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作戦5:犯罪行為(3)

 オルゴールの優しい音色が流れた。陽の差し込む部屋で聴いたからか、夜聴くのとは別物のように感じる。


 折り畳まれていた紙を広げ、卓上の招待状と見比べた。

 メニルク伯爵と茶会の約束をした、その晩のうちにやり取りした招待状だ。後日改めて手紙を送り合うのが通常だけれど、それではまた紛失と代筆の恐れがあったため避けた。


 その招待状に書かれた日付、つまり今日の、サミュエルや側近等の予定を調べさせていた。

 見事に全員、夕方まで予定が入っている。いずれも日程を変えられないものだ。こんな日、他に無い。

 メニルク伯爵が事前に調べ、わざと今日を選んだとみて良いだろう。


 もう一枚、オルゴールから紙を取り出す。

 メニルク伯爵についての調書だ。元から知ってる基本情報を読み飛ばし、肝心な部分に目を通す。


『違法行為

 ・禁止薬物の組織的製造、売却

  (帝都における路上売買の他、領内の娼館にて娼婦および顧客に使用)

 ・婦女誘拐

 ・人身売買


 特記事項

 ・特殊部隊保有

  (情報収集および暗殺に特化)』


「………?」


 違和感に、思わず首を捻った。

 随分あっさりと重犯罪が書かれている。

 諜報員にこの件を調べさせたのは、招待状を貰ってから。つまり数日前だ。調べが速すぎる。


 メニルク伯爵はサミュエルの取り締まりをかい潜り、未だ処罰を受けていない。悪い噂さえない。

 ここに書いてある通り、情報収集に特化した部隊を抱えてるなら……情報を守るのも得意ということ。


 いくら我が家の諜報員が優れていても、短期間で出来る事は限られる。だというのに、十分な報告が返ってきた。


 相手は重犯罪者。宰相である父が以前から調べさせていた?

 ……あるいは――


 嫌な予感に、調書を隅々まで確認した。オルゴールにも不審な点が無いか探す。何も見つからない。

 考え過ぎかと息をついた所で、ノック音が響いた。


「エレノア様、お時間です」

「……すぐ行くわ」


 ゾーイの呼びかけに応え、立ち上がる。

 慣れた手つきで調書を処分し、招待状を手に扉を開いた。

 手土産を持った彼女と近衛騎士と共に、メニルク伯爵別邸へ向かう。



 皇城を出ると、よく晴れた空が目に眩しかった。日に日に気温は低くなってるものの、天気のおかげか暖かく感じる。

 思わず緩みそうになる気を引き締め、馬車へと乗り込む。


 まず、目的地に無事到着しなければならない。


 招待状は直接やり取りしたから、サミュエルの補佐官は間に入っていない。

 けれど、夜会でのやり取りはシモンが見ていた。私と同じように、メニルク伯爵が接触を図ってきたと思っただろう。そして、外出の予定まではサミュエルに隠せない。


 今日、本人達が来られなくても、馬車の足止めくらいなら人を使って出来る。

 もちろん、簡単に止められはしない。対策は色々と考えてきた。


 揺れ少なく、皇室専用の馬車が動き出した。

 広大な庭園を抜け、城門をくぐる。色づき始めた街路樹が窓を流れ、それが途切れると帝都の街並みが見えてきた。貴族の屋敷が集まる東地区へ向かう。

 規則的とも不規則的とも言える揺れを感じながら景色を眺めていれば、あっという間に屋敷へ到着した。


 門をくぐり、馬車を降りる。

 出迎えたメニルク伯爵と挨拶を交わしながら、頭の中で疑問符を浮かべた。


 何も……なかった。


 伯爵の屋敷に着いてしまえば、干渉は難しくなる。妨害するなら馬車での移動中かと思っていた。

 シモンが夜会で私に張り付いていたのは、何だったのか。


 ……私と彼等の接触を妨げてると思わせて、その実、私達が自身の行動を疑わないよう仕向けていた?


 ここ半年の経験が、既にサミュエルの敷いたレールに乗ってしまったと告げている。


「さぁ、こちらへ。どうぞお楽しみください」


 メニルク伯爵のエスコートを受け、会場である中庭へ進んだ。

 本当は踵を返して退散したい。けれど礼を欠く事は出来ないし、チャンスを棒に振るのも勿体なく思う。

 踏み込み過ぎず情報だけ集め、帰ってから作戦を練り直そう。


 中庭には、メニルク伯爵夫人と他の招待客が十数名ほど見えた。私が来るからか大人ばかり、いずれも悪い噂など聞かない紳士淑女だ。


 伯爵に紹介され挨拶する。手短に終え、すぐ人々の視線から逃れて、用意された席へ着いた。

 伯爵夫人が隣に腰を下ろす。お互い、よく出来た笑顔を向け合った。


「先日は申し訳ありません。私共の屋敷で、大変不快な思いをさせてしまいました」

「まぁ。そんな……どうか、お気になさらないでください」

「お詫びになるか分かりませんが、本日は特別な余興をご用意しました」


 夫人が指で合図すると、突然、中庭の真ん中に黒い衣装の4人組が現れた。続け様に懐から大量の花を取り出し、辺りへ散らす。

 招待客は驚きに一瞬身構え、花を見て口元を緩ませた。拍手がわき起こる。


 手品師だ。

 よく見れば、彼らの周りには給仕の衣装が落ちている。簡単に脱げるよう細工をしておき、ありふれた給仕服から見慣れない黒い衣装へ速変わりしたのだろう。


 近くにいた子爵夫人が手を取られ、端に用意されていた壇上へ連れて行かれる。客を交えた手品を披露するようだ。


 私は我関せずといったように、ゆっくりお茶を口にした。悪くない。

 周囲の意識が壇上へ集まってるので、込み入った話がし易い。隣の夫人に話しかける。


「素晴らしいわ。あの方々はもしや、セキリュウ国のご出身かしら?」

「まあ!さすが、殿下は目が肥えていらっしゃる。よくお判りになりましたね」

「特徴的な容姿をしていらっしゃるので……」


 セキリュウ国は、ハリー皇子が気に入ってる国の一つだ。このアルメリア皇国から遠く離れており、文化がまるで違う。


「ハリー殿下がご覧になれば、大変喜ばれるでしょう」

「………」


 夫人が笑顔のまま、黙ってしまった。

 ……何だろう。


「そうだわ!エレノア妃殿下、どうぞこちらをご覧になってください。先日、購入した物なのですが――」


 わざとらしく、話を逸らされてしまった。

 お互いのハリー皇子に対する考えを探り易いよう、話を持って行ったというのに……そのつもりで今日、私を呼んだのではないのだろうか。


 その後もさり気なく話を振ってみたけれど、結果は同じだった。そうしてる内に席替えのタイミングとなり、夫人が立ち去る。


 今日は様子見という事?

 ……わざわざ、サミュエル達の空けられない日を狙って?


 ふと、手元が陰る。

 見上げれば、セキリュウ国特有の細い目が、弧を描いていた。手を差し出される。


「次のスペシャルなショーは、スペシャルな貴女と」


 周囲から、私を送り出すような拍手が上がった。

 次の手品に参加しろという事らしい。拒否権は……どうやら無さそうだ。


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