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作戦5:犯罪行為(6)

 

「ぐぁっ!!」


 メニルク伯爵が呻き、私の身体へ倒れ込む前にベッドから蹴り落とされる。


 ばさりと、何かを投げつけられた。騎士団の紋章が入ったコートだ。私の姿を覆い隠す。

 サミュエルも土足で登ってきたベッドから飛び降り、伯爵を踏みつけ追い討ちをかけた。


 主人を討たれた黒装束の者が、当然のようにサミュエルへ襲いかかる。けれどベンシード伯爵が飛び出し、間へ入って弾き返した。

 背中合わせの二人が、ざっと見て十名の黒装束と対峙する。


 …………近衛騎士は!? どこにいるの??

 皇太子が、たった一人の共しか連れず、得体の知れない相手から……剣を向けられている?


 眩暈を覚え、次いで、もっと信じられない事実に気づいた。

 倒れてるメニルク伯爵は……血を流していない。


 …………模擬刀?


 騎士が訓練で使う、刃を潰した剣。サミュエルはそれで真剣を扱う者と向かい合っている。


 ―― ヒヤリ


 ふいに首筋が冷え、身が竦んだ。

 視界の端で、黒装束を着た男の腕と短剣が見える。ぐいと後ろへ下がらされた。


 サミュエルが鋭くこちらを睨みつける。

 それを合図に、他の黒装束等が彼へ斬りかかった。


「ぃ、いやっ………!!!」









「大丈夫。心配しないで」


 よく通る、やたら良い声で囁かれた。


 同時、サミュエルとベンシード伯爵が剣を振り、甲高い金属音が上がる。追うようにやって来た近衛騎士等も加勢し、次々と黒装束をなぎ倒して行った。


 まるで、人質などいないかのように。


 あらかた勝敗が決した所で、ゆっくり振り向く。見覚えのある、優しげな目があった。綺麗にウィンクされる。


「ロル……」


 名前を呼ぼうとして、後ろから口を押さえられた。感触で、顔を見なくても誰の手なのか分かる。

 振り返れば、動きに合わせて手が外された。


「サミュエル様?」


 思った通りの人がそこにいて、なぜか満足そうに微笑まれる。剣を鞘へ納め、額へキスを落とされた。そのまま、掛けたコートのボタンをとめてくれる。


 肩越しから、一人残らず倒されてる黒装束と、彼等を縛り上げる騎士が見えた。結局、ベンシード伯爵も近衛騎士も真剣を使わず、数でねじ伏せたようだ。

 扉の先から聞こえる音で、他の部屋でも似たような事が起きてると分かった。


「……どういう事ですか」


 サミュエルを喜ばせないよう、笑みを作って尋ねた。


 私が攫われたり、騎士がここへ来た理由を聞いたのではない。そちらは大方、予想できる。

 おそらく、彼はメニルク伯爵が行った悪事の全容を掴んだものの、表に出せる証拠が足りなかったのだろう。私を誘拐させ、妃救出という大義名分を得てここへ突入した。


 また、今後、第二皇子派が私に近づく事もなくなる。私がどう振る舞おうと、サミュエルの罠にしか見えないからだ。

 さらに、髪が伸びた後、不貞行為を試みるのも難しくなった。この状況は……メニルク伯爵が私に手を出そうとしたから、サミュエルの怒りに触れ、断頭台へ送られるようにも取れる。


 何から何まで、彼の思い通り。


「これの事か?」


 サミュエルが視線で剣を示し、私は無言で肯定した。

 模擬刀を使ったり、彼自身がこの部屋に現れた理由が分からない。


「君は、人の斬られる所など見た事がないだろう」

「……!!」

「目にすれば、その光景を忘れられなくなる」


 サミュエルが何でもない事のように言い放つ。その言葉に耳を疑った。

 遅れて、確かに彼が口にしたと理解し、怒りが込み上げる。


「そんな……そんな事のためにっ……!!」


 笑顔が崩れ、眉をつり上げてしまった。


「そう言うな。これが案外、大事なことだ」

「近衛騎士も連れず、一番に入って来たのは……!」

「妻の下着姿を見せびらかしたい夫がいるか?」


 くらり、倒れそうになり、抱きとめられる。痛む頭を押さえた。


「……御身をお考えください!!些事に囚われ、危険に晒すなど……許されません!!」


 サミュエルに今更こんな事を言う日が来ようとは。誰も、彼を止めなかったのか。

 ロルフやベンシード伯爵、近衛騎士等を見る。誰も目を合わせやしない。


 唯一、新たに部屋へ入って来て、書類を押収してるシモンと目が合った。けれど、殿下の意向ですからと、肩をすくめて返されただけだ。


 サミュエルが私の腰を引き、扉へエスコートする。


「何より、今はまず着替えると良い。君の侍女も連れて来ている」


 忠言を無視し、着替えを促される。確かに、いつまでもこの格好でいる訳にはいかない。

 けれど、大人しくついて行くのは癪だ。せめてと、サミュエルの腕から離れ……へたりと座り込んだ。


「エレノア?」

「…………」


 足に力が入らない。

 サミュエルがどうでも良い理由であんな事をするからだ。もし間違いがあって、彼が斬られていたら……?

 想像し、ゾッと鳥肌が立つ。


 支えて起こしてくれる腕に手を添え、翠眼を見つめた。


「もう二度と、こんな真似はしないでください」

「ふむ……同じ言葉を返そう」


 抱きしめ、落ち着かせるように頭を撫でられた。

 私が離縁しようと行動する時…………彼も同じ気持ちになるのだろうか。


 今回も、以前エドウィンに襲われた時も、サミュエルが状況をコントロールしていた。だからこそ、いくら恐ろしい目に遭おうと、この身には傷ひとつ無い。

 もし彼が干渉してなかったなら、私が無事だったか、正直分からない。


 言い返せず、ただ黙って撫でられる。

 いつの間にか、部屋には私達二人だけとなっていた。皆、気を利かせて一時退室したようだ。


「もう、やめます」


 呟きに、サミュエルの手が止まった。

 何となく顔を見られず、どこともなく眺めながら言葉を続ける。


「私も、危ない真似はしません」


 変な小手先を使うのは、終わりにしよう。どうせもう、ほとんどの手は封じられた。

 私と彼とが別れるべき理由で、別れる。


「……そうか」


 小さい、何の感情も乗らない相づちを聞いて、意味もなく胸が痛んだ。

 ようやく力が入るようになった足で、サミュエルから離れる。

 独りで部屋を後にした。



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