作戦4:失踪 -市中編-(2)
「おい、あんた。待てよ」
無理やり振り向かされ、目の前にしたのは三人の男達だった。
脳裏に浮かんだのは、“嘘から出たまこと”という言葉。
私の肩を引く険しい顔の男に代わり、ニヤニヤした男が言葉を続ける。
「こんな所でひとり歩きかな?物騒だよぉ」
二人と壁に囲まれ、逃げ場が無くなった。
今になって、水夫が私の言葉を信じたのは、そういった事が日常茶飯事だったからと思い至る。
「あんたみたいなの、どうにかしようと思ったら簡単だからな」
肩を掴んだ男の顔が近づく。
護身術は教わっているけれど、実践した事などない。しかも相手は三人だ。従う振りをして、隙を見て逃げる方が得策だろうか。
考えながら曖昧に微笑み返すと、二人の後ろにいる男が口を開いた。
「馬鹿共が。怖がられてるって分からないのか」
他の二人より身なりが良い。商家の息子だろうか。
何故か真っ直ぐ向き合わず、顔も身体もやや斜めにして、目だけをこちらに向けている。
「怖い思いをさせてすまないね。こいつらは本気で心配してるだけなんだ」
器用に斜めのまま歩み寄って来た。
……どうやら、自分が最も格好良く見える角度を意識してるようだ。
「近頃、人攫いが頻発している。良ければ僕が君の騎士になろう」
「あら……」
「「いや、お前にゃ無理だろ」」
目の前の二人が声を揃えた。
「な、なぁ!?何を言うか!!僕は剣術の稽古だって受けてるんだぞ!」
「いま剣なんて持ってねーだろ」
「僕等の中で一番細いしねぇ」
「筋肉がつき難い体質なんだ!!鍛錬は人一倍している!!」
斜めになるのは女性に対してだけなのか、はたまた今は単に取り乱してるのか、身なりの良い彼も普通に話し始めた。
心なしか、先ほどより背が低い。もしや……背伸びをしていた?
「どう考えてもお前が鍛錬してる時間より、俺が舟の荷下ろししてる時間のが長いだろ」
「僕が走り回ってる時間のが長いよね」
「お前等の仕事と鍛錬を一緒にするな!!」
「じゃあ試しに俺を倒してみるか?」
「ぅっ!ぬぐぐっ……!!」
気づけば私そっちのけで会話している。その幼稚なやり取りに、肩の力が抜けた。
ホッとした気持ちとは別で、彼等の気が逸れてる間にと、じりじり後ずさる。
悪い人達ではないのかも知れない。けれど、男三人に女一人が敵わないのは変わらぬ事実だ。念のため、逃げておいた方が良い。
十分に距離を取った所で、ふいに背後から肩を叩かれた。
「っ……!」
慌てて振り返り、また別の人物を視界に捉える。斜めだった彼と似たような、比較的身なりの良い男性だ。口元に人差し指を当て、小さく微笑んでいた。
「騒がしい彼等は放って、俺と行きませんか」
平凡な顔に似合わない、やたら凛々しい声に目を丸くしてしまう。意外さに反応が遅れてるうち、手を取られた。
「あ、あの……」
「大丈夫。心配しないで」
有無を言わさぬ雰囲気につい流される。手を引く力はさして強くもないのに、足を止めることは叶わない。
………前にも、こんな事があったような?
