ラファージュ家の憂鬱
諮問会議の翌日に、ラファージュ家を王宮の使者が訪れた。謁見の間で上座に立った近衛騎士が、嫡男イシドールが召喚の儀において傲慢に振舞った件について不問とする旨、次男ピエールについて働きを期待するという激励、ラファージュ家が相変わらず国王に忠誠を誓約する文書を進上すべきという宰相からの助言を伝え、当主グレトリー・ド・ラファージュは寛大な処分に感謝の意を表して拝命した。
「なんと、無様な!」
近衛騎士を玄関まで見送って居間に戻ったグレトリーは、宰相からの書面が入った筒を家宰に押し付けた。家宰は恭しく受け取ると、静かに居間を出て行った。後にはラファージュ家の家庭教師であるジャック・シュミットが残された。
「近衛騎士ごときに、何故ああまで言われなければならない!しかも、誓約書を出せとは!あの面汚しめが!」
「しかし、リオタール元帥閣下が凄い剣幕でお怒りであったのに、不問とは解せませぬな」
「シュミット、あまり俺を馬鹿にするなよ。ピエールが上手く立ち回りおったのだ。勝手に家を出てグランモイスで売文屋に成り下がった奴が、今度は王宮で働きを期待されているという。実際、イシドールは許されたのだ。そういう事だろう、シュミット?」
「私も同じように思いますな」
グレトリーは、大きな溜息を吐いてソファーに座った。シュミットは身じろぎもせずに主人の言葉を待っている。
「何ともな、ずっと不安には思っていたのだ。イシドールは慈悲や謙虚の心が無く、ピエールは軽薄だ。どちらも相応しくないと思えば、出来れば操りやすい方を嫡男にした方が良いと思ったのだ。機微に聡いピエールならばいずれ家を飛び出して何らか身を立てるだろうと考えて、せめてイシドールには地位を与えて生活に困らない様にしてやろうと取り計らっていたのだがな。なんとも、忌々しい……」
初めて聞くグレトリーの心の内に、何とも返事が浮かばずにシュミットは黙っていた。何か考えるようにしているグレトリーは、ふとシュミットに尋ねた。
「シュミット。雑役隊というのは何をするのだ」
「一言で言えば人夫ですな。ピエール様によれば、民や冒険者・下級貴族などの志願者の集まりだと仰っておりました。本当は王宮周辺で人集めをする予定であったのが恩寵の騎士と同道したいという者が殺到したので、他の五隊でそれぞれ十名ずつ選んだ者が雑役隊に配置されているようですな」
「要は寄せ集めという事か。しかし、五十名もピエール一人で差配出来るのか?」
「他に副隊長が二人、各隊の雑役から一名ずつ代表を選ぶようです」
「……ふむ。あいつならば上手くやるだろう。人を使うのが上手い」
感慨深そうにソファーにもたれかかったグレトリーは、懐から折り畳んだ紙を取り出して広げる。ピエールが発行している新聞だった。
「グレトリー様もお読みになっておられたのですな」
「たまにはな。パンやワインの値段など他愛もない事も書いているが、貴族や教会の批判などはどうしてこんなに詳しいのかと感心する事もある」
「恐らくは、匿名の寄稿者が多くいる者と思います」
「だが、学が無ければ選びようもないだろう。シュミットは良く教育してくれた」
「恐れ入ります」
しばらく新聞を読んでいたグレトリーだったが、何かに目が留まった。あまり長く見るのでシュミットが不思議に思っていると、グレトリーは新聞を四つに折ってシュミットに渡した。
「グレトリー、これは何だと思う?」
「絵、ですな。絵描きの仕事にしては雑ですが、旅の天使であろうかと思います」
「この欄はいつもピエールが書いていたのだが、これはこれで奴らしいわ。この絵もピエールだろう」
「そうですな。少しは腕を上げたかも知れません」
「しかし、この絵だけ何故薄いのだ?機械で刷っているのだろう?」
「ここだけ白紙にして判子を使ったのでしょう」
「人の手でか?奴にしては要領が悪いな」
「ピエール様の考える事ですから、何か意味があるのではないのでしょうか」
ふむ、と納得したグレトリーは立ち上がり、何も言わずに居間を出て行った。いつもは即決即断であるのに、肝心な話を避けて深く悩むのは珍しい事であった。
「私も持っていますと、申し上げれば良かったかな?」
シュミットは一人呟いて、懐から同じ新聞を取り出した。二つの新聞を見比べると、やはり絵だけが若干ずれている。特注する暇も無く判子で間に合わせたのだろう。サントロもさぞや困っただろうと察して少し笑ってしまった。