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雪原の決闘

 恩寵の騎士アカツキこと俺は、困っていた。雪原に立ち尽くし、正面には山賊の頭領がでかい斧を肩に担いで腰に剣を差して満面の笑みで仁王立ちしていて、更に向こうには総勢100名近い山賊達が派手に騒いでいる。最高にテンションの上がった頭領は斧を振り回して踊り出した。


「ふははははは、恩寵の騎士さんよう、せいぜい楽しませてくれやあぁ!」


 俺の後方には、フェブリエ含む隊長6名とブルーノ家のメイド1名と副隊長12名、110名の戦闘員と50名のスタッフさん、総勢179名が整然と並んでいる筈だ。ちなみに俺を足すと180名になる。ここまでは義務教育レベルの算数で理解できる。


「山賊どもやっちまえー!今日の稼ぎを全部お前らに賭けてんだ!」

「誰か知らんが騎士が勝ってくれ!」

「芋、干し肉、酒!まいどありー!」


 そして全周囲を埋め尽くす無数の野次馬達。まるでお祭り騒ぎだ。


「どうしてこうなったんだ……」


 その光景を呆然と見ている俺に、使節団々長兼騎士隊々長の近衛騎士フェブリエが後ろからアドバイスをくれる。


「アカツキ、お前が自分で戦えないならば召喚の間でしたようにイシュタルに願え。お前の頼みなら断るまい」

『そうです。願うのです。身も心も我に委ねなさい』


 どさくさにまぎれて、イシュタル本人が俺にしか聞こえない囁きを直接脳内に流し込んでくる。


「嫌だ」(絶対に嫌だ)


 1人と1柱に同時に返事をする。


「貴様はそんなに人を殺すのが嫌か?」


 フェブリエの苛立った低い声に、俺はキレた。手をかざすと、意識を集中する。赤黒青白の四色の光が混ざって光球になり、視界の先で踊り狂っているバカが振り上げた斧の刃を吹き飛ばした。雪原は一瞬で静まり返り、風の音だけが唸っていた。


「嫌か?ってお前……」


 そして振り返り、屈んで雪を一掴みして丸めると、フェブリエの顔に思いっきり叩きつけた。


「嫌に決まってるだろうが!お前は嫌じゃねえのかよ!?」


 顔面が雪まみれになっても全く動じていないフェブリエは、俺の言葉が終わると不愉快そうに雪を拭って剣を抜いた。


「どけ」


 擦れ違い様に鳩尾を殴られ、俺は膝を突いた。力が無ければこんなもんだという現実を確認できて、俺は殴られた腹を抱えて笑ってしまった。


「アカツキ様、大丈夫ですか」

「触るな」


 駆け寄って来たマリーに冷たく言い放つ。鈍い痛みが苦しかったが、俯いたまま立ち上がって幌馬車に向かって歩いて行った。背中に剣の打ち合う音と歓声を受けて、すごくどうでもいい気持ちだった。だが、行く先を誰かが回り込んで遮った。雑役隊々長のピエール・ド・ラファージュだった。


「ま、ま、ま。君のさ、言う事ももっともだよ?僕も戦いたくないし、痛いのも嫌なんだ。でもさ、鳩尾殴られて笑うだなんて僕にはできないよ。アカツキ、君は強いんだ。さっきだってほら、手加減して斧だけを吹き飛ばしただろ?言うだけのことはあるって、僕は思ったね。それはすごいことだよ」


 やたらと褒めちぎるピエールは、俺が召喚された時に暴言を吐いて女神の怒りを買ったイシドール・ド・ラファージュの弟である。兄と違ってとてもフレンドリーだが、割と一方的に物を言う性格は似ているなと思った。


「でもさ、君の言う事が全く正しいとしても、他の人がついていこうとするには少し時間がかかるんだ。今そこで嬉しそうに戦っている二人にしても、今までの人生があるんだからね。わかるだろ?」


 俺が何も言わないでいると、ピエールは俺の両肩を掴んで決闘が行われている方向に振り向かせた。図体のでかいアベルが振り回す剣を避け続けるフェブリエは、攻める隙を伺っているように見える。大上段から振り下ろされる剣を剣で受ける振りをして避けたフェブリエが半歩進み、つんのめったアベルの懐に入って顎の内側に剣を突きつけた。アベルは剣を放り投げて両手を上げ、降参の意思を示した。


「うははははは、負けた負けた!今日は二回も殺されたぜ!あははははは」


 笑い声を上げながら、そのまま大の字になって後ろに倒れ込む。観衆や山賊が大歓声を上がる中、フェブリエは剣を収めて振り返ってこちらを一瞥すると、他の隊長達に向かって歩き出した。


