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会議は踊らない1

 冬至の翌日、早朝に王宮の祭壇の間で会議が開かれた。参加者は総勢十三名、その内六名は恩寵の騎士アカツキのエスランサ王国内での魔王探索と国王謁見に同道する者達だった。楕円形の円卓を囲んで起立したまま誰も言葉を発しない部屋に、王女セレナ=ソフィー・ヴァトー・ド・フォルジュハイムが入って来た。宰相マクソンス・ド・メナールがセレナの前に進み出る。


「王女殿下。メナール以下十二名揃いましたので、会議を始めたいと思います」

「よしなに」


 王女は短く了承をすると、祭壇の上に上がって儀式用の椅子に座った。神官が二名と侍女が四名、祭壇の周囲を囲む。起立して待っていた者達は、メナールが座るとそれぞれの椅子に腰を下ろした。ただ一人を除いて。彼は起立したまま、直立不動で発言した。


「では、私からよろしいでしょうか」


 声の主に全員が視線を向ける。ラファージュ家の次男、ピエール・ド・ラファージュである。


「この度は我がラファージュ家の者が大変に不遜な態度であった事を、お詫び申し上げます。私はラファージュ家次男のピエール・ド・ラファージュで御座います。当主より今回の事を深く遺憾に思うと、言伝を預かっております」

「よい、ラファージュ。全ては終わった事だ。それで、何か意見があるのか?」


 王宮魔術師顧問官のコッペルが問うと、ラファージュは深々と頭を下げてから椅子に腰かけ、本題に入る。


「今回の恩寵の騎士の出立はすでに巷間に膾炙されており、臣民は共に恩寵の騎士を持て囃しております。ところが私が思うに、魔王とは関係のない理由、例えば貧困や疫病などの解決を期待しているように思えるのですが、王宮としては今回の魔王探索が我が国にとって何の必要があるとお考えなのでしょうか?」


 誰も即答は出来なかった。出席者のいずれも、民衆たちが恐怖よりは歓喜に沸き立っている雰囲気を薄々と感じていたからだ。誰かが咳ばらいをすると、国王軍元帥ジェフロワ・ド・リオタールがラファージュに対して答えた。


「承知している。年端もいかない恩寵の騎士が真っ先に気付くような話であるからな」

「はぐらかさないで頂きたい。私が伺いたいのは、魔王を倒す理由です」

「理由など知らぬ。我々国王軍は国家が是とする正義を完遂するだけの存在だ。魔王を倒せと言われれば全力で戦うし、倒せと言われなければ倒さぬ。もっとも、向こうから来れば話は別だがな」

「ふむ……」


 ラファージュが一同を見回すと、話を引き取って続きを話そうという者はいないようだった。肩透かしを食らった形になったので、今は引き下がるしかなかった。


「ありがとうございます」

「私からもラファージュ殿に伺いたい。我が国は、民や下級貴族にとってどういう国であるのかな」


 リオタールの問いに、ラファージュは少し考えた。答えを探しているのではない。言っていいかどうかを考えたのだ。


「村の名前も知らない者たちがおります。どういう国か、国、王、恩寵の騎士。歴史を知らず、噂話と御伽噺に振り回される彼らが国をどう思っているのか、想像も付きません」

「ほう、ではラファージュは民達が国には関心が無いというのか」

「違います。彼らは正しい歴史を教えられていないがゆえに、勝手に伝説を作り神を作り国を作るのです。これでは、民達が王に忠誠を誓って一つの国を為しているとは到底言えない」


