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作戦2:不貞行為(1)

※ 注意 主人公が他の男とベタベタします。



 

「僕と踊っていただけますか」


 前髪をさらりと流し、手を差し出される。

 様になり過ぎていて少し滑稽だ。


「ええ、喜んで」


 淑女然とした微笑みを向け、手を取る。

 ダンスホールへ下りてステップを踏んだ。


 まだ若いからか、リードはあまり上手くない。サミュエルと比べたら可哀想か。


「エレノア様と踊ることをずっと夢見ていました。今日という日を僕は忘れないでしょう」

「あら、もう何度も踊っていらっしゃるでしょう」


 ここしばらく、夜会で会うたびに踊っている。男爵令息である彼に、皇太子妃への敬称を外すことも許した。


「美しい貴女と過ごす時間は、全て忘れられないものです」

「まぁ。お上手ですのね」


 お世辞も白々しい。

 私は平凡でつまらない顔だ。化粧と衣装、立ち居振る舞いでごまかしている。


 踊り終え、そのままテラスへ移動する。

 既婚者相手に、手を引くのではなく腰を抱いてエスコートしてきた。望み通りではあるものの、手つきがどことなく気持ち悪い。


 外は思ったより暖かかった。空には霞がかかっていて、朧月が柔らかい光を落としている。


 エドウィンが私の髪に触れた。

 ……それはまだ許していない。けれど、先のことを考え良しとしておく。


「話を…伺っても?」


 短すぎる髪、疑問を持って当然だ。彼はよくこの髪に怯まず来てくれた。


「ぁ…」


 目を伏せ、握りしめた手を胸に当てる。


「…………ごめんなさい」


 ハンカチを取り出し、顔を背け目元を拭う…振りをした。


「……皇太子殿下と何か?」

「…………」

「やはり、噂は本当でしたか」


 隠れてペロリと舌を出す。泣いてる振りして黙っていれば、誰も彼も都合良く解釈してくれる。


 元より、じきに皇太子夫妻が離婚するとは噂されていた。私が異常なほど髪を短くした事により、それは真実味を帯びたようだ。

 夫に別離を望まれ、ショックのあまり髪を切ったと。


 腰へ回された手に力が込められる。

 より身体が密着し、慣れない香水の香りがした。あまり好きじゃない。


「僕に、貴女の心を癒す特権を下さい」

「……お優しい言葉、ありがとうございます」


 特権をあげますよ、フライングさん。


 私達が離婚するとなれば、皆が放っておかない。再婚相手に何人も名乗りを上げてくる。

 サミュエルは言うまでもなく、私も宰相フォレステン侯爵の娘だ。有力貴族と縁を結びたい者などいくらでもいる。


 ただ、まだ実際に別れてもないのに言い寄ってくる人は少ない。今は彼エドウィンくらいだ。


「そんな事を言ってくれるのは、貴方だけです」


 肩へ寄り添う。サミュエルと違う高さで慣れない。

 普通ならパートナー以外とはあり得ない密着の仕方だ。今はもっと近づく必要がある。


 離婚を実現するため、彼にはある事をやってもらいたい。

 有り体に言えば、私と一線を超える事だ。


 不貞行為。昔なら妻が行えば姦通罪で即死刑となった。けれど、今は違う。三代前の皇帝が法を改め、賠償金と離婚請求に応じる事で許されるようになった。


 離婚請求するかは被害者の自由だ。とは言っても、皇太子妃が不貞を行なえば周囲が黙っていない。サミュエルの意思に関わらず離婚の話が進む。

 まぁ、他の男が触れた女との離縁、彼が拒む事も無いだろう。


「エレノア様……」


 問題は近衛騎士だ。無事に事を済ますには、四六時中ついてくる彼等の目を避けなければならない。


「初めて会った日のこと、覚えていらっしゃいますか」


 簡単なのは私とサミュエル用の休憩室へ連れ込み、近衛騎士を廊下で待たせる方法。けれど、これではサミュエル自身が邪魔してくる可能性もある。


「えぇ、もちろんです」


 皇城に訪問してもらう手も同様。

 逆にこちらが男爵家へ訪問する事も、また難しい。皇太子妃を招く準備など出来ないだろう。


「もう、12年も前になりますね」


 ………は?

