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冬の昼の夢  作者: ああ言えばこう言う
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1話

 十二月二十五日は世界的にイエス・キリストの誕生日である。家族と過ごし日々の生活に感謝と愛情を伝え、来たるべき新年に向け年の瀬を祝う日である。


 十二月二十五日は日本的にクリスマスである。愛する人に思いを伝え、恋人同士が活気づく日である。


 十二月二十五日は私にとって最悪の日である。



 仙台駅の構内にあるステンドグラス前の手すりに体重を預け、私は気怠げに人を待っていた。


「気怠げに」というのがポイントである。


 なににおいても余裕のない男というのは格好が悪い。


 男というのは常に余裕を持ち、底を見せないのが大事なのだ。昨日まで読み漁ったファッション誌に書いてあった「モテ男の極意」なる手引きに書いてあったポイントを思い出す。


 買ったばかりのダッフルコートの前が空いているのを確認し、シャツがしっかりとアイロン掛けされているのを見て安心する。


 大学に入学した際に必要だろうと思って買い、今日まで段ボールの奥深くに潜っていたアイロンもしっかりと仕事をしているようである。朝起きてすぐ伸ばしたしわは一時を過ぎた今になってもぴっときれいに伸びたままになっている。


 仙台の冬を過ごすには少し肌寒いが、ファッション誌に書いてあった通りの格好をしてきた。


 大学三年生にもなって未だに私服のコーディネートに慣れない私であるが、さすがに今日くらいはオシャレ、とは言われなくともダサいとは言われたくない。


 何せ今日はクリスマス。それも彼女と一緒なのだから。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 自分の格好の確認を終え、周りを見回すと、ちょうど電車から降りた人の群れが改札から出てきた。


 その群れの中に彼女がいた。


 彼女は私の姿を認めると、顔の高さで手を振り小走りに走ってきた。


「お待たせしました。センパイ」


 彼女と私の関係性は大学における役職で言うのなら、同じサークルの先輩と後輩。世間的評価を言うのなら、クリスマスを共に過ごす男女とでも言えばいいのだろうか。


 私が彼女に待っていない旨をスマートかつ優しく伝えようとしたところ、彼女の後ろから、こちらは本当に待っていなかった男が顔を出した。


「いやー、待たせてしまいましたね。うん?どうしました。今私の姿にようやく気が付いたかのような。変な顔をしていますね」


 この小柄で、醜悪で気味の悪い男は車田。こいつこそ私の大学生活における汚点であり、唯一の失敗と言っても過言ではないだろう。


 こいつもまた、私と彼女の所属する映画研究会のサークルのメンバーで、悲しいことに今日の集まりはこの男の主宰である。


 読者諸兄にはある事実を理解いただきたい。クリスマスという日を私は決してこのような男と過ごしたかったわけではない。しかし、運命のいたずら、神の試練と言うべき苦行により私は彼女と二人きりで過ごすはずだった時間をこの男に奪われてしまった。


 私の懐には様々な彼女を誘い出すための、素晴らしい案があったと言うのに、この男が「ボッチ会」正式名称「クリスマスに独りぼっちの悲しい奴らの会」なる失礼極まりない名前の会を開いたために私は数多あるすてきな作戦を全て捨て去り、この会に騙されるような形で出席せざるを得なくなった。


 しかし、どのような理由であれ、彼女とクリスマスを過ごせるのだから文句は言ってはいられない。


「おー、みんなもう揃ってるんだね。私が一番最後だったとは」


 最後に来たのは赤城先輩、私たちの所属する映研における女帝とも言うべきお人である。


 今でこそ女帝などと呼ばれ、恐れられてはいるが、昨年までは映画研究会の一メンバーにしかすぎなかった。


 本来我々を取り仕切るべき委員長様はそもそも学生の本分たる学業もそこそこに、映画を見ることに青春のすべてを注ぎ込む不埒な輩だったのだが、サークル活動もいつの間にか興味を失ってしまったらしく、今ではその映画愛ゆえに幽霊部員の様相になってしまった。


 そこで代わりに映画研究会の雑務、その他一切を取り仕切っているのがこの赤城先輩である。


 就職活動の時期は顔を出さないこともあったが、今では仙台の地方銀行の仕事を決め最後の学生生活を一身に楽しんでいるようである。


 赤城先輩を見ると、やはり今日は車田に騙されてみて良かったのではと思う。いくら私の作戦が「完璧」であったとしても、それはあくまで机上の空論にすぎない。


 悲しいことに齢二十一にもなって、生まれてこの方彼女というものができたことのない私には、このような複数人での集まりから始めるのがやはり最適というもの。


 複数人での集まりと言うのであれば、すでに映画研究会内で経験していないこともないが、今日はクリスマスである。少しくらい世相に酔って浮かれてみるのも悪くはないのではないだろうか。


「みんなちゃんとか三越の紙袋にプレゼントを持ってきてるみたいだね」


 プレゼント交換をするからと全員同じ袋に入れて今日はプレゼントを持ってきている。


「よし、それじゃあ。行こうか」


 赤城先輩の音頭で仙台駅前にある映画館へと私たちは向う。


 私たちの本日の予定は映画研究会らしく、映画を見て、その後喫茶店に入って映画の感想でも語りながら時間をつぶし、光のページェントの点灯をみて、最後にお酒でも飲もうと流れになっている。


 車田にからかわれながらも入念に確認を行い、今日を迎えたのだ。失敗するわけにはいかない。


 赤城先輩の話に笑顔で答える彼女の後姿を追いかけながら、今日彼女への告白を成功させることを誓う……


 いや、せめて進展を。


 最悪、現状維持でも可。



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