよ。
こんな具合で俺たちの毎日は女に告られたり振られたり、たまに告ったり、また振られたりで構成されている。で、俺たち6人がどんな男か大体分かった?