表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/34

作戦5:犯罪行為(1)

 

「やぁ、義姉さん。二日ぶりだね」


 執務机に向かっていた彼は、書類を補佐官に渡し立ち上がった。


「ごきげんよう、ハリー様」


 微笑み、挨拶を交わす。

 彼はサミュエルの弟であり、帝位継承順位、第二位のハリー皇子だ。


「またお茶しに来たの?」

「はい。今日はセキリュウ国の茶と菓子をお持ちしました」

「お、いいね。まぁ、座ってよ」


 ラフな言葉使いと、品のある所作でソファを勧められる。

 私達が座るとすぐ、用意を整えていたゾーイがティーセットを並べた。


 ハリー皇子がお茶を口にし、ひと息つく。


「なんか、最近よく来るね」

「ご迷惑でしたか?」

「僕は構わないよ。でも、義姉さんだって暇じゃないでしょ」


 話しながら、ひと口大……と言うには大きい菓子をパクリと頬張った。その様子は少年のようで、可愛らしく見える。

 サミュエルと違い愛嬌のある人だ。兄弟ながら、まとう雰囲気は全く違う。


「ハリー様と過ごす時間はとても楽しく、つい足が向いてしまいます」

「わぁお。それ、兄さんの前では絶対言わないでね」


 気候の話、持ち込んだ茶や菓子の話、日常生活についての他愛ない話をしてるうち、すぐ私の立ち去る時間となった。

 問題ない。大事なのは会話内容ではなく、ここに足を運んでるという事実だ。

 流れるように次の約束を取り付け、挨拶をして別れた。


 執務室を出ると、毎度のことながら、門前払いを受けてる人達が目に入る。手土産を持ってきた使いの者ばかりだ。微笑みかけ、印象付けておく。

 ぜひ主人に伝えて欲しい。皇太子妃の私が、ハリー皇子の下へ通っていると。


「今度は、何を企んでるのですか」


 人が見えなくなった所で、ゾーイが話しかけてきた。眉をひそめている。


「企むだなんて。可愛い義弟とのお茶を楽しんでるだけよ」


 目も合わせずに、とぼけて返した。


 しかし実際、ハリー皇子とのお茶はそれなりに楽しい。人好きのする性格で、周りの人達を和ませる。

 当然のように女性にも好かれるけれど、未だ独身だ。彼は微妙な立ち場にあるため、結婚相手の選定が難しい。反面、方々から結婚を急かされてもいる。

 この件については、ただただ申し訳なく思う。


「ハリー殿下ではなく、サミュエル殿下とお茶をなさっては?」

「あら。朝も夜も顔を合わせてるのに、昼間まで会いに行く必要なんて無いわ」

「朝も夜も顔を合わせていながら、お二人には会話が足りないように思います」


 ゾーイの苦言を聞き流し、私室へ戻って夜会の準備を始めた。

 淡い黄色のドレスに、ハリー皇子の瞳を意識し、アクアマリンが施されたネックレスとイヤリングを選ぶ。


「こちらの方が合いますよ」


 私の指示を無視し、ゾーイはエメラルドのネックレスを取り出した。大粒の宝石が印象的で、強くサミュエルの瞳を思い起こさせる。

 私は彼の妻だと、そう主張してるようだ。


「それは奥に仕舞っておいて。しばらく使わないわ」


 他の侍女に片付けるよう指示し、準備を進める。


 いざ装飾を付ける段になり、やはり首に回されたエメラルドのネックレスは自分で外し、選んだ通りのものに付け替えた。

 代わりなのか、髪にサミュエルから貰ったガラスの蝶を加えられる。アクアマリンと合うので、ここは妥協し受け入れておく。


 隣の部屋へ移ると、既にサミュエルが待っていた。


「お待たせいたしました」

「いや……」


 いつもと変わらぬ雰囲気で振り返った彼は、けれど私の姿を捉えて、急に黙り込んだ。

 何も言わず、ただ見つめられる。


「…………何か?」


 様子のおかしさに声をかけた。

 サミュエルは答えないまま、イヤリングへ手を伸ばす。指先で耳たぶを撫でた。


「なるほど。ハリーの瞳の色か」


 くすぐったさと後ろめたさに、ピクリと肩が揺れる。


 私のしようとしてる事なんて、全部バレてるのだろう。また邪魔されて、何もかも無駄に終わるのかも知れない。

 そしたら……避けていた手段を取るしか無くなる。そうなった時のことを想像し、鉛を飲み込んだような不快感を覚えた。


 顔が歪まないよう意識し微笑んでいると、サミュエルが手を滑らせ、髪をひと房すくった。


「俺に対してだけは、逆効果だな」

「……ぇ」


 訳の分からない言葉に、沈んでいた思考が引き戻される。逆効果とはどういう事か。

 彼が髪へ口付けた。長さが無いから、やたら顔が近い。


「君は分からないままで良い」


 特別なことは何も無かったかのように、いつもと同じく手を取り、エスコートを始める。

 少し気にはなったけれど、考えるのはやめた。夜会に向けて頭を切り替える。


 私がこれからやろうとしてる事は、一歩間違えれば大惨事になる。上手く立ち回らなければならない。


 やるのは……犯罪行為。離縁せざるを得ないほどの罪を犯す。

 ただし、単に捕まるだけではダメだ。サミュエルまで非難を浴びてしまうし、実家のフォレステン侯爵家だってただでは済まない。


 そこで、第二皇子の周りを飛び回るハエを利用する。

 彼の下へ通い始めて、ふた月。そろそろ、向こうからアクションがあって良い頃だ。


 淑女の仮面をかぶり、気を引き締めた。







「………サミュエル様?」


 しびれを切らし、隣で庭を眺めているサミュエルに問いかけた。

 会場に着いて主催者を含む数人と話してから……ずっとテラスのベンチで過ごしている。


「なんだ」


 間近で囁かれた。

 私の頭を肩へ寄せたまま、髪を弄び続ける。


「もう、会場へ戻りませんか」

「今夜一晩くらい、何もせず、君と過ごしても良いだろう」


 ……良くない。あまり夫婦仲が良いと思われては困る。


 けれど、サミュエルを諌める気にはならなかった。最初から休みの日ならともかく、夜会に赴いてから彼がこんな事を言うのは珍しい。

 社交を投げ出したいくらい……疲れてるのだろうか。


「飲み物を取って参りましょう」


 彼を労わりつつ、一人の時間を得ようと立ち上がり、すぐ引き戻された。

 サミュエルが私の肩を抱き、振り向いてベンシード伯爵に合図を送る。しばらくして、給仕がシャンパンと薄手の毛布を持ってきた。


 夜風を避けるように毛布を掛けられる。

 まだまだ長居するつもりのようだ。休憩室へ行けば良いのにと思いつつ、この薄暗がりが落ち着く気持ちも分かった。


 サミュエルがここで休み続けるには、私が離れる訳にいかない。妃と二人でテラスにいるからこそ、誰も話しかけて来ないのだ。


 ため息をついた。

 こんな事は滅多にないのだから、彼の望むままにしてあげよう。


 諸々の事は忘れて大人しく寄り添えば、サミュエルの体温を感じる。

 遠くから聞こえる楽団の演奏と、野の虫達の演奏とが重なるのを聴いて過ごした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