回想:始まりの日(1)
サミュエル様視点です。
白い衣装の娘達が、揃ってくるりと回った。
裾が広がる様は、花が一斉に開花したように見えて美しい。
社交デビューを迎えた彼女達のダンス。技巧的ではないが、独特の華やかさに人々の注目を集めている。
その中で一人、初々しさのカケラも無く、完璧に踊ってみせる令嬢がいた。
彼女が、エレノア・フォレステンか。
計算された形に揺れる髪は、太陽を移したような見事なブロンド。伯父のジャンター侯爵がエスコートしてる所を見ても、彼女で間違いない。
「いい女でも物色してるのか?」
無粋な質問を投げてきたのは、いとこ叔父にあたるマリチマ公爵だ。
夜会は始まったばかりだというのに、既に酒にのまれている。
「結婚するより先に、妾探しとはな」
「閣下。俺は妾を迎える気などありませんよ」
彼は妾を4人抱え、子を11人も成した。
帝位と違い、爵位は養子に迎えた庶子にも継承が認められる。だから全くの無駄とは言えないが、……大変結構な事だ。
「ルクセン王国の姫と仲を深めているのだろう?」
「否定はしませんが……結婚するかは別の話です」
話は終わりと、その場を立ち去る。
出来上がってる公爵と話すほど、無駄な事は無い。
一人で歩いていれば、年頃の娘達がこぞって近づいて来る。その全てを躱し、父の側近であるフォレステン侯爵令息に声をかけた。
「彼女が貴殿の娘で間違いないな」
「……はい。しかし、よくよく見定められる事です」
眉を寄せ、明らかに歓迎しないという態度を取られる。
普通、第一皇子の俺が妃候補として娘に目をつけたなら、両手放しで喜ぶところだ。それなのに、彼は考え直せと言って、事を進めようとしない。
これが、逆に皇族への忠誠をよく表していた。
「娘によほど難ありか?」
からかい、わざと挑発する。
「そうは言いません。しかし、殿下には最も利益の少ない相手です。婚姻など無くとも、フォレステン侯爵家は身を賭してお仕えします」
利益が少ない……とは、確かにその通りだ。
しかし同時に、最も不利益が少ない相手とも言えた。
周囲はどうも、俺が婚約するのは貿易相手国、ルクセン王国の第一王女だと思っている。それが一番、メリットが大きいと。
だが、それは誤りだ。貿易交渉において、公にしていないカードがある。それだけで十分、皇国有利で話を進められる。
他の候補も大概同じ。
婚姻というカードを切る必要もない相手ばかり。
中にはメリットが残る者もいる。帝国の王女などがそうだが……彼女等を娶る事は、腹の中に蛇を飼うようなものだ。
リスクと照らし合わせれば、メリットも相殺される。
誰と結婚しても、大差ない。
いとこ叔父と違い、さして女に興味もない。
次期皇太子として世継ぎを残せるなら……相手は誰だって良い。
しかし敢えて選べと言われるならば、一番手間の掛からない相手を選ぶ。
「サミュエル皇子殿下、今宵はいかがお過ごしでしょうか」
ジャンター侯爵が約束通り、エレノア嬢を連れて来た。彼女の父親と違い、姪の縁談に大層乗り気だ。
「あぁ…そうだな。踊りたい気分なんだが、パートナーにフラれた所だ」
今宵は妹を伴って来たが、到着早々に姿を消された。婚約者譲りの失踪術で、今頃はもう会場にさえいないかも知れない。
程よく彼女が満足した頃、捕まえてやろう。
「ははっ。殿下の誘いを断るとは、世界広しと言えど快活な妹君くらいでしょうな」
そう言って、ジャンター侯爵は義弟に目配せする。
渋々といった態を隠しもせず、フォレステン侯爵令息が口を開いた。
「……それでは、不肖ながら私の娘がお相手になりましょう。本日デビュタントを迎えました、名をエレノアと申します」
紹介された娘が一歩前へ出て、挨拶する。
「エレノア・フォレステンでございます。殿下に拝謁叶いましたこと、大変光栄に思います」
エレノアは完成された所作で、完成された笑みを向けた。
成人したてのまだ幼さの残る顔とは、大分アンバランスだ。
これは……期待以上かも知れないな。
噂のフォレステン侯爵家流、教育術の賜物か。
成人するまで茶会にさえ滅多に出さず、辺境の領地へ閉じ込め、徹底的に教育する。
植え込まれるのは、臣下に求められる知識、技術、そして……忠誠心だ。
閉鎖的な空間で、ある種の洗脳が施される。
おかげか、フォレステン侯爵家の者は代々忠義に厚い。建国以来の重臣であり続けている。
もしこの娘が噂通り、全てを身につけた、忠誠心の塊であれば……?
妃としての務めは卒なくこなし、一方で寝首をかくような事もせず、愛だの恋だのと俺を煩わせもしない……まさに理想の妻だ。
さて、肝心の忠誠心について、進言通り見定めさせてもらおう。
エスコートのため手を重ねる。
堂々とした雰囲気とは不似合いな、細く、心許ない手だった。
「あら、すみません」
「失礼」
「申し訳ありません」
「何と謝れば良いのか……」
エレノアが謝罪を繰り返す。
それもそのはずだ。ダンスホールの真ん中で、彼女は幾度となく俺の足を踏みつけた。
遠目から見たダンスとは随分違う。明らかに、わざとだ。
普通なら怒って良い所だが、それが意味を成す相手とも思えない。意図を探るためにも、微笑んでやり過ごす。
俺の様子に焦れた彼女が、笑みは崩さないまま口を開いた。
「私、将来を誓い合った殿方がおりますの」