「わかんねえよ。漫画でもあるまいし」

「ん?漫画って何だ?取りあえずさ、お茶でも飲んで落ち着こうよ」


 ピエールは一回り小柄な俺の横に並んで肩をガッシリ組むと、隊長達の方に連れて行こうとする。俺が振り払おうとしても離す気はないらしい。


「君だって、やる事はやってるんだ。フェブリエ隊長には黙って鳩尾を殴られたんだから逃げたなんて理屈もないさ。さ、戻ろう」

「そうじゃそうじゃ。フェブリエは体力馬鹿じゃから、ああいう風にしか出来んのじゃ。細かい事は水に流すがよい」


 老人みたいな言い回しをする少女ルヴァデがいつの間にかいた。マリーも一緒だ。


「しかし、心配してくれとる者に触るなとは、少し口が悪いのう」

「さっきは悪かったよマリー」

「いいんです。アカツキ様は何も間違ってはいません」

「はい、水に流そう!戻るよアカツキ!」


 返事がないのを肯定と受け取ったらしいピエールは、引きずるように俺を歩かせる。ふと山賊達の方を見ると、両手に雪を掴んで敗北者の頭領に次々と投げつけていた。あやうく雪で埋められそうになったアベルはゴロゴロと逃げ回りながら雪を集めて投げ返していた。楽しそうで何よりだと思った。その時、ピエールの動きが止まった。


「いや、その考えには同意できんぞラファージュ。あのフェブリエの様子では、相当怒っておる。儂は奴が子供の時から知っておるが、今無理にアカツキと仲直りさせようとするとこやつ抜きで魔王を倒すなどと言い出しかねん」


 外套を引っ張って止めるルヴァデの言葉に、ピエールは振り向く。そして他の隊長達と何事か話しているフェブリエの様子を伺って、溜息をついた。


「はあ。ではどうしましょうか?」

「何だあお前ら?揃いも揃ってしけた面しやがって、誰の葬式の心配をしてるんだ?」


 いつの間にか、アベルが俺の後ろに突っ立っている。ルヴァデが話の水を向ける。


「おう、"銀狼の頭蓋骨"の二つ名を持つアベルではないか。中身はどうしたのじゃ?」

「ホアキンの事か?ぶつくさ言いながらアジトに戻っちまった。こまけえ事を気にする奴だぜ」

「本当にの。負けた方が勝った方のいう事を一つ聞くと決めたのに、何を考える事があるんじゃ」

「そう思うだろ?俺も魔王討伐してえんだし、黙って付いて来いって言ってくれりゃいいだろ」

「そうじゃそうじゃ。魔王とかいうふざけた奴を吹っ飛ばしてお終いでいいではないか。王宮が絡むと話がややこしくなって敵わんわい」


 二人は悪い盛り上がり方をしている。ピエールが肘で俺を小突いてきて、二人に聞こえないように囁いた。


「冗談だよな?」

「わかんね」

「お主ら何をこそこそと話しておる?」

「今日は野宿かなって話だよ」

「お?野営をするのか?だったら早く準備しねえと日が暮れるぜ?」

「ならば、お主がフェブリエにそう言うて来てくれんかの。何でも一つ言う事を聞くんじゃろ?」

「冗談きついぜ。それぐらいタダで言ってやるよ」

「冗談じゃ。ついて来るが良い」


 結局、アベルを含めて五人で隊長達の元に戻る話になりつつある。


「アカツキ。これだけは言って置くが、絶対に謝ってはならんぞ。フェブリエが何故怒っているのか、今のお主には分かるまい」

「俺が人を殺すのは嫌だって言ったからだろ」

「何?お前そんな事言ったのか?何の為の決闘だよ」

「……」

「ま、お嬢ちゃんの言う通りに黙ってるのが正解だな。俺から言う事は何にもねえな」

「あんたが仲間を盛り上げてる最中に不意打ちした俺を怒ってねえのか?」

「あれはあれで良かったんだ。まともにぶつかったら皆殺しにされるって俺もあいつらも分かったから、助かったくらいだ。戦場でも何度か出稼ぎしたが、殺しも殺されるのも嫌だって奴は珍しくねえ。敵と息合わせて戦ってるふりをするなんてのも日常茶飯事だったよ」

「結局言うんじゃな。口の軽い男はモテんぞ」

「あいつらも血の気は多いが、冷酷でも薄情でもねえ。宮廷のカス共とは違うんだよ」


 アベルは不愉快そうに雪の上に唾を吐いた。


「同じ王国を名乗ってるのに、エスランサとノルディノで何が違うのか分かんねえ。マジムカつくぜ」


 言いたい事を言うとアベルは気が変わったのか、雪を拾って戻っていった。打って変わって手下達と雪合戦に興じている内に、野次馬まで集まって雪戦争の様相を呈していた。一方、使節団の雰囲気は明らかに人を遠ざけていた。それでも集まってくる人々は、村や町の長老や僧侶、貴族のような固い雰囲気で、対岸のお祭り騒ぎとは対照的にまさに葬式に近いものがあった。


「アカツキ。やっぱり隊長達の所に戻ろう。ここで野次馬に取り囲まれると面倒だ」

「儂もラファージュの意見に賛成じゃ。今日はもう厄介ごとは沢山じゃ」


 俺は二人の言葉を聞くと、マリーを振り返った。


「さっきは悪かった。心配してくれたのに」

「お気になさらないで下さい」

「しかし、この騒ぎもイシュタルの思惑通りと考えると癪じゃのお。流石は神を名乗るだけあって人間より何枚も上手じゃ」


 いみじくもルヴァデが呟いた愚痴は、アカツキの心中を言い表している。暗い気持ちで重い足を踏み出した。

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