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冬の昼の夢  作者: ああ言えばこう言う
2/8

2話

 クリスロードの中にある喫茶店の店内。今ここに異様な雰囲気を醸し出す集団がいる。男たちは全員コードネームで呼び合い、己の素性を明らかにせず目的を達成するために行動しようとしている。


 高潔なその志ゆえに、もしくは低俗な嫉妬心ゆえに、彼らは行動をせずにはいられない。熱気を漂わせながら、彼らは話を続ける。


「諸君、我々の崇高なる活動も本日が山場である。年の暮れまで行われる悪の所業を我々は打ち砕かねばならないのだ。多くの猛者たちが敗れ、悲しみに枕を濡らす日々を送った。それもすべて今日のためである」


 男は拳を固く握り宣言する。これぞ聖戦であり、男の青春であるのだから。


 背丈は低いながらも熱い胸板を持ち、それ以上に膨らんだ腹を持つこの男は、隊長のコードネームで呼ばれている。


 ここにいる四人の精鋭たちを指揮する立場にいる。様々な困難なミッションをクリアすることができたのは、ひとえにこの男の並々ならぬ熱意があるおかげと言っていいだろう。


「はあ、あの店員きれいだなー」


 他の隊員が隊長の訓示を静かに聞いている中、一人なメガネをかけた店員に熱視線を向けているこの男はマッスル。


 ベンチプレス百八十キロ。鍛え上げられたその体に一切の贅肉はなく、六つに割れた腹筋はこの男の象徴ともいえるだろう。男の中の男、むしろオスと呼ぶべき匂いを漂わせているのだが、惜しむらくは絶望的なファッションセンス。真っ黒に焼いた体に白のタンクトップは確かに映える。しかし、今は十二月。十二月の東北でジャケットの下にタンクトップ一枚では、ファッションの評価以前に頭の評価が疑われてしまう。


「おい、真面目に聞かないか。我々ピンク撲滅隊にとって、この日は聖戦、聖なる夜を性なる夜として過ごそうとする不埒な輩を、懲らしめなければいけないのだ」


 ピンク撲滅隊。などと頭の悪い言葉を言ってのけたのは、メガネである。


 メガネは体の一部と言い切ってはばからないこの男は、ピンク撲滅隊一の過激派であり、もっとも危険な香りを漂わせている。


 それもそのはずであろう。結局挨拶すらまともにできなかった幼馴染がつい先日、夜の国分町で体重のほとんどを男に預けるように腕に抱き着き、不思議な明かりで照らされたホテルの中に吸い込まれていくのを見てしまったのだから。


 中学、高校、大学とずっと一緒なのにまともに話しかけられてないのだから、幼馴染という甘酸っぱいフレーズにふさわしいかは一考の余地があるところではある。


 しかし、そんな常識が通用するのであればそもそもピンク撲滅隊などという頭の悪い集団に加入していないだろう。


 ここにおいて、一言も発さず中身のなくなったアイスコーヒーのストローを噛みつづけている男がノッポである。


 お気づきの所ではあると思うが、ここにいる男たちは皆モテない。一癖も二癖もある容姿のせいかもしれないし、嫉妬と劣等感からくる卑屈な態度のせいかもしれない。


 まあ、理由はどうあれ全員が共通してモテない。当然こんな集会にクリスマスの日に集まっているのだからこのノッポという男もまたモテない。


 しかし、一点ここにいる他の男たちとは違い希望を持っている。それは決して形は定かではないが、大学に入学して一年。希望を胸に山形から仙台に引っ越して一年。たった一年ですべてを諦めるほど世の中に絶望してはいないのだ。


 大学の先輩に無理やり、つれて来られて今日まで団体の活動に消極的ながらも参加してきたが、このクリスマスという日にこんなに廃退的行動をしてもいいものか。それならば、このクリスマスを寂しく過ごしている女性に声をかけ、たとえ失敗しても行動を起こすきっかけにしてはどうだろうか。