妙な既視感を覚える。
不安にかられ、路地を抜け大通りに出た所で、思い切り手を引き抜いた。けれど合わせたように彼も離したため、勢い余って転びそうになる。
「おっと!」
不本意ながら再び手を取られ、支えられた。
「あ、ありがとう」
また手を振りほどこうとするも、今度は離れない。
「最近、ここらが物騒なのは本当です。俺で良ければ、お供しましょう」
「…………見ず知らずの私に随分と親切ですね」
笑顔を向けながら、しかし警戒心を隠さず言うと、彼は笑みを深くした。
「もちろん、下心はあります」
善人ぶった見た目と噛み合わない、明け透けな物言いに面食らう。
彼は言葉を続けようと更に口を開いたけれど、声になる前に止まった。通りを歩いていた大柄の男が、派手な音を立てて彼の肩を叩いたのだ。
「よう!ロルフ、今日も暑いな!」
「いっつ……!力が強すぎるって、いつも言ってるだろ!」
ロルフと呼ばれた彼は、快活に笑う男の脇腹をくすぐった。知り合いのようだ。
「お?女連れとは珍しいな。姉ちゃん、こいつぁ良い男だろ!」
顔を近づけられ、逃げるように軽くのけ反った。男の身体が大きい分、強い圧を感じてしまう。ロルフが守るように間へ入る。
「そういうのは良いから。それより、叔母さんの具合はどう?」
「あぁ、おかげ様で、もうすっかり元気になってら。教えてもらった薬師様が良い仕事してよ」
そのまま二人で軽く話し、忙しいのか大柄の男はすぐ去って行った。
……と思ったら、また別の人物が話しかけてくる。ただ大通りを歩いてるだけの彼に、老若男女、次から次へと話しかけてきた。
恐ろしい程の顔の広さに驚きつつ、会話の隙に逃げようとするも、三人組の時と違って上手くいかない。
私を放ってるようで、気にもしている。手だって取られたままだ。
同行を断るタイミングも無く、気づけば彼の進むまま歩かされていた。
そうして着いたのは、大衆食堂。
「もう昼時ですし、とりあえずは食べませんか」
入口の前で向かい合う。やっと二人で話せた。今なら食事も同行も断れるだろう。
「…………はい。ご一緒できて嬉しいです」
けれど、敢えて断らなかった。
ここへ来るまでの間に、彼はもはや身元不明の不審者でなくなっていたからだ。勝手に漏れ聞こえてきた会話は、多くの情報をもたらした。
名はロルフ。アイセリー商会の次男。
商会の本拠は隣の公爵領にありながら、帝都に複数支店を持っていて、彼は家と帝都とを頻繁に行き来している。
仕事の枠を超えて顔が広く、対価無しで、腕の良い薬師や技術者などの紹介もしている。
正直、今は彼に取り入りたくなっていた。帝都を出た後の働き口を紹介してもらいたい。修道院へ行く手もあるけれど、先に押さえられてたら終わりだ。今回はやめておく。
一刻も早く帝都から離れたいと思う一方、徒歩なら急いでもすぐ追いつかれるとも思う。どうせ隠れながら行くと考えれば、食事を店で取るタイムロスも気にならない。
「俺のオススメで良いですか」
席についてすぐ提案され、大人しく頷いた。この店、メニューが無い。注文の仕方さえ分からないから、ありがたい申し出だ。
ロルフはテーブルの札を取りカウンターへ向かい、何か注文して戻ってきた。
「改めまして、俺はロルフ。アイセリー商会の者です。貴女は?」
「私は、エミリーと申します」
先の会話をシミュレーションし、わざと適当な偽名だけ名乗って黙る。
「どこか、商家の方でしょうか」
服装から判断したのだろう。街道沿いの店で買ったから、それなりに良い仕立ての服だ。
「ええ……あぁ、今は違います」
目を伏せ、自嘲気味に笑った。
「すみません。何か事情があるようですね」
「いえ、気にしないでください。その……家を追い出されてしまっただけです」
眉尻を下げ、語尾は声を小さくして言った。同情を誘うためだ。
しかし目の前のロルフは、優しげながら同情など微塵も見えない顔でいた。
「なるほど。では俺に仕事でも紹介して欲しくて、ついて来てくれたのですか」
……狙っていた反応と違う。この程度の事情を持つ者など珍しくないのか。あるいは、嘘をついてるとバレたか。
「はい、お恥ずかしながらその通りです。仕事は選びません。掃除、洗濯、炊事など、家のことならば一通りできます。字も読めますし、計算もできます」
望んでいた話題ではあったから、構わず自分をアピールする。
彼は人材紹介について多く頼られていた。抱えてる需要のどれか一つにでも私が当てはまれば、仕事を紹介してもらえるかも知れない。
「そうですか」
ロルフは表情を変えず微笑んでいる。何を考えてるのか、よく分からない人だ。誰かに……似ている。
「では、うちで働きませんか」
「……え」
「はい!Cランチお待ちどう!!」
ガシャンと、二つのお盆が乱暴に置かれる。質素な木製の器に、前菜や肉料理、パスタなどが、一緒くたに盛り付けられていた。