表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/34

作戦2:不貞行為(2)

 オルゴールの鍵を回す。

 蓋を持ち上げれば、馴染みある優しい音色が流れた。穏やかな夜にぴったりな曲だけれど、今は音楽を楽しむために開けたのではない。


 箱型のそれには、折りたたまれた紙と小瓶が入っていた。取り出し、次の依頼書を入れて鍵を締める。これを私室の机に置いておけば、いつの間にか中身が消え、また頼んだ物が現れる。

 まるで魔法のオルゴールだ。


 実際は私の実家、フォレステン侯爵家の諜報員と通じる箱である。

 当主である父にしか仕えない、他の者には姿も見せない相手だからこそ、こんな面倒なやり取りをしなければならない。


 修道院での一件は、彼等によって直ちに父へ知らされた。

 怒られるかと思いきや、逆に協力してくれるらしい。諜報員を数名貸してくれた。

 それだけ父も、サミュエルの現状を憂いてるのだろう。


 取り出した紙を広げる。エドウィンについての調書だ。

 簡潔に書かれた文章へ目を通す。


 事前知識の通り、プロイル男爵家の嫡男で爵位継承予定。家族構成、財務状況は特に問題ない。領地経営に携わりながら、皇城勤務もこなしている。いずれの評価も概ね良し。

 うん。男爵家ではあるけれど、次の結婚相手として悪くない。


 12年前……コーラルク伯爵家の茶会で同席している。

 あまりに昔の事で記憶が曖昧だ。彼は伯爵の甥でもあるから、紹介くらいされただろうか。


 かさりと紙がズレる。一枚かと思っていたら、二枚だったようだ。この件で続く情報がある事に些か喜び、紙を前後入れ替える。


「…………えっ」


 思わず声が漏れた。


『エドウィンが成人した際、エレノアが未婚であった場合の結婚を約束。


 特記事項

 エレノア皇太子妃への異常行動

 ・スケジュール調査

 ・一部の公務及び夜会における尾行、監視

 ・使用済グラスの収集

 ・容姿を似せた人形の作成

 ・着用ドレス及び装飾品の複製

(以下、本年コーラルク伯爵家舞踏会より)

 ・人形の処分

 ・新規ドレス及び装飾品の作成

 ・私室付近への立ち入り ※1

 ・連日の手紙及び不審物の送付 ※2


 サミュエル皇太子への異常行動

 ・連日の手紙及び不審物の送付 ※2


 ※1 皇太子付き近衛騎士により退けられる

 ※2 皇太子付き補佐官により廃棄 』


「…………」


 一旦、紙の前後を戻した。

 息を吸い、吐き出す。


 やり直すように、もう一度同じ動作をした。

 書いてある内容は変わらない。


 紙を裏返し、表へ返す。

 やはり書いてある内容は変わらない。




 ―― コンコンコンッ


 肩が跳ねる。

 ただ扉がノックされただけなのに、胸が嫌に大きく鳴った。


「エレノア様、寝室へ。サミュエル殿下が戻られます」


 侍女のゾーイだ。無意識に息をつく。

 私は何を恐れているのか。


「今行くわ」


 紙に火をつけ、暖かくなり使っていない暖炉へ捨てた。小瓶は鍵付きの引き出しへ入れる。

 廊下ではなく続き部屋への扉を開けると、ゾーイが待っていた。


「ほら、急いでください。殿下をお待たせ出来ませんから」


 急かされ、彼女ともう一枚扉をくぐり寝室へ入る。

 修道院での一件以来、ゾーイは何かと私よりサミュエルの肩を持つようになった。扱いも何だか雑だ。


「まだ怒ってるのね」

「怒っています」

「どうしたら機嫌を直してくれるかしら」

「この痴話喧嘩を終わらせていただければ、機嫌は直ります」

「喧嘩なんてしてないわ」


 私がソファに腰掛け、ゾーイや他の侍女が照明を減らしたところで、サミュエルが入ってきた。入浴後のため、少し髪が湿っている。


 彼の合図で皆が下がっていく。グラスにワインを注いだ侍女が部屋を出ると、二人きりになった。


 いつものようにサミュエルが隣へ腰を下ろす。私は座り直して距離を取った。


「……どうした」

「いえ、貴方にも近寄らない方が良いかと思いまして」


 貴方に“も”とは、先日近寄るなと注意されたエドウィンと並べている。


 先ほどの調書、私室へ近づいたエドウィンを追い返したのも、送付物を廃棄したのも、サミュエル付きの者と書いてあった。

 つまり、彼の近衛騎士が私の部屋付近を巡回し、補佐官が手紙をチェックしている。


 監視。この一点において、サミュエルはエドウィンより上だ。私の行動で不利益を被らないか、見ているのだろう。

 修道院への手紙がすり替えられて当然だった。


「そうかも知れないな」


 彼は楽しそうに笑い、グラスを傾けた。今さら監視に気づいたと笑われている気がする。


 ワインは私の分も用意されていた。けれどエドウィンの件がショックで、食欲も何もかも減退している。飲む気にならない。

 眉を寄せてグラスを眺めていると、頰に触れられた。


「疲れているのか」

「……それほどでもありません」


 手から離れるように顔を背ける。

 サミュエルはグラスを置き立ち上がると、私を抱き上げた。


 騎士に混じって剣術の訓練をするような人だ。女性一人、苦もなく運んでいく。

 フワリとベッドへ降ろされた。


「君はもう寝ると良い」

「……サミュエル様は?」

「添い寝が欲しいか」

「…………いいえ」


 シーツを被り、彼に背を向ける。

 頭を撫でられた。


 手が離れても気配を追ってしまう。

 一度ソファの方へ行き、灯りを消しながら戻って来る。


 ベッドが揺れると、温もりに包まれた。

 耳元で囁かれる。


「エレノア、良い夢を」

「………おやすみなさい」


 再び頭を撫でてくれる手が、ざわついた胸を静めていく。

 優しさにくるまれ…………分不相応に、心地よい眠りについた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