作戦5:犯罪行為(4)
手を引かれるまま壇上へ上がる。小さい階段を二つ登っただけなのに、景色が違って見えた。空が広い。
「それでは本日のメイン!麗しのエレノア妃殿下、大脱出ショーをお楽しみください!」
僅か目を見開き、つい、口上を述べた手品師を見てしまった。
だ、脱出ショー??余興の手品で?
後ろで何かが動く気配に、小さく振り向く。私の身長を優に越す高さの板が、ゆっくり持ち上げられていた。壁が出来上がる。
どうやら、大きな箱を展開した物の上に立たされていたようだ。
壁の両端から、黒いカーテンを被ったような衣装のアシスタントが幾人も出てきた。私の周囲をクルクルと幻想的に回り始める。
派手な音楽に合わせ、彼女等が左右の板も持ち上げた。
一度ひらけたはずの視界が塞がれていき、その圧迫感に息を詰める。鼓動が速まった。
……こんな衆人環視の中、危害を加えたりは出来ないはず。近衛騎士だってそばで見ているのだから。
毅然とした立ち姿を意識し、最後に正面の板が持ち上がるのを見つめた。
左右の板との隙間が無くなり、完全に閉じ込められた…………と思いきや、すぐに後方の板がパタリと開かれた。
まだアシスタントが箱の周りを回ってるようで、右から左へ彼女等が流れるのが見える。そこから二人抜け出て来た。
素早く私に黒い衣装を被せ、口布を当てる。彼女等と同じ服装だ。
そのままアシスタント達に紛れ込み、何食わぬ顔で舞台を下りた。
無人の箱に剣が刺し込まれるのを横目に、今度は屋敷の中へ連れて行かれる。脱出して二階の窓から手を振る流れだと、歩きながら説明された。
後方から一部始終を見ていた近衛騎士が、さり気なく付いて来る。手品のタネをバラさないよう、一人ずつ間隔を開けてるようだ。
二階へ上がり、中央に位置する部屋へ入ると、窓辺でメニルク伯爵が待っていた。
「ようこそ、エレノア妃殿下。こちらへどうぞ」
なるほど。ここで伯爵と二人きりになるから、茶会の席で夫人は口を噤んだのか。万が一にも他人に聞かれ、変な噂が立たないように。
近衛騎士を廊下で待たせ、一人で入室した。
メニルク伯爵のいる窓の前で止まる。ここだけカーテンが閉じてあり、左右には手品のアシスタントが二人だけいた。黒い衣装を外される。
伯爵が手を取り、並び立った。
「余興はお気に召しましたか?」
「はい。茶会でこのようなショーは初めてです」
外の音楽に合わせ、カーテンと窓が開かれた。
目を輝かせて見上げる人々に、笑顔を向ける。
「まだ披露する機会に恵まれませんが、ハリー殿下のためにセキリュウ国の者を雇っております」
「素敵ですわ。お見せできたら、きっとお喜びになります」
話しながらも顔は中庭へ向け、手を振る。メニルク伯爵も同様だ。
拍手をひとしきり受けた後、窓から下がった。
「と、このような話がしたかったのでしょう?」
トーンの変わった伯爵の言葉に立ち止まり、顔を見上げる。他人を侮蔑するような、醜い笑みがあった。
扉の向こうで、どさりと、人が倒れるような音がした。
「私も当初はそのつもりでした。けれど、必要なかったようです。貴女を捕らえられるなら、こちらの好きなように出来ますから」
捕らえるという言葉と同時、エスコートする手に、音がしそうなほど強い力が込められた。痛む手は離そうとするほど強く握られる。
背後からアシスタントが近づいた。よく見れば、二人は女性ではなく男性だ。
「このような事をして、ただで済むとお思いですか」
冷たく微笑んで見せる。これは明らかに、悪手だ。
伯爵がここで私を捕らえたら、主催する茶会で皇太子妃を行方不明にする事となる。責任が問われ、サミュエルとやり合う前に窮地へ立たされるだろう。
「思いませんでしたよ」
ぐっと伯爵の顔が近づいて、思わずのけ反った。
「貴女が、たびたび失踪してると知らなければ」
「っ……!!」
何故それを知っているのか。
予想外の言葉に、顔をしかめそうになる。しかし動揺はおくびにも出さず、キスしそうなほど近い顔を払いのけた。
「何を仰います。不確かな情報に踊らされてるのでは?」
「私も最初は半信半疑でしたよ。淑女の鑑のようなエレノア妃殿下が、まさかと。しかし、確かな話でした」
確信に満ちた目を向けられる。
おかしい。私の失踪はきっちり隠蔽してあったはずだ。
「サミュエル殿下が懸命に隠してるのか、公にはなっていませんが……情報とは漏れるものです」
メニルク伯爵は、自分の得た情報に絶対的自信を持ってるようだ。
けれど、私が父から諜報員を借り受けてると知ってたら、反応は違っただろう。彼等が私に付いてる限り、不利な情報が漏れる事はそうそうない。
「常習犯の貴女がいなくなっても、大事にはならないでしょう。もしなっても、行方を追う中で知ったと言って、今までの事を公にすれば良い」
誰かが意図的に情報を操っている。
私にメニルク伯爵の情報を、伯爵に私の情報を流した者がいる。
誰か……なんて。
取り締まりのため、元よりメニルク伯爵など犯罪者の情報を集めており、さらに私の失踪を知っていた人物…………言わずもがな、あの人だ。
今から私が攫われるのも、全て彼の思惑。
扉から、再び人の倒れる音がした。
「さて、お喋りはここまでです。また後ほど、お会いする機会を設けております。続きは、その時に……」
衣服の上から首筋へキスを落とされる。
小さく悲鳴が漏れ、全身に悪寒が走った。
意識がそこへ向いてる内、後ろから伸ばされた手がハンカチで口元を覆う。
強制的な眠りへと落とされた。