 今度はリオタールが引き下がる番だった。国王軍元帥が黙り込むのを見たメナールが後を引き継ぐ。


「なるほど、貴族は腐っているなどと巷間に触れ回るだけの知見はあるようだな。ただの扇動家に比べれば長生きするであろう」 

「お褒めに与り光栄です」


 投げかけられた皮肉を慇懃にかわすが、メナールによる質疑は終わらない。


「ラファージュ。貴様はどれほどこの国の歴史を知っている?」

「知り合いに歴史学者がいましてね。教わるのですが、なかなか頭に入りません」

「詮索はせんが、何を研究しているのかさえ分かれば誰か分かる。気を付けるんだな」

「御忠告、痛み入ります」


 メナードの言葉にラファージュは冷や汗が首筋に走るのを感じた。その時、王宮魔術師顧問官のノア・コッペルが助け舟を出すかのように発言した。


「メナール宰相、学者と関りがあるのは儂共魔術師も同じ事。何を気を付ければよろしいので?」

「いや、一同に誤解を招いたのであれば詫びよう。身になっていない知識を振りかざしては他人に迷惑を掛けると、そう言いたかったのだ」

「さようですか。儂らもお言葉を肝に銘じておきましょう」


 その時、王女セレナが溜息をつき、沈黙が流れる。騎士隊々長ジョゼ・ミカエル・ド・フェブリエは少し思案してから発言した。


「この度のご下命が急であった所が気になります。我々はともかくとしても、先方のエスランサ王国においては尚更に突然の事ではありませぬか」


 外務大臣のオーギュスト・ド・ディルマンがフェブリエの質問を引き取って答える。


「先方とはすでに連絡がついている。こちらが春まで引き延ばしていた訪問の予定を前倒しにしたので、喜んでいる位だ」

「喜ぶ……、エスランサ王国の状況はそうまで逼迫しているのですか?」

「口にするのも情けない話だが、内政の度重なる無策で国王は民達の信望を失いつつある。新たに召喚された恩寵の騎士を歓迎する事で、国内の関心を魔王に向けたいのであろう」

「魔王よりも、内乱や謀反を恐れているという事で御座いますか」

「そういう事だな。貴殿らを同道させるのは万が一にでも不測の事態が起こり得るからだ」


 フェブリエが呆れて次の句を継げずにいると、兵士隊々長のエヴリーヌ・レオ・ド・マナドゥが右手を上げた。全員の視線を集めたマナドゥは躊躇いがちに口を開く。


「自分、発言よろしいでしょうか」

「何だ」

「反乱や蜂起があった場合に、我々は誰を味方すればよろしいのでしょうか」

「それは、国家と民衆との間に紛争が起こり、我々が巻き込まれた場合にどうするかという事を聞いているのであるのかな?」

「は。自分の言葉足らずを補っていただき恐縮です」


 マナドゥは女ながらに厳しい訓練に耐え、精鋭を集めた親衛隊で教導士官を務める叩き上げである。山賊討伐に高い実績を持ち、強襲や奇襲を得意とする他に情報収集や人心掌握に長けて百年に一度の逸材であると評判が高い。この会議の中では最も現場に近い人間であると言える。


「どちらにも与するな。旅程の安全を保障する約束が履行されないと判断した時点で、可及的速やかにエスランサを脱出せよ」


 ディルマンの言葉に、マナドゥは思わず俯いた。実力主義の親衛隊では身分や家柄は歯牙にも掛けられず、貧しい出身の者も多い。マナドゥ自身も没落貴族の出身であり、家の再興の為に親衛隊を目指したという経緯がある。貧しい者達への共感や優しさが軍人としては玉に瑕であるが、それが却って部下の信望を集める要因となっている。


「可愛いお嬢さん、出来もしない事をやると言って失敗する方が一番良くない。大人の言う事には大人しく従うものだ」


 祭壇の間に笑いが起こる。マナドゥが発言の主を睨みつけたが、張本人であるラファージュは和やかな笑みで返した。王宮魔術師顧問官のノア・コッペルが苦笑いをしながら一同を見回して言った。


「ラファージュ家の次男であるピエールは貴族の身でありながら街中で人々と交わって生活しているのだ。世情や処世に長けているのは、今回のエスランサ訪問に役立ってくれるであろう」