 思考が止まる。突然なにを言い出したんだ。


 彼と会ったのは2ヶ月前、コーラルク伯爵の夜会だったはず。

 12年前なんて私は社交デビュー前の14歳、彼は9歳の子供じゃないか。


 真意が掴めず、曖昧に微笑み返す。


「覚えてくれていて、とても嬉しいです。2ヶ月前の挨拶、名乗る前にエドウィンと呼ばれ……もしかしたらと思っておりました」


 エドウィンは私の混乱に気づかず、染めた頬を掻いている。何故か背筋がゾクゾクと冷えた。

 確かに、名前を呼んだ。各家嫡男の名前と特徴は暗記している。12年前?何のことやら。



「エレノア妃殿下」


 ふいに後ろから声をかけられる。

 振り向くと、こげ茶の髪をした青年が立っていた。


「これはベンシード伯爵。ごきげんよう」

「……皇太子殿下がお呼びです」


 無表情で、エスコートのために手を差し出される。有無を言わさぬ雰囲気は、僅かにサミュエルと似ていた。


 彼は伯爵と言えど、まだ十代の若者だ。サミュエルの補佐官をしている。お気に入りらしいから、優秀なのだろう。

 夜会でさえ手足となって、ご苦労様。


「ごめんなさい、エドウィン様。またお会いしましょう」


 彼の胸を名残惜しそうに撫でる……振りをしながら押し離し、伯爵の手を取った。


 とても良いタイミングで来てくれた。エドウィンの意味不明な発言は、どう返せば良いか分からない。

 少し調べる必要がありそうだ。


 テラスから屋内へ戻り、ダンスホールの脇を抜ける。

 やたら目立つ場所にサミュエルはいた。私と違い、多くのフライングさんに囲まれている。


「あそこで、私を呼んでるのですか?」

「………」


 嫌な予感がする。

 足を止めようとしたけれど、ベンシード伯爵が器用に手を引き止まらない。


 令嬢をかき分け、サミュエルの下へ辿り着いてしまった。

 慣れた手つきで腰を引かれる。


「可愛い妻の機嫌を損ねてしまったようだ。失礼させてもらう」


 心底愛おしそうに、私の髪へ頰を擦り付けた。取り囲む令嬢等の顔が歪む。

 ここにいる全員が思っただろう。噂は噂に過ぎなかったと。


 やられた……。

 噂が払拭されれば、私へ言い寄ってくれる人もいなくなってしまう。


 その場を離れるサミュエルと歩きながら、テラスの方を見た。戻ってきたエドウィンと目が合い、笑顔を向けられたので笑顔で返しておく。

 次に会う時まで、同じ顔でいて欲しい。噂を信じたまま迫ってくれないと、計画が白紙に戻る。



「……どこを見ている」


 冷たく、低い声が落とされた。


 サミュエルが怒っている? 既に手垢のついた女と思われただろうか。

 それで離縁を言い渡されるなら、願ったり叶ったりだ。

 …………胸が痛くなんて、なっていない。


「ご存知でしょう? わざわざベンシード伯爵を使って、邪魔したではありませんか」


 口元を隠した。

 きちんと笑えているか自信がない。


「あの男には近寄るな」

「そんなの私の自由でしょう」

「君は、俺が人を斬るところを見たいのか?」


 思わず目を見開き、サミュエルの顔を見た。悠然とした紳士の微笑みだ。


 ……何かタチの悪い冗談だろう。私の驚く顔が面白いのか、彼は時々こういった事を言う。


「物騒な事を仰らないで」

「君も物騒な事をするな」

「していません」

「エレノア」


 サミュエルが立ち止まる。

 いつの間にか会場を出て、外だった。帰りの馬車も用意されている。

 彼の笑顔が消え、代わりに冷たい眼差しを向けられた。


「もう一度言う、あの男には近寄るな」


 ぼんやりした月明かりに世界が霞む中、サミュエルの瞳だけは澄んでいて、鋭く輝いた。

 つい迫力に気圧される。


「………考えておきます」


 顔を逸らして答えた。



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