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作戦4:失踪 -市中編-(3)

 涼しい風が吹き抜け、誘われるように外へ目を向けた。開け放たれた後部から見えたのは、長く伸びた幌馬車の影。


 読んでいた本を閉じ、隣の積荷に頭を預けた。馬車の揺れを思いのほか強く感じる。そろそろ、目的地に着くだろうか。


「もう着きますよ」


 心を読んだかのように、ロルフが教えてくれた。彼もまた本を閉じ、私の手にしていた本も回収し片付けた。


 ロルフの申し出を受けた私は、アイセリー商会の本店兼住居へ向かっている。

 仕事内容は家事全般と、商店に関わる雑務だ。今までは彼の母親が担っていたけれど、商売の方で彼女の関わる仕事が増え、家の事に手が回らなくなったそうだ。

 まさか彼自身の需要に私が合致するとは思っていなかったけれど、仕事を貰える事に変わりはないので良い。


 良い……けれど、漠然とした不安がある。上手く行き過ぎていて怖い。


 考えて、ひとつ気づいたのは、ロルフがどことなくサミュエルの部下等に似てるという事。

 平民ではあるけれど、とてつもなく広い情報網を持ってる彼は、サミュエルが部下にしても不思議ない人物だ。

 ……とはいえ、もしそうなら、私を乗せた馬車は皇城へ向かって良かっただろうとも思う。


 離縁を試みては何度も邪魔され、感覚がおかしくなってるのだろうか。仮に、到着したアイセリー商会でサミュエルが待ち受けていても、あまり驚かない気さえする。

 せっかく物事を上手く進められてるというのに、ため息が出た。


「着いたら少し休憩してください。今日は特別に、俺がお茶も淹れてあげますよ」


 ロルフが言って、ウィンクする。私は綺麗に片目をつぶれないので、言葉の内容とは関係なく、器用だなと思った。


 馬車が裏道に入り、一際大きな屋敷の前で止まる。おそらく、反対の大通り側は店舗になっているのだろう。ひらりと飛び降りたロルフが、私に手を差し伸べた。


 手を取り降りようと腰を上げ、頭を後ろへ引っ張られる感覚に目を開く。

 ショールが外れ、パサリと髪が広がった。


「っ……!!」


 見れば、ショールは頭を預けていたチェストに引っかかっていた。


 息を飲む。失敗した。

 金髪は高位貴族にしか現れない。それは平民にまで知れ渡っている事実だ。だからこの髪色を持つ者は、街を歩く時に必ず髪を隠す。私もずっとそうしてきたし、ここでも隠し続けるつもりだった。


 固まっていると、すっと目の前に影が差す。降りたはずのロルフが乗り込んでいて、チェストの留め具からショールを外してくれた。


「はい、どうぞ」


 何でもない顔で手渡される。その後ろに、荷降ろしする使用人が数人見えた。目が合えば軽く挨拶される。誰も、私の髪など気にしていない。


「……ありがとう」


 笑顔でショールを受け取り、被ることはせず、ポケットにしまった。

 社交界では、私の髪は相変わらずブロンドという扱いになっている。けれど、私自身が抱いていたライトブラウンという印象は、やはり正しかったようだ。

 何だか…とても馬鹿らしい。



 馬車を降り、ロルフに連れられ屋敷へ入る。必要な場所を軽く教えてもらいながら、居室に案内された。


「ここがエミリーの部屋です。自由に使ってください」


 促されるままソファへ腰かけ、部屋をぐるりと見回す。

 皇城の私室に比べれば、遥かに狭い。勢いのある商家とはいえ、平民なのだから当たり前だ。

 けれど……


「ずいぶんと広い部屋ですね」


 これはおかしい。

 屋敷全体の広さから言って、ここは比較的広い部屋のはずだ。日当たりも良い。使用人が使う部屋ではない。


「下心があると言った通りですよ」


 ロルフがお茶を淹れながら答える。

 主人が使用人にお茶を淹れるのも、やはり普通ではない。


「無理強いするつもりはありません。貴女に気に入られたいだけです」


 ティーカップを受け取る。

 ひと口飲み、息をついた。


 ロルフの言ってる事は、一応筋が通る。

 けれど、私はこれといった特徴の無い顔だし、短い髪も、社交界ほどでないにしろマイナスに働くだろう。その他の部分で気に入られるにも、まだあまり多く関わっていない。


 やはり彼はサミュエルの部下で、それが秘匿されてるから馬車は皇城へ入れなかった。私が誰か知ってるから丁寧に扱っている。気に入られたいのは雇い主の妻だから。……そう考える方がいくらか自然だ。


 確認しよう。


 カップを置いて立ち上がる。

 嬉しそうに微笑んだ後、ロルフの胸へ飛び込んだ。


「エミリー……?」

「これ以上、どう気に入れば良いのでしょう」


 胸に頭を擦り付けて、更に言葉を続ける。


「とても嬉しいけれど、この広い部屋に独りでは……夜はきっと、寂しくなってしまいます」

「っ……!」


 心音は……少し速まっている。けれど、皇太子妃に迫られた焦りから、という可能性もある。


「はしたない女と、軽蔑しますか?」


 軽く身を離し、眉を下げて見上げた。

 彼の言ってることが真実なら、キスの一つでもくれるだろう。嘘なら、何もせず逃げるに違いない。


 真顔になっていたロルフが、再び柔らかく微笑んだ。


「いいえ。貴女に、寂しい思いはさせません」


 頰に手を添えられる。徐々に顔が近づいてきた。


 ……………え。本気?


 どこかで、彼は嘘をついている、サミュエルの部下に違いないと思っていた。だから、心の準備なんて出来ていない。

 待って、いや待つ必要なんて、違う、そうじゃなくて、あぁっ、もうっーー


「…………」

「…………」


 気づけば、手で彼の口を押さえてしまっていた。

 サミュエルの威圧感さえ感じる瞳とは対照的な、優しげな目が丸くなる。


「あ、あの……その……」


 どうしよう。言った事とやった事がチグハグだ。

 何と言い訳すべきか考えていると、手の平の中で笑いが漏れた。


「そんなに、焦らないでください。分かってますから」


 ……分かってると言って、全然違う事を口にしたエドウィンを思い出す。ロルフはどういうつもりで言ってるのだろう。


 離れる彼の袖を掴む。


「どうか…どうか誤解しないで。決して嫌だったのではなくて……」


 ロルフが口元を拳で押さえ、肩を揺らした。何だか楽しそうだ。


「はい。また夜に伺います。もちろん、先にも言った通り、無理強いはしませんから」


 さっと、考えが読みにくい笑顔に戻る。

 夕食に関する事だけ言い足して、部屋を出て行った。



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