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会議は踊らない3

 召喚の間での会議は長引きそうだった。ポルタルによる禁書についての講義が終わってから、ずっと質疑応答の時間が続いていた。王女セレナ以下、出席者のほとんどが思い思いに質問してポルタルがそれに答えている。その中で一人、退屈そうにしている者がいた。錬金術師隊々長のカミーユ・ド・ルヴァデである。見た目だけなら年端もいかない少女であるが、不老の体質であり実際の年齢は分からない。


「のう、ポルタル。わしも茶が飲みたい。良いかの?」


 金色に灰を混ぜたような色の長く伸ばした髪を手で払いあげて、ルヴァデは立ち上がった。リオタールが聞えよがしに声を上げる。


「見た目が子供なら中身も子供だな」

「見た目が分不相応なのはお主の方じゃろ。お主みたいなのがおるから禁書という物がある。自分が弁えられてから人の事を云々せい」

「ほう?では、会議を聞く必要が無いほどに禁書に精通していらっしゃるのかな、ルヴァデ殿は」

「そこの間抜けの閲覧許可を取ってやったのはわしじゃ。のうポルタル?」

「ルヴァデ殿。こらえて頂きたい」

「何がじゃ?わしは怒ってなどおらんぞ。若造に道理を説いてやっただけじゃ」


 言い捨ててルヴァデは大きな扉に向かう。リオタールが何事か言っていたが無視をして出て行った。


「全く、近頃の若いもんは……」


 扉が閉まる直前に振り向いて言い放った言葉が刺さるかどうかは知らないが、そのまま扉は閉まった。今日は日差しがあるから庭園で茶でも飲もうかと考えていたが、大広間の中で従者達が何かを囲んでいる。こちらは静かであるが妙な活気があり、ルヴァデの興味を引いた。


「お主ら、何をしておるんじゃ」


 ルヴァデの存在に気付いた人々が割れるように隙間を空ける。中心に居た人物を見て、少女は不思議そうに人垣の中に入っていく。


「何じゃコロー。王宮で曲芸師の真似事でもしておるのか?」


 美しいお嬢様という見かけとは裏腹に、国王相手でも異論があれば引き下がらない激情を持っている。師の師とも言われたルヴァデの追及を逃れる事はまず不可能である。観念したコローは誰かから何かを受け取り、ルヴァデに差し出した。


「禁書の技術で造った指輪で御座います」

「ほお?まあ、見せてみよ」


 ルヴァデが差し出した手に、コローは指輪を乗せた。金と銀で彩られた複雑な模様の指輪を改めると、確かに禁書に載っている技術が使われているのを見て取った。


「地金は銀の合金じゃな。なるほど、金メッキも熟練の職人に引けを取らない出来である。しかし、意匠は工夫の余地があるのう」

「は。指輪一つだけという許可でしたので、錬金術師と話し合ってこのような造りになりました」

「報告書は?」

「ポルタル様に提出致しました」

「ふむ。儂が関わっていればこのように悲惨な指輪は作られなかったであろうの」

「は。次はより工夫致します」

「せぬでいい。冗談じゃ」


 溜息をついてコローに指輪を返したルヴァデは、集まっている者達に向き直って一人一人の顔を見た。


「一つな、お主らに言って置きたい事がある。禁書の技術を使わない理由じゃ」


 改まったルヴァデの雰囲気に気圧され、誰も動けず喋れない。ルヴァデは意に介せずに話し始めた。


「今回の恩寵の騎士であるアカツキコウタロウは、聞き及ぶ所では我々の世界の人間から学び、自分の知識に思い上がらずにヴァランスを豊かにしようと躍起になっているそうじゃ。だが、奴がやるような事は禁書にはすでに書かれている事ばかりじゃ。我々がその気になれば、魔王さえ倒してくれれば用なし、いや、奴抜きでも魔王討伐は可能ですらある」


 ルヴァデの言葉にざわつきが起こるが、構わず話は続く。


「じゃがの。これは一人の錬金術師として言うが、全ての技は等価交換である。錬金術は物の秩序を研究し、この世界と共に歩む方法を模索する学問の体系である。貧困、飢饉、疫病、戦乱。そのような災いは、人間がいなければ起きない。当然であろう。不幸になる人間がいないのじゃからな」


 いつの間にかざわつきは無くなり、ルヴァデだけがただ話している。コローは指輪を握りしめて俯いていた。


「貴様らの中には、いずれ認められて禁書を手に取って読む機会を持つ者も出るじゃろう。だが、禁書の技術が我らの世界の方法より優れているという事は無い。等価交換という考えから言えば、投入する労力は決して低くは無い。指輪一つメッキするのに、どうしようもない毒が水瓶一つ分できた筈じゃな、コロー?それはどうしたのじゃ?」

