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マトラの困惑

 王宮の馬車が走り去る音を背に受けて、騎士隊長マトラは呟いた。


「あれがノルディノの近衛騎士か。不意を突けば勝てぬ事も無いが……」


 音が聞こえなくなってから振り向くと、馬車はブルーノ候の居館に向かって真っすぐ走っている。開拓の話に飽きて背を向けた瞬間が隙だらけだったが、一人殺したところで近衛兵三名と魔術師一人を相手にする事になればかなり厳しいだろうし、まして武門において有名なフェブリエ家の者であれば、隙など飾りのような物だと言っていい。迂闊に斬りかかれば返り討ちにされるのが関の山だ。


 近衛隊は王を守る為に最高の人材を多く揃えている。あの堂々とした居住まいは、決して死を恐れないという覚悟の表れだ。無様に生き残るより正々堂々と死ぬ、自らの命に拘らず隊全体が王に忠誠を尽くし、自らが盾や囮になって確実に王を守る。そういう決意があれらを王の威信の一部足らしめているのだろう。


「はー、あれが近衛騎士ですか。女なのに見ただけで勝てる気がしないっすよ」


 新人騎士のクレリーが感嘆する。その言葉尻を捉えてエノがクレリーを小突く。


「じゃあ俺には勝てるのかよ」

「そりゃフェブリエ家出身の近衛騎士に比べればまだ勝てそうですよ」

「言ったなこいつ!」

「やめんか馬鹿ども」


 クレリーもエノもマトラにしてみれば物の数ではない。だが、数が物を言うのも戦争である。それでも剣や槍や弓で殺し合いをするだけが戦争ではない。うっかり騎士隊長になってしまったマトラは、ノルディノの東方にあるアインラント帝国の間諜であった。祖国を旅立って辺境ヴァランスに居付いて、小作人からブルーノ候の召使になり、その内に家宰のようになって館の一切を取り仕切るようになった。そこまでは良かったのだ。あんなことが無ければ、だが。


「そう言えば、隊長は元は山賊の回し者だったって話は本当なんですか?」

「おい、クレリー!」

「構わんよ。みんな知っている話だ」


 ある時、騎士達のやっかみで喧嘩を売られたのが切欠だった。領内の財務が逼迫しているからと館で出す酒の質を落としたところが、マトラによる騎士達への嫌がらせと受け取られた。言い争いから殴り合いに発展し、剣を持ち出してきた騎士隊長の剣を奪って斬り殺してしまったのだ。それほどの武勇を隠していたマトラは何者かという事になり、一通り拷問を受けてから山賊の回し者であると出まかせを述べた。それで死罪になる筈だったのが、別に仲間でもない山賊の拠点を教えると討伐隊が編成され、確かに山賊が居たという報告を受けて、先代の当主に慈悲を掛けられた。


『騎士隊長は山賊討伐において勇敢に戦い、名誉の戦死を遂げた。貴様は私の懐刀として身分を隠して良く勤めてくれた。この際だ、騎士隊長にならんか?』


 先代直々の任命に反対する者は誰もいなかった。騎士隊長を殺害した件は、殺された方が悪いと暗に言っているのも同然だったからだ。そして今では当主である嫡男ヨハンの言葉も辛らつだった。


『そりゃあ、強くて頭のいい奴が騎士隊長になってくれたら僕も嬉しいし助かるよ。飲んだくれの無能共よりは上等だ。こんな辺境で誰が騎士になろうが王宮には関係のない事だし、騎士隊長になれよマトラ』


 結局、マトラが騎士隊長を拝命した事で、それ以上の詮索はされなかった。荒地しかない辺境とはいえ、地位が高過ぎるのは都合が悪い。だが、良い事も無い訳ではない。本国に報告するとヴァランスに間諜の拠点を作れと命じられた。祖国の為に何も恐れる事は無いのだが、命令を実行するとなると話は変わってくる。特に例外的な事象をどう扱うか、マトラは判断に迷っていた。


「そんな事より、大変なのはあの少年だ。アカツキは、あまり戦いには興味が無いらしい」


 マトラはアカツキの前の恩寵の騎士が自らを召喚したノルディノ王国を憎み、子孫に力と野望を継承した経緯をすでに掴んでいた。西方のエスランサ王国で勢力を伸ばし、革命の気配を漂わせている。状況は単に隣国の情報収集にとどまらず、ノルディノをいかに防波堤として利用するかという関心が本国で強くなってきている。


「魔王もあんぐらいヤバいんですかね」

「分からんな」


 果たして、本当に質が悪いのはどちらか、マトラは決めかねていた。アカツキはこの場所でブルーノ候以上の信望を得るかも知れない。ノルディノがどこまで自らに罪深さを見出しているのかは読めないが、ひどい混乱に陥らなければいいと、一人の人間として思わずにはいられなかった。


「さて、飯を食って昼寝するぞ。農民達を呼び集めてこい」


 二人の若い騎士が行ってしまうと、マトラは溜息をついた。あの近衛騎士に目を付けられたかもしれないというのも頭痛の種になりそうである。クエリーやエノですら冗談であるにせよ後ろからなら斬れるか?というような殺気を放っていたのに、マトラは完全に殺気を消してしまっていた。今は気づいていなくても何らかの形で違和感を持つ事もある。


 運がいいのか悪いのか、またしても一波乱起きる気配を感じざるを得なかった。

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