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 ブルーノ候の居館の謁見の間は、控えの間の奥にある大きな扉を入って正面に儀式用の装飾がなされた椅子があり、椅子には普段は白い布がかぶせられている。椅子に向かって左手には大きなガラス張りの窓があり、右手には中央に暖炉と召使が通行に使うらしい地味な装飾の扉が奥と手前に一つずつある。部屋の意匠も調度品もよく手入れはされているが古臭い感じは否めず、時代の移り変わりを感じさせた。


「良いガラス窓だな。職人の腕がいい」

「知り合いの侯爵がギルドに泣き付かれて、私にガラス窓を売り込んできたのですよ。良し悪しなど分かりませぬが、王宮の方にお褒め頂けるのなら良いのでしょうな」

「この辺りでガラスが有名なのはカンタルかな」

「ジュラでございます。十年ほど前になりますか、夏に何十人もの職人やら錬金術師やらがやってきて、大きな窓にする為に壁ごと壊して作り直すというので、慌てて調度やら何やら引き払いましてな。昼間は領民たちが見物に来て夜は近くの村でどんちゃん騒ぎ、金払いも良いので彼らは領民達と仲良く飲んでおりましたわ」

「ははは、言い値で頼めばそうなるだろう」

「何故分かるので?」

「いや、見事な窓だ。ガラスも厚いのに歪みが無い。張られた格子枠もよく考えられていて、何枚ものガラスが一枚に見えるような造作が素晴らしいな」


 それきり、会話は途切れた。近衛騎士のフェブリエは窓際に悩むように項垂れる。ブルーノ候はすっかり冷めた茶を口にして、溜息をついた。


「フェブリエ殿、神は何故存在するのですかな」


 ティーカップを置く音が部屋の中に響く。近衛騎士は何も答えない。窓の外に広がる庭園は館と塀に挟まれた狭い空間に低木と花壇、そしてささやかな畑が作られていた。小さな野菜が生えていて、春には収穫するのだろうと察せられた。


「その畑と花壇は、アカツキ殿が一人で耕しましてな」


 フェブリエが振り向き、無表情でブルーノ候を見返した。


「ブルーノ候から見て、アカツキコウタロウは残虐で無慈悲な人物に見えるか?」

「……私は嫌いですな。自分自身に対して薄情で厳し過ぎる。信頼はするが、尊敬はしませんな」

「随分とはっきり言うのであるな」

「異世界でも何でも良かろう、実の子供が生きていられるのならば、どこでも良かろうが。若造の分際で無駄に命を張りおって、アレは人間として不完全だ。私はアカツキ殿が嫌いだ。親の心も分からんような者に世界を云々されたくはない」


 ブルーノ候の言葉に、フェブリエは高笑いをした。腹を抱えて柱に寄りかかると、ひとしきり笑ってからブルーノ候を見た。


「確かに、候の仰り様はもっともだ。何に情けを掛けられようが、野菜でも作って呑気に生きていると知らせてやればアカツキの親も喜ぶに違いあるまい」


 手で涙を拭いながら揶揄するフェブリエにブルーノ候は不愉快そうな表情を隠さない。


「それでだ、神は何故存在するかの話だったかな?前から思っていたが、イシュタルに聞けば良かろう」

「あの方は、都合の悪い話には応えませんでな」

「さもありなんだな。さて、私の用件はアカツキ殿に会うだけになったが、ブルーノ候は私に何か頼みたい事はあるか?」

「ヴァランスは貧乏ですが平和です。頼みたい事があるとすれば、飢饉の時の麦の貸付をもっと簡単にして頂きたいくらいですか」

「ふむ。伝えて置こう。近く、アカツキ殿には王宮から呼び出しがあるだろう。また使いを送る」

「いつ頃ですかな?」

「私の推測では、春頃だな。核兵器とやらについての調査が忙しくなるだろうし、アカツキコウタロウに何を問うべきかも会議をしなければならん。ただ、アカツキの言動はよく注意していろ。あの若さでは何を言うか分からんからな」


 ブルーノ候は立ち上がり直立不動で、右手の平を上向きに横へ突き出して、左手を心臓の位置に置いた。近衛騎士フェブリエは剣を引き抜き、左手を降ろしたまま剣を握った右手の拳を心臓の位置に置く。


「は、全てはフォルジュハイムの栄光の為に」

「我らは共にフォルジュハイムの栄光の元にあらん事を」


 近衛騎士は剣を仕舞って入ってきた扉に歩き出し、傍に控えていた近衛兵達と王宮魔術師が後に続く。扉の両脇で控えていた召使が左右から開けて、送り出した。扉が再び閉まると、ブルーノ候は首を回して椅子に座り込んだ。


「あの様子では、知らされていなかったか。すると、だ……」


 思わず足を組んで、テーブルに上体を持たせかける。色々と考えたが、色々と推測が広がって結局何も答えが出なかった。


「ひとまず、アカツキ殿の話がこれ以上広がらないようにしないとな。万が一でも、間諜がいないとも限らない……」


 ブルーノ候の頭には、マトラに全部任せるのが無難に思えた。王宮魔術師が気紛れに行った占いなど信じてはいなかったし、こんな片田舎で大した騒動も無いだろうと根拠も無く思い込む以外には考えられなかったのだ。

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