「それは、……大変な時間を掛けて毒を取り出して、水と共にある場所に保管しております」

「報告書は?」

「ポルタル様に提出致しました」

「指輪一つに大騒ぎじゃな。滑稽ですらあるわ」


 話を聞いていた中から、一人が進み出て疑問を呈した。


「禁書には、」

「無いの。誰しも考える事は同じじゃろう。毒を中和できないか、じゃろ?」


 むべも無い答えに彼が引き下がると、ルヴァデはそのまま歩き出した。人垣は再び割れて、少女が輪に外に出るのを阻まなかった。


「コロー。お主には読んで貰いたい禁書がある。話は通して置く、明日の朝までに内容を頭に入れておくがいい」

「は。仰せの通りに」


 コローが返事をすると、ルヴァデは人垣を出て大広間を出て行った。それと入れ違いに召喚の間の扉が開き、出席者が次々と出てきた。


「全く、会議だけで一日が終わりそうだ」

「やれやれだな。禁書とされるだけの事はある」

「民達には到底言えんな。飢饉と科学技術ならどちらが民の為だろうか」

「論を俟たんな。コッペルがアカツキをして凡庸で助かったと言っていた意味が良く分かる」

「理屈を聞けば児戯に等しいが、我々には児戯すら難しい。背筋が凍るわ」

「全くだ。ロクでもないとはこの事だ」

「しかし少なくとも、アカツキがやろうとしている事は承服不可能ではない。さもなくば、手段を選ばなかったろう」

「あれも、可哀そうな少年だ。化け物の後始末をさせられかねんのだからな」

「しかし話に聞けば、全く軍事に暗い訳ではないらしいな」

「ああ。だが、ドラゴン狩りの顛末には笑ったわ。たかが五十人の犠牲を厭って手が緩むとは、考えられん」

「下手な戯曲でもそうはならんな」


 宰相のメナールと国王軍元帥のリオタールが、特に声も潜めずに会話している。大広間の片隅でたむろしている従者たちを見て、リオタールが歩みを止めずに言葉を掛ける。


「昼飯だ。正午より一刻過ぎてから会議を再開する」


 二人の従者達が慌てて後を付いて行き、他の出席者も同じように従者を連れて大広間を出て行った。最後に出てきたのは、秘書隊々長ケビン・ノエル・ド・セニエだった。彼は会議中は書記の役割を担い、発言の意味を問う以外にはほとんど発言しなかった。数人の従者達が集まってくると、内容を記した紙の束を渡して命じた。


「最低でも一冊を書き写して原本を持って来い。昼からは大広間で待つのは一人でいい。それと昼からは倍の紙がいる。俺はフェブリエ殿と会食してくる。緊急の話も無かろうが、あれば知らせろ」


 それだけ言うと、従者達は大急ぎで大広間を出て行く。彼らを見送って大広間に余計な人物がいない事を確かめると、セニエは召喚の間の方を振り向いた。扉を守る近衛兵の横で、フェブリエが腕を組んで壁にもたれかかっている。


「それで、ウリエン・マトラの話でしたな。結論から言えば、アインラント帝国の間諜ですよ」

「知っていたのか?」

「……くくく、差し当っての害はありませんでしたのでね。だが、大変に有能だ。我々の調査に気付くと持っていた情報の一切合切を本国に送り付けて連絡を絶った。恐らくは、一からやり直すつもりでしょう」

「ふん。有能な奴ほどよく裏切るというが、貴様もその手合いか?」

「蛇の道は蛇ですよ。疑わしいなら今ここでどうぞ」

「貴様など殺して何の功績になる。思い上がるな」

「これは手厳しい」

「ところで約束の事だが、たった今急用が出来た。悪いが一人で済ましてくれ」

「分かります。有能な方ほど動きが早い。手に余る話があれば、またご相談ください。今度は直接にして貰いたい所ですかね」

「まあいい。私から貴様に直接何かを報いる事は無い。ノルディノの為にしっかり血を流そう」

「私もあなたと交渉する気にはなりませんな。全てはフォルジュハイムの栄光の為に」

「我らは共にフォルジュハイムの栄光の元にあらん事を」


 礼を交すと、フェブリエは大広間を出て行った。生真面目だが機転が利かない訳でもなく、時折自分の部下よりも裏を読むことに長けていると思ってしまう。セニエは懐中時計を取り出して時間を確認し、再び召喚の間に入っていく。セニエの今日の本当の仕事は、これからだった。

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