「おや、我々の使命は魔王探索では?」

「アカツキは儂らを超える魔力を持つが、魔力が体に馴染んでおらん。せめて春まであれば、ただの見世物にならんで済んだじゃろう。本格的な魔王探索はさせられんよ」


 ラファージュはコッペルの言葉に険しい顔をしてあさっての方向を見た。恩寵の騎士に対する失望と同情の色が浮かんでいる。


「レマ。お主はアカツキが魔術を使っているのを見たと言っていたな。どう考える?」

「粗雑という言葉に尽きましょう。焚火をするのに爆炎を用いておられた。はっきり申せば論外かと存じ上げます」

「焚火……」


 魔術師隊々長ソフィー・レマの取り付く島もない答えに、同じ光景を見ていたフェブリエが苦笑いした。


「焚火、のう。有り得ぬ話でもないか」

「そのアカツキというのは、どういう人物だ?」


 近衛騎士団の団長フェルディナン・ド・ドーヴェルニュが、呆れ気味にコッペルを見る。コッペルは一同を見回すが、どうも自分が話さなければならないようだと溜息をつく。


「茶をな」

「うん?」

「砂糖とミルク無しで飲むんじゃ」

「それがどうしたというだ」

「砂糖菓子を口にして、砂糖の味しかしないと言いおった」

「……どういう人物かと、聞いているのだが?」

「ドーヴェルニュ。死とは何じゃ」

「それが関係あるというのならば答えよう。運命だ」

「まあ良かろう。伝承によると、恩寵の騎士とは異世界の誇り高い戦士が召喚される」

「知っている。しかし、心変わりして討伐される者も多いそうではないか。アカツキというのは、本当に信用できるのか?俺はそれを聞いている」

「心変わり、か。奴に限れば心変わりする方が正しいのではなかろうかな」

「何が言いたんだ、ノア・コッペル」

「奴は、病死じゃ。武器よりも農具を触る方が多い人生であったそうじゃ」


 場に困惑が広がる。ドーヴェルニュは黙って髭を触っていたが、ある事に気付いてコッペルを睨みつけた。


「貴様は、アカツキの話を丸呑みにするのか?」

「この話は、セレナ様には致したのだが……」

「許します。あなたの口から説明なさい」


 セレナの顔を伺うコッペルに、王女は躊躇う事無く命じた。では、と座り直してコッペルが話を始めた。


「イシュタルにの、アカツキ殿が来た世界を案内されたのじゃ。夢の中でな」

「イシュタルが夢枕に立っただと?正気か、コッペル」

「ああ、気が狂いそうじゃ。人の数がこの世界の何十倍で、人々は民に至るまで我々より快適な生活を送っている。それでもなお人心は乱れ、戦争が起き、貧困は絶えず、強欲な者が弱者を食い物にしている。……なんとも、恩寵の騎士など送っている場合ではなかろう、あんな世界ではの」


 コッペルはそれだけ言って黙った。黙ったというより、喋れなくなったと言った方が正しい。空気が重くなる中で、ラファージュが疑問を投げかけた。


「……噂に聞く、禁書とは何ですか」

「ラファージュ。貴様はただでさえ場違いであるのだ。図に乗るなよ、弁えろ」


 ドーヴェルニュの高圧的な制止に、ラファージュは反抗の色を露にした。睨み合う二人に割って入ったのは、王宮魔術師筆頭アンジェ・ポルタルだった。


「いや、ラファージュ。良い事を聞いてくれた。コッペル老、よろしいと思うかな」

「勝手にせい。何とも恐ろしいのは神の怒りよりも人間の業よ。どんな世界であっても、そこに生まれた者は何も感じぬのじゃな」

「禁書の内容が、アカツキの人柄に関係あるのですか?」


 ラファージュの言葉を無視したコッペルは上を向いて天井を眺めた。天井にはイシュタルを中心とする楽園が描かれて、様々な出で立ちをした天使たちが地上を祝福している。祈るように両手を合わせて瞑目すると、手を降ろしてラファージュに答える。


「儂は少し、気晴らしに外を歩いてくる。ポルタルよ、禁書の内容を教えてやってくれるか」

「は。ご無理なさらず」


 ポルタルの返事を待たずにコッペルは立ち上がって祭壇の間を出て行った。誰も呼び止める事も出来ず、扉が閉まるとポルタルが切り出した。


「禁書の内容は他言無用である。だが、……まあ、時間はたっぷりある。各々、心して聞いて頂きたい」


 ポルタルの言葉に、フェブリエが暗い表情で円卓に目を落とす。ふと、ヴァランスで聞いた核兵器とかいう禍々しい物を自分は使う決断を出来るだろうかと、自問自答した。

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