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近衛騎士と王宮魔術師

 アカツキが召喚された当初、異世界から来た恩寵の騎士を誰が預かるかで貴族達の会議は紛糾し、いつまでも王宮に置いておけないと考えた王宮魔術師の長は占いを行って送るべき場所を指定した。しかし、占いの結果は公表されず、恩寵の騎士が誰に預けられたのかは王宮内でも一握りの者しか知らない。


 長の占いの結果を受けた王宮魔術師顧問官のコッペルは、本当に王宮から引き離してよいかどうかを判断する為にアカツキと面会した。その深夜、アカツキは密かに送られた。


 それから二か月が経ち、恩寵の騎士を預かる領主に使者が遣わされた。ブルーノ候領ヴァランスは、ノルディノ王国の北方に位置している。夏は酷暑で冬は寒いという過酷な気候の地域だ。農民たちはおおむね貧しくて蓄えも無く、常に飢饉と疫病の危険に晒されている。


「恩寵の騎士が、こんな所にな」


 荒涼とした荒地と申し訳程度の農村が散在する中を、一台の豪華な箱馬車が走っていた。二頭立ての馬車の中には護衛の近衛兵が二人、馬車の中でもフードを被った王宮魔術師が一人、そして王女付きの近衛騎士である赤く長い髪の女が乗っていた。鉛色の空の下に広がる荒涼とした風景を女騎士は物憂げに眺め、溜息をついた。


「いくら厄介者を押し付けるにせよ、このような僻地は無かろう。これだから占いというのは当てにならないのだ」

「何を仰いますかフェブリエ殿。占ったのは王宮魔術師筆頭であり、我が師であるポルタル様で御座いますよ。当てにならないとは聞き捨てなりませぬ」

「そうであったな」


 右に座る女魔術師レマの仰々しい抗弁を聞き流し、フェブリエはガラス越しの風景を眺めていた。馬車が丘の下り坂に差し掛かった時、荒れ地に人がいるのを見た。なめし皮の使い古した外套を纏って各々農具などを振るい、石や切り株を取り除いている。


「しかし、ここの農民達は勤勉なようだ。ブルーノ候も人には恵まれているらしい。我らが領地の民にもそうあって欲しいものだが……」


 その時、馬車が止まった。レマや近衛兵達が戸惑っているが、フェブリエは御者と同じ物を見て驚いていた。


「なんだ、あの炎は……」


 フェブリエが馬車から飛び降りると、レマと近衛兵も馬車から出てきた。農民達が石などを取り除いている向こう側に、積まれた木が爆炎の奔流に包まれている。その周囲にいる人間達は特に騒ぎもせず、農民たちが杖を持った農民に指図されて木や草らしき何かを次々と放り込んでいる。


「レマ、あれは一体何をやっているのだ」

「分かりませぬが、遠巻きに見ているのはブルーノ侯爵の騎士や兵では御座いませんか」


 レマの指摘に考え込みそうになるが、フェブリエはまず最悪の可能性から検討した方が早いと判断した。


「……禁忌の類か?」


 フェブリエの問いにレマはまず空を見上げた。


「禁忌よりは、雨乞いの類であるように存じます。しかし、祭礼という雰囲気でも御座いませんし……」

「もういい。連中を問い詰めた方が早い。乗れ」


 しびれを切らしたフェブリエは近衛兵と魔術師を馬車に押し込めると、自ら御者席に収まって馬車を走らせる。謎の儀式を行っている場所まで、それほどかからなかった。一方、走り込んでくる箱馬車を見た騎士の誰かが王家の紋章に気づくと、呑気に手を振ってきた。後ろめたい事をしている意識はないようだ。フェブリエは目前まで馬車を乗り付けて、近づいてきた騎士に御者席の上から尋ねた。


「ブルーノ候の者達だな。あれは何をやっている」


 尋ねられた者は呆けた顔でフェブリエの顔を見上げて、後から寄ってきた騎士達と顔を見合わせた。何をやっているのか、いやわからん、だが王宮の方が尋ねておられるのだ、そうは言われても、と漏れ聞こえる談判からしてまともな答えは期待できなかった。思わず怒鳴りかけた時である。いつの間にか馬車から下りていたレマが一人の人物を指さして言った。


「フェブリエ様、あの炎の前にいる農民らしき者が魔術を使っているようです」

「農民が?騎士を伴って魔術を使う?」


 訳が分からなくなって頭を掻くと、フェブリエ達の様子を見ていた年嵩の騎士隊長が、指を差されている人物を見て何気なく呟いた。


「あれは恩寵の騎士であらせられるアカツキ様ですな」

「……恩寵の騎士が、何をやっているのだ?」

「開墾をなさっておいでです。この辺りは冬の間に何も育たないとお聞きになって、農民達を代わる代わる雇って荒地を耕しているのです。ヴァランスでは冬に出稼ぎをする者が多いという話をすると仕事を作ってやればいいとの仰せで、実入りは少し劣りますが農民達は喜んで働きに来ています」


 仮にも恩寵の騎士に一体何をさせているのかと、フェブリエは思わず左手で鞘を掴みそうになった。頭の中で様々な考えが錯綜したが、イシュタルの選んだ者であるからと結論付けて気を落ち着かせた。努めて作り笑いをして、向こうで火を熾しているアカツキを見やる。


「それはいい考えだな。あの炎は何をしているんだ」

「木や草を焼いて肥料にするそうです。あの上にまあ、色んなものを積み上げて土で覆い、冬を越させると良い土になると仰っていました」

「それは魔術でやらなければならない事か?」

「なにしろ、火を焚きつけるだけの油がありませんでな。それと、向こうの方には焼いていないだけの同じ物がございますが、アカツキ様が言うには」

「もういい」


 そこまで聞いて、フェブリエは興味を完全に失っていた。まだ話を続けそうな騎士隊長を遮って名乗った。


「私は国王の命によりブルーノ候を訪ねて参ったフェブリエ家の者だ。後でアカツキ殿にもお目通り願いたいから、そのように伝えてくれ」

「はっ、そのように。このマトラが確かに承り申します」


 騎士隊長が直立不動で略礼すると、他の騎士と兵もそれぞれ追従する。フェブリエは軽く答礼して馬車に乗り込んだ。


「炎以外には、魔術を使った気配は御座いません」


 先に馬車に乗り込んでいたレマが魔術師としての見解を述べた。


「確かに操られている気配は無いな。それに、……」


 腕を組んで何か言い掛けたフェブリエを、レマは不思議そうに見返した。思案気に黙り込んだ女騎士は、やはり気になるというような神妙な顔をレマに向ける。


「レマ、あのマトラという者の出自を調べておいてくれるか。辺境の騎士隊長にしては隙が無い」

「私はあなた様の秘書ではないので御座いますが?」

「あれほどの技量がある騎士が真っ当に叙勲されたのであれば、私が知らない筈がない。だが、近衛騎士の立場では何をやっても目立つし、こちらで調べても二度手間になりそうだ。それに王宮魔術師なら、同じ事をしても目立たないであろう?」

「左様ですか。仰せの通りに致しましょう」

「頼んだ」


 呆れ気味のレマにぞんざいに礼を言って、再びヴァランスの平原に視線を戻す。少しづつ田園が増えていき、侯爵の館が近づいていた。

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