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会議は踊らない2

 コッペルが召喚の間から広間に出ると、扉が静かに閉められた。会議が行われている間、あるいは次の休憩まではこの扉は閉められたままだ。緊急事態であれば侍従や伝令用の出入り口はあるが、いくらコッペルでもそこからは入れない。声を低くして話し合っていた者達がコッペルを見て敬礼した。


「良い。ポルタルが話をしておるから、少々の時間はあるじゃろう」


 彼らの横を通り過ぎたコッペルは、召喚の間から反対側に当たる大広間の隅にある椅子に座る。庭園でも散策しようというつもりであったのが、自分で思う以上に疲れていた。


「コッペル様、ご苦労様です」


 話しかけてきたのは、王宮魔術師筆頭補佐ガブリエル・コローだった。会議の出席者はそれぞれ部下を連れてきていて、大広間には二、三十人が会議が終わったり用事を言い付けられるのを待っていた。彼らはコッペル達を遠巻きに見ていたが、誰かが話し出すとそちらの方に関心が移っていった。


「お主は恩寵の騎士について禁書では読んだかな」

「はい。前回の恩寵の騎士が科学技術を持ち込もうとした部分で論文を書きました」

「そうであったかの。最近は物忘れが多くていかん」

「ポルタル様は何を話しておいでですか」

「知らぬ。儂からは何でも話して良いと申し付けたから、何でも話すじゃろう」


 禁書に目を通す事の出来る者は王国でも一握りであり、王宮魔術師は役職に応じて禁書の内容を知る事が出来るが、閲覧には複雑な手続きがある。コッペルやポルタルは必要に応じて自由に閲覧する権限を持つが、それでも閲覧の履歴は残さなければならず持ち出しや複写も許されない。もし内容が不正に漏れれば閲覧履歴から突き止められるなど、厳重な規則や管理によって禁書は維持されている。


「よろしいのですか」

「構わん。最悪の事態を繰り返すよりは、ずっとマシじゃ」

「最悪の事態……、とは?」

「前回の恩寵の騎士の顛末じゃ。お主は読まなんだかったかの?」

「恥ずかしながら、論文を書いた頃には閲覧を許可されない資料があったので、持ち込みが失敗した理由を定説に沿って書きました。かろうじて冶金の方法論と電気については許可が下りましたから、空文に終始したとは思っていませんが」

「定説か。科学技術を理解できる者が少なかったが故に、計画は失敗に終わったと結論付けたのじゃな」

「はい。本当は何があったのかを示す文献は全て不許可でしたので」

「そうであったか。しかし、それもやむ無しじゃの」


 コッペルの言葉にコローは表情を変えないが、目を逸らさない。チラと見返して、コッペルは決意した。


「運が良かったのじゃ。お陰で、我々は科学技術の導入に失敗した」

「は?運が良かったとは?」

「彼は、有能であったが薄情であった。科学技術をこの世界で実現する為の研究をしていたが、彼を信奉してついてきた一人の少年が死んだ。彼は死んだ少年に何の哀悼の念も示さず、遺体をゴミのように捨てさせた。彼に協力していた人間達は幻滅して反乱を起こした。人の心を失うくらいなら、豊かさなどいらない、とな」

「……失敗した理由が、それですか?」

「皮肉にも、反乱を起こした者達は科学技術を用いて彼を排除した。そして科学技術によって作られた物品に火を放って散り散りに逃げて行った。その内の一つの集団がグランモイスに辿り着き、先代の国王に直訴した。話を聞いた国王は事の重大性を悟り、密かに遷都の準備を命じて王宮を二つに増やしたのじゃ。王族が滅亡した場合でも、せめて貴族や民が縋りつく対象を残す為にな」


 そこまで話すと、コッペルは瞑目する。話を聞いていたコローには、ある一つの恐ろしい可能性が頭に浮かんでいた。


「……科学技術が難しいというのは、本当なんですか?」

「簡単じゃ。足りぬ部分を魔術と錬金術で補えば、それなりの物が出来るじゃろう」

「『核兵器』とは、実現するのですか」

「出来るじゃろうな。それ以前に、普通の人間が恩寵の騎士を追い立てるほどじゃ。他の科学技術もロクでもないわい」

「しかし、それほど強い力ならば、逆に人々の生活を豊かにする方法もあるのではないですか」

「言うと思ったわい。それこそ、魔王はイシュタルが倒しに行けばいいというぐらいの理屈じゃ」

「何も、そこまでは……」

「魔術は信仰の婢女だが、科学は偽善の奴隷じゃ。お主は横見などせず、魔術を研鑽しておれ」


 早朝に呼び出しておいてひどい言い様だったが、コローは特段気にもしなかった。コッペルは軽く伸びをすると、杖を持って歩き出した。コローも立ち上がってコッペルに問うた。


「コッペル様、どちらへ?」

「庭園を散策しにいくんじゃ。次に扉が開いてまだ続くようなら、お主が席に座れ」

「それは流石に」

「ふぉっふぉ、真に受けるではないわ。ポルタルがおるんじゃ、問題はあるまい」


 楽しそうに目を細めると、コッペルは本当に大広間を出て行ってしまった。取り残されたコローは、他の者達から視線を集めている事に気付かなかった。

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