 ノッポは先輩たちに抗議の意思を伝えるため声を上げようとした。


「それで、ノッポ例のものは準備してきたのか?」


 隊長に突然声をかけられ、ノッポの中に高まった抗議の気持ちは一瞬にして霧散してしまう。


「えっと、例のものって言うと?」


「これだよこれ」


 メガネが三越の紙袋を掲げる。


「あー、クリスマスプレゼントですね。メガネさんは何を持ってきたんですか? ……って、なんですかこれは!」


 ノッポが何気なく紙袋の中を見てみると女性ものの下着がたくさん。それは、もう赤、黒、白に紐やら、どこを守るつもりなのかわからないものやら、透けているのやら。古今東西ありとあらゆるパンツがたくさん入っていた。


「ちょっと、これは犯罪じゃないですか!」


「安心しろ。ちゃんと通販で買ったやつだ」


 ノッポは、親指を上げるメガネを見ても少しも安心できない。どんな感性をしていたらクリスマスプレゼントにパンツなぞ選ぶのか。先輩の非常識を咎めようとした時、隊長が喝采の声を上げた。


「素晴らしい。こういうのだよ。こういの。プレゼントにふさわしい。これを使ってカップルたちを地獄に落として見せるのだ」


 にやにやと笑う隊長とメガネに対して、理解ができていないノッポとマッスル。


「なんで、お前らはそんなに笑ってるんだよ。使用済みでもない下着なんて何の価値もないだろ。見ろ、俺なんてきっちりとプレゼント交換用に選んできてやったんだぞ。週刊男の肉体の特集号にボディビルダー神木さんの写真集、それにプロテイン五キロ。貧弱なお前たちを思っての素晴らしいラインナップだろ」


 言い終えると、ポーズをつけるマッスル。ネタなのか本気なのかわからず、ノッポが突っ込んでいいものかと悩んでいると、隊長が先に口出した。


「この馬鹿! 男同士でプレゼント交換なんてするわけないだろ」


 メガネがうんうんと頷いている。


「これをカップルの男のポケットに入れるんだよ。ハンカチを取ろうとしたときや、財布を取ろうとしたときに、間違って取り出すパンツ」


 隊長が裏声で話し出す。


「キャー、私はこんな黒くて透け透けのパンツじゃないわ。いつも清楚な白色なの」


「いや、誤解だ。僕は君の白いパンツが好きなんだ」


「触らないで、その黒いパンツを私に無理やり穿かせるつもりだったんでしょ」


「待ってくれー、白いパンツの清楚な君―」


 突然始まった隊長とメガネの寸劇にノッポはついて行けない。


「……あの、プレゼントってそういうことだったんですか?」


 ノッポもまた誤解をしていた一人なのだ。一年ほど前に流行った恋愛映画のブルーレイと懸賞で当たったサイズの合わない高級スニーカー。隊長が用意しないと宣言していたので全員が参加できるように三越の紙袋二つ用意して、今日この日を迎えたのだ。


「お前も誤解していたのか。ピンク撲滅隊の心得を忘れたのか。クリスマスという日を汚す不心得者たちに天罰を与えるべく行動するのが我々のやってきたことではないだろうか。西にカップルがいるのなら、悪評を流して別れさせ、東に告白をもくろむ男がいるのなら、自信を喪失させ諦めさせる。最近の我々のメインの行動は光のページェントという、非経済的、そして地球にやさしくない電力の無駄遣いを停止させるべく動くことだ。具体的には永遠の愛が約束されるという、ピンクの電球の明かりを消すこと。迷信によって人々を騙し、人心を惑わせ、存在しない永遠を見せかける悪の所業を、見逃すわけにはいかない」


 そう、このピンク撲滅隊のピンクとは、光のページェント内にあるピンクの電球の事なのである。


 そもそも光のページェントとは仙台の定禅寺通りのケヤキ並木を電飾で彩り作った、八百メートルほどの光のトンネルのことである。


 ワンシーズンに数百万人の見物客が訪れる冬の仙台の風物詩となっている。


 光のページェントには、ピンク色の電飾をカップルで見かけると、永遠の愛が約束されると言う伝説があり、嫉妬に狂ったピンク撲滅隊は人知れずピンクの電球の位置を確認し、ソケットを外し、そこだけ光らないようにし続けているのだ。


 見つかっては大事になるため、慎重に計画を練り、一切の失敗がないように毎夜行動しているのだが、これだけの行動力を別のことに向けられたなら、きっと彼女の一人や二人できていたであろう。


 ノッポは何度目になるかわからないため息を口の中で噛み殺し、自分の意気地のなさと厄介な先輩たちに捕まった不運を恨んだ。


